サヴァリッシュ、コンセルトヘボウの「田園」~平常心で作り込んだ、緻密な演奏

ベートーヴェン 交響曲第6番ヘ長調Op68「田園」
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
Brilliant Classics:Holland BRL92766(original recording EMI)
Producer: John Fraser
Balance engineers:Mark Vigars
録音:1991年3月11,14,15日
録音会場:コンセルトヘボウ、アムステルダム[デジタル録音]

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original CD
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第1楽章 12:00
ごく普通のテンポで滑り出す。主題提示後すぐのクラリネットの美しさに耳を奪われるが、トゥッティになると音が霞む。残響の多いサウンドだ。フォルテにうるささがない。フレーズの流れはゆったりと膨らみ、わずかにリタルダンド、聞き手の呼吸に寄り添っていくようだ。
特定のフレーズを強調することは少ないが、提示部の終わりの盛り上がる箇所とコーダの二箇所で、予想の流れに棹さすような大きめのリタルダンドが聴かれる。全体に強弱の幅を広げすぎないよう細心の注意が払われているが、再現部直前に一度だけ音を割ったフォルティッシモがあらわれ、どきっとさせられた。

第2楽章 12:57
遅いテンポで開始。たっぷりと豊かな弦の響きは艶かしいほどだ。細部はくっきりとせず、第2ヴァイオリンの奏でる漣も全体の響きに溶け合って、粒立ちが良くない。表情に過不足はなく、いかにも「小川のほとりの情景」の曲想が展開されていくが、多少ムードに流されているような気もする。
コンセルトヘボウの木管の音色は美しいが、丸く溶け合った響きのため、ソロやアンサンブルの絡みを楽しむにはいまひとつ。ただ、ファゴットのソロは天国的な音色に魅せられる。コーダの「小鳥の声」は、ゆっくりと吹かれるフルートと、早くリズミカルなオーボエ、クラリネットがくっきりと対比される。

第3楽章 5:20
何でもない入りからみるみるうちにリズミックになり、元気なトゥッティに達する。管楽器の掛け合いは抜群の上手さ、とりわけ素早い小回りを効かせるクラリネットが素晴らしい。トリオの乱舞はインテンポで強く強く踏みしめる。相変わらず音のまろやかさはキープされるものの、ここまで聴いてきてやっとオーケストラの音が全開になったと感じさせられた。

第4楽章 3:45
楽章間のブリッジはなんの芝居気も演出もない。前触れ無く「ドン」と重い音が突進してくる。ティンパニの重い音を生かし、おどろおどろしい緊張感に満ちた嵐の音楽である。雄弁なティンパニと弱音ながら音の立った弦の刻みが対比される。楽章最高潮の盛り上がりも、主役はやはりティンパニだ。嵐が静まりを見せると、オーボエ、クラリネット、ホルンがじっくりと気分を変えていき、フィナーレに導いていく。

第5楽章 9:04
落ち着いたテンポで歩みだす第1主題。冒頭楽章の、バランスの良いふくよかな音の流れが戻ってくる。特別に思い入れや共感音圧を感じる部分はなく、どこまでも模範的だが、後に行くにつれて、フレーズの終りかたが念を押すように丁寧なことに気が付く。それにしても、後半になって曲が次第に盛り上がっても、どこまでも平常心を保ち高揚感が感じられないのはちょっとどうかと思ってしまう。
とはいえ、終盤、祈りの歌の直前辺りまで来ると、さすがに感慨がこもってくる。祈りの歌そのものはあっさりと進めるが、最後の決めは強めのアクセントを老いて大きく深く音を伸ばす。

ヴォルフガング・サヴァリッシュがNHK交響楽団を率いてベートーヴェン・チクルスを行ったのは1970年、ベートーヴェン生誕200年を記念してのこと。当時中学生だったネコパパがクラシック音楽に関心を持ち始め、初めてベートーヴェンの交響曲全9曲を聞いたのは、そのチクルスのTV放送だった。その中のいくつかをソニーのテープレコーダ「ソニオマチック5」でマイク収録し、何度も聞いた。「田園」の最初の所有音源も、その一つだった。

そのサヴァリッシュが正規にベートーヴェンの交響曲全集を録音したのは、それから20年以上も経ってからで、結局これが唯一の全集録音となった。(サヴァリッシュは、1960年9月にもフィリップス・レコードに同じコンセルトヘボウと「田園」を収録しているが、それは単独の録音であった。その録音もいずれ取り上げたいと思っている)

演奏を聞いての全体的な印象は「細部まで目が行き届き、音の強弱や楽器のバランスに細心の注意を凝らした緻密な演奏」というものである。
サヴァリッシュの指揮ぶりは、ほとんど常に、彼の「鋭敏な耳の良さ」と共に語られる。
確かにこの「田園」も、細部に耳を澄まして聴けば聴くほど「とことん作りこんだ音楽」であることが実感される。
問題は、それが新しい発見に繋がったり、知的にせよ情的にせよ、聴く人を「揺さぶる」ものになっているかどうかだろう。
残念ながら、今回の試聴に関する限り、ネコパパにはそこまでの感銘は得られなかった。もしかしたらそれは、響き中心に収録された録音が演奏の細部を捉えきっていないからかもしれない。




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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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