アーサー・ビナード氏は語る②「生き延びるための紙芝居」

■「紙芝居」は人力のメディア

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童心社という出版社があります。いい絵本をたくさん出していることは皆さんご存知でしょう。ここ、実は紙芝居の出版社です。
「この世で一番もうからない出版は紙芝居」だそうです。でも紙芝居は凄い。これぞ全員団結、みんなで見れば凄い力が生まれます。
絵本は一人で見るもの。みんなで見てもひとりで見ている。紙芝居は逆。一人で見てもみんなで見ているように感じる。
これに気付いたのは30年前。
アメリカの大学で英文学を勉強していた僕は、日本語の文章を見て「この文字を使っている人たちは頭がおかしいんじゃないか」と感じました。3種類の文字を混ぜて使っているんですから。それで興味を感じで教授に頼み込み日本語の講義を聴講した。それが「はじまり」でした。すっかり日本語にほれ込んで来日し、日本語で活動するまでに。そしてあるとき、図書館でお話会に参加。子ども用のいすに座って紙芝居に出会います。
どこにでもありそうで、どこにもない。アメリカにも、ヨーロッパにも。実は日本にしかない。日本で生まれて、もう90年の歴史がある。どこでも簡単に上演できて、ハード(舞台)もソフト(紙芝居)も扱いやすく持ち運びも簡単。電気もいらない。ならず者企業・電力会社に依存しません。

戦時中は「国策紙芝居」として、戦意高揚「全員団結」の発動に利用された事実もありますが、力のあるメディアです。作りたいと思った。
ちょうどそのころ、僕は丸木美術館で『原爆の図』に出会い、その内容に震撼させられていました。そのことを童心社の酒井会長に伝え、製作が決定。
2012年に紙芝居づくりが始まりました。絵と語りながらじっくりと進めていったのです。
「絵が先にあって、そこから生まれてきた絵本」を何冊か出してきたので、僕には自然なことでしたが、そのようにしてつくられた紙芝居というのはこれまでになく、これが初めての一巻です。

『ちっちゃいこえ』
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紙芝居は、電気はいらないが、人間がいる。
これからの社会で大切になってくるのは「人力」だと思います。SNSもネットもTVももう信用できない。ただ、ラジオは愛着があって、続いてほしいけれども。
ラジオができた時、新聞はなくなると言われたが、なくなっていない。ラジオでハエは叩けないから。同じように、紙芝居もなくならない。スマホにも対抗できます。今は影響力がない。むしろそれが強み。だから7年がかりでこんな作品を作ることができる。
紙芝居の面白いのは、演じるのが大人だけではないことです。子どもも演じたがります。読み手と聞き手が入れ替わる。輪ができる。いつもみんなで見ている。紙芝居の愉しいところなのです。

■ゴブリンとは誰だ?

最後にちょっとだけ紹介したい本があります。
『父さんがかえる日まで』

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2012年から取り掛かって、6年がかりで完成したモーリス・センダックの絵本の日本語版です。センダック財団との交渉は難しく、ようやく出版できました。
「かいじゅうたちのいるところ」「まよなかのだいどころ」と並んで、センダック自身が絵本トリロジー(三部作)完結編と呼んでいる作品。
ですが三冊の中では一番売れてない作品だと思います。
僕はこれを何度も何度も読んで、この絵本はこれまでよりも、今よりも、「これから」の方がピンとくる作品だと思った。ずっと考えていたのは、お話の中で妹をさらっていく「ゴブリン」とは何者か、ということ。センダックの描くゴブリンはハリー・ポッターに出てくるやつとは違います。顔が見えない。窓からすっと入ってくる。これが現代のゴブリン。
そう、私たちは今、毎日ゴブリンと暮らしているのかもしれない。グーグルリン、とかアマゾンリンとか名前を変えてね。この絵本に込められているのは、僕たちは本当に人に向き合っているのか、という問いかけだと思います。相手と向き合わない隙に入り込んでくるゴブリン。未来の読者に向けて繋がろうとするセンダックの意志。
僕にはまだ、伝えなくてはならないことがたくさんあります。

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コメント

コメント(2)
紙芝居に関しての質問
約束事があるじゃないですか。
「最初の画面に戻らない」とか、
「3面舞台を使う時は最後に上を開ける」とか。

例えば小学生が触ったり読んだりしている時、
そういうコトって、教えるべきですか?

「サッと抜く」「半分抜く」とか、
子供には難しい演出もあって、
紙芝居って・・・実は難しいのよね。

















ユキ

2020/02/01 URL 編集返信

yositaka
Re:紙芝居に関しての質問
ユキさん
私が市内の図書館で中学生と読み聞かせや自作紙芝居の活動をしていたときは、あまり細かい方法は教えませんでした。
なので、決して上手ではなく、ときには棒読みに近いことだってあったのですが、それでも聞き手の子どもたちの反応は違います。大人である私がやる時よりも、中学生のお姉さんのやる時の方が、ずっと子どもたちは集中し、注目します。
むしろそういう技術やルールっていうのは「大人が年齢のギャップを埋める」ためにあるのではないかと思いました。

ただ、私がその活動をしていたのはずっと前、携帯電話もない時代の話です。「ゴブリンの隙」をたっぷりと作り出してしまった現在では、もしかしたら通用しない話なのかもしれません。

yositaka

2020/02/01 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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