クリヴィヌの「田園」~思わず体を揺すってしまう愉しさ

ベートーヴェン 交響曲第6番ヘ長調Op68「田園」
エマニュエル・クリヴィヌ指揮
ラ・シャンブル・フィルハーモニック管弦楽団
仏NAIVE CD  V5258
録音:2010年5月18~19日
録音会場:グルノーブル、シァン劇場[ライヴ録音]

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第1楽章 10:53
第1主題は駆け出すように始まったと思ったら、すぐブレーキがかかる。
速いテンポにリタルダント。叙情的なフレーズには、この表現が繰り返し使われる。一方で、リズミカルな曲想では、節を思いきり短く切り上げて、俊敏な身のこなしを見せる。細部の動きの一つ一つが面白く、オーケストラの全員が嬉々として演奏している姿が目に浮かぶようだ。こっちも思わず体を揺すりながら聴き入ってしまう。
このオーケストラは古楽器使用。弦楽器もノンヴィヴラートが基本。ネコパパの苦手な、ピリオドスタイルの団体である。でも、この演奏ではクレシェンドやアクセントもくっきりとして、特有の癖があまり気にならない。
曲が進むにつれて演奏は活気を増していくが、ガチャガチャとした感じがないのは、時折寂しげな弱奏をはさむなど、表現が多彩なせいだろう。「田舎に着いたときの楽しい気分」という標題そのものの、愉しい音楽が溢れている。

第2楽章 11:30
ここも早め。弦楽器は、あのピリオド奏法特有の「平べったい」音に変わる。レガートに音が繋がり、やせた響きに聞こえるのがちょっと惜しい。そのかわり目立つのが木管楽器の活躍だ。フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットがそれぞれ独特の歌いまわしと音色を持ち、遠慮なく前面に出てくる。ソロも美しいが、二重奏、三重奏と重なり合って生み出される多彩な色調がうっとりするほど魅力的で、管楽器を追っているだけで幸せな気分になってくる。特にファゴットの、こまっしゃくれた粋な歌い回しは素晴らしい。コーダの小鳥の歌の鮮やかさは言わずもがな。

第3楽章 4:50
冒頭から管楽器を強く前に出してくるのが耳新しい。弾む主題の音を思いっきり強めて、躍動する管楽の四重奏へ突入する。主部が終わるとさらにアッチェレランドして、瞬速のトリオへ。音量も一気に上がる。前半楽章では聴かれなかったダイナミックレンジの大きさだ。第4楽章へのブリッジも、勢いを弱めずに進めていき、そして。

第4楽章 3:41
硬いバチを使った轟音ティンパニが登場。
その音量は圧倒的だ。たちまち弦は背景に回り、存分に、叩きに叩く。金管の雄叫びも加わって、吹き飛ばされそうに激しい嵐と雷雨を活写する。ただ、このティンパニ、硬い音とは言っても、古楽器奏法でよく使われる小太鼓のような「かん高さ」はあまりない。やや大きめの楽器かもしれない。嵐が頂点に達すると、次第にテンポを落としていく。ホルンでは普通のテンポに戻り、そして。

第5楽章 9:15
ヴァイオリンの奏でる牧歌的な第1主題は、ぐっと遅めのテンポをとる。弦楽器の奏法は変わり、「平たい」奏法は排除して、十分にクレシェンドし、十分に音を膨らませて歌い上げる。ヴィヴラートもかけているのではないか。
注目は、それまでは支えに回っていたチェロとコントラバスがフレーズ冒頭に強いアクセントをつけてせり出してくるところだ。
主題提示後の展開も、寄せては返す音の強弱と、それに伴うテンポの緩急を伴って、ぐんぐん歌い上げる。
クリヴィヌはこのにフィナーレを全曲のクライマックスと考えているようだ。そして、それを実現するために、敢えてブルーノ・ワルターの解釈を引用しているように思われる。
それがもっとも明らかなのは、トリル変奏のあと、コーダに向かう大きな盛り上げの頂点で、一瞬テンポを落として見えを切るところ。これは、ワルターがコロムビア交響楽団を指揮した1958年盤に聴かれる表現で、クリヴィヌが意識的に取り入れた可能性は高い。さすがにそのあとの長いフレーズで「強弱のうねり」はやらないが、コーダの祈りの動機をさらりと流し、直後に大きくリタルダントする流れはそっくりだ。それらはクリヴィヌの表現として十分に昇華され、感動的なフィナーレを築き上げている。

エマニュエル・クリヴィヌはフランスの指揮者で、近年はドビュッシーの管弦楽曲を多く録音している。
交響詩「海」は、比較的短い期間にリヨン国立管弦楽団、ルクセンブルク・フィル、フランス国立管弦楽団と、三回も録音している得意曲だ。最新のフランス国立管盤は未聴だが、他の二つはどちらも輪郭の明晰な演奏で、ドビュッシーのテクスチュアを浮かび上がらせる。二度目の録音、ルクセンブルク盤はネコパパの愛聴盤だ。
指揮者として注目されだしたのは1980年代前半で、フルーティストのバトリック・ガロワを伴奏したモーツァルトのフルート協奏曲ではじめて名を知った。その後DENONへの継続的な録音が始まり、モーツァルトの交響曲集から近代フランスの曲まで、幅広いレパートリーを聴かせるように。
ウィキによれば、指揮者を志したのはカール・ベームの指揮に感銘を受けたのが理由とのことで、ドイツ古典派の音楽にも造詣が深いようだ。
ベートーヴェン交響曲全集は、2009年から2010年にかけて行われた演奏会のライヴ。「田園」だけでなく、どの曲もフレッシュな快演を展開している。

録音が残響を抑え、細部まで生々しいのもこの全集の特徴で、すべての楽器の動きが対等に聴こえるほどだ。浩瀚な音楽サイト「好録音探求」のtsy227さんによると、録音レベルが高く、最強音は頭打ちになっているとのこと。確かにピークになると、ややきつく、耳に痛い音になる。けれども、それを承知の上で、細部までくっきりと聴かせたいと製作者は考えたのだろう。それはそれで高い見識。個人的には響きを取り込みすぎて楽音が霞みがちな録音よりも、ずっと好ましいと思う。YouTubeにアップされている動画も同じ演奏のようだが、残念ながら音はいまひとつだ。

クリヴィヌの「田園」はすばらしい演奏だと思う。あとは録音が独特なのと、ピリオド奏法をどう考えるかが評価の分かれ目になる。個人的には、現在音楽監督を務めているフランス国立管弦楽団と、もう一度、モダンスタイルの録音をやってもらえないかと思うけれど。






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コメント

コメント(2)
ピリオド奏法のベートーヴェン‥‥。
ピリオド奏法(+ベーレンライター版)のベートーヴェンは、苦手ですぅ~。
とくに、モダン・オケでピリオド奏法というのは、ノンヴィブラートで音に倍音がなくなってのっぺりした音になる感じに違和感があり、反対に演奏そのものは高速になって、おっしゃるように「ガチャガチャとした感じ」になります。
古楽器オケでやる場合は、古楽器(弦)の倍音の多さが補完しているように思います。

クリヴィヌという人は、お示しのリヨンとの『海』、『夜想曲』などと、ピリス独奏のショパンの協奏曲でCDを持っていますが、あまり聴いておらず、印象希薄です。
ピリオド奏法のベートーヴェンは、ラトルのが全然感覚に合わず、古楽器版でもガーディナー、ブリュッヘンとダメでした…。

今、パーヴォ・ヤルヴィ盤を、何とか理解しようと、ちょっと“がまん”しながら聴いていますが、ヤルヴィ盤も、意外に(なのか?)『田園』が、丁寧な描きぶりで印象に残りました。

こういう演奏は、オーディオの調整もかかわってくるかな、とも思います。

へうたむ

2020/03/11 URL 編集返信

yositaka
Re:ピリオド奏法のベートーヴェン‥‥。
へうたむさん
私もピリオド奏法のベートーヴェンは概ね、苦手です。
クリヴィヌが指揮しているオーケストラは古楽器を使用しているようですが、フィナーレなどを聴くと、ピッチは現代と同じで、この種の演奏の中では抵抗感が少ないと思います。第1楽章など、すべての楽器が鮮明で表情も多彩なので、CDで聴いていると演奏スタイルを忘れるほどですが、YouTubeの動画は録音の仕方が異なるのか、あまりそうは思えなくなります。ここが録音媒体の怖いところです。
パーヴォ・ヤルヴィ盤も豊かな表情を持った演奏ですが、ドイツ・カンマーフィルハーモニーはモダン楽器の小編成団体のためか、音が痩せ、表情がナマに聴こえます。ハーヴォ自身も日進月歩なので、私としてはN響でチクルスをやってCD化してほしいと思っています。
今年はベートーヴェン生誕250年で、実現が期待できると思ったのですが、なんとパーヴォは、ドイツ・カンマーフィルとのチクルスをやるみたいです。ベートーヴェンは大編成のモダンスタイルでやるものではない、と考えているとしたらいささか残念です。

yositaka

2020/03/11 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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