カナダのピアニスト、アンジェラ・ヒューイットはネコパパの大好きなピアニストだ。
バッハをピアノで弾く。それも、グールドのような癖っぽいものではなく、心にしみてくる味わいがある。そしてネコパパ庵の家電オーディオで、CDで聴いてさえも、音色が精妙で美しい。バッハだけではない。ヘンデルも、ラモーも、ドビュッシーも、ベートーヴェンもいい。
たとえば、最近発売された、これ。
J.S.バッハ:6つのパルティータ BWV.825-830
2018年録音 Hyperion CDA68271
パルティータ第1番 変ロ長調 BWV.825
パルティータ第2番 ハ短調 BWV.826
パルティータ第3番 ニ長調 BWV.828
パルティータ第4番 イ短調 BWV.827
パルティータ第5番 ト長調 BWV.829
パルティータ第6番 ホ短調 BWV.830
第1番の初めを聴いただけでも、もういけない。あらゆる音の細部が生きて耳に届く。
テンポは緩やかで微妙に変化し、楽章の終わりにはたっぷりとリタルダンド。それが適度に響きを取り込みつつ、音の実態を丁寧にとらえた録音によって伝えられる。最高音でもまったく濁りや歪が感じられないのは、ヒューイットのタッチの精妙さだけでなく、楽器の良さもあるに違いない。
ともかくこれは、バッハ宅からたった今届いたばかりの「音の手紙」のような趣が感じられる演奏である。
ヒューイットが弾いているピアノは「ファツィオリF278」というのだそうだ。
ピアノの事は詳しくないが、検索してみるとFazioliは1981年に創業したイタリアのピアノメーカーで、材料の徹底吟味から職人芸を生かした工程を経て製作された手作りの工芸品のようなピアノを生み出しているとのこと。生産台数は、2009年時点で年間120台程度という。ピアノという楽器は産業革命が生んだ初めての「工業製品としての楽器」で、音楽の大衆化の象徴のような存在だが、この楽器工房は時代に逆らって「貴族趣味」の商売を行っている…ということだろうか。そんなわけで、ストラディヴァリウスのヴァイオリンと同じように「ファツィオリF278」にも代わりはない。世界でただ一つの楽器なのだ。
ところが、そのピアノが災難に遭った。
アンジェラ・ヒューイットさん愛用のピアノ、業者が誤って破壊
2020.02.12 Wed posted at 15:00 JST
(CNN) 著名なピアニスト、アンジェラ・ヒューイットさんが愛用していたグランドピアノをレコーディングスタジオから移動させる際、業者が誤って落下させてしまい、壊れてしまったことがわかった。ヒューイットさんがフェイスブックへの投稿で明らかにした。専門家によれば、壊れたピアノは希少で、15万ポンド(約2100万円)するとみられている。
ヒューイットさんによれば、独ベルリンでベートーベンの曲の録音を終えた直後、業者がスタジオのコントロールルームに入ってきて、「ファツィオリ」のピアノを落としてしまったと告げたという。あまりにショックだったため、今回の出来事を公表するまでに10日間かかったとしている。
ヒューイットさんによれば、愛用のファツィオリF278は世界で唯一、ペダルが4つあるものだった。「わたしはこのピアノを崇拝していた。わたしの親友であり、最高の仲間だった。望んだすべてのことができるよう可能性をくれた。もはや、そうではない」
骨組みやふたなどが壊れ、ファツィオリ社のオーナーで、エンジニア、ピアニストでもあるパオロ・ファツィオリさんから修復できないと告げられたという。ヒューイットさんによれば、このピアノはイタリアの自宅に置いてあり、17年にわたって、ほとんどすべてのレコーディングで使用した。
英ロンドンのマークソン・ピアノズの試算によれば、新品のファツィオリF278の価格は15万ポンドだという。
「親友であり最高の仲間」 を失ったヒューイットは、これからどうするのだろうか。始まったばかりのバッハ再録音シリーズが新たな「親友」との出会いによって継続できることを期待したい。
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コメント
ギタリストのセゴビアもマイク落下により大切なハウザー1世を失ったとあり、名のある工房へ修理依頼するも元には戻らなかったようです。
演奏するものにとって、このタッチでこの望む音が鳴るというものが変わってしまう事の落胆は大きなものだと思うと、次の愛器が早く弾き込みを終え、活躍する事を祈るばかりです。
よしな
2020/03/03 URL 編集返信へえー、アンドレス・セゴビアにもそういうことがあったのですか。そういえば一昨年に飛行機で運搬中のヴィオラ・ダ・ガンバが航空会社の不注意で破損、2300万円の歴史的楽器でしたが会社は演奏者のヘルツォーク氏に20万円しか保障金を払わなかったそうです。ヒューイットさんの場合はどうなんでしょう。
彼女はリンク画像ではスタインウェイを弾いているので、演奏会のために楽器を持ち運ぶタイプではないと思われますが、これはレコーディングなので運搬はやむを得なかったのでしょう。おそらく長い時間をかけて収録しているベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集の録音だったと思われますが、これで全集が完成できないなんてことになれば一大事です。
せいぜいCDを購入して、応援しないと。
yositaka
2020/03/03 URL 編集返信