論理国語について、内田樹の見解に共感する

毎度お邪魔している内田樹氏のブログに国語教育に関する提言あり。
大いに共感するところがあったのでご紹介したい。

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「論理的にものを考える力」それ自体はたいへんけっこうなものです。
文章の階層構造を理解したり、断片から全体の文脈を推理する力は複雑な文章を読む上では必要不可欠ですから。でも、申し訳ないけれど、規約とか契約書というのはまったく「複雑な文章」ではありません。誤解の余地のないように、一意的に理解されるように書かれたものです。そういう「可能な限り簡単に書かれたテクスト」を読むために、わざわざ「論理国語」というかたちで教育内容を分離して、従来の国語では教えられなかったことを教えるということの意味が僕にはわからない。そんなものを「論理」とは呼ばないだろう(中略)

「ある前提から論理的に導かれる帰結」のことを英語では「コロラリー(corollary)」と言います。日本語にはこれに当たる適切な訳語がありません。コロラリーはしばしばわれわれの常識を逆撫でし、経験的な知識の外側にわれわれを連れ出します。僕は「論理的に思考する」というのは、それがどれほど非常識であろうと、意外なものであろうと、論理がその帰結を導くならば、自分の心理的抵抗を「かっこに入れて」、それをとりあえず検証してみるという非人情な態度のことだろうと思います。(中略)
 論理的に思考するというのは幅跳びの助走のようなものです。ある程度速度が乗って来て、踏み切り線に来た時に、名探偵はそこで「ジャンプ」できる。凡庸な警官たちは、そこで立ち止まってしまう。まさに「ここで跳べ」という線で立ち止まってしまう。論理性とはつきつめていえば、そこで「跳ぶ」か「跳ばない」かの決断の差だと思います。
 長じてから、これは探偵小説に出て来る名探偵たちだけでなく、すべての卓越した知性に共通する特性だということに気づきました。卓越した知性と凡庸な思考の決定的な差は知的能力の量的な違いではありません。「跳ぶ」勇気があるかどうか、大胆であることができるかどうか、それだけなのです。(中略)

「論理国語」を別建てにするというのでしたら、「論理的に思考するとはどういうことか」ということについてこの程度のことは考えて欲しいと思います。過去の卓越した知性がどのように論理的に思考してきたのか、それについて一秒でいいから考えてから「論理」というような言葉は口にして欲しい。「論理」という語を生徒会規約と議事録を読んで年度内に生徒総会の開催が可能かどうかを「推理」するというような知性の行使について使うのは、言葉の誤用だと僕は思います。そんな「推理」のためには論理的知性なんか要らないから。論理的知性というのは、「跳ぶ」能力のことだからです。(中略)

 でも、「跳ぶ」ためには勇気が要ります。ある程度までは論理的に思考しながら、最後に「そんな変な話があるものか・・・」と言って、立ち止まって、論理が導く結論よりも、常識の方に屈服してしまう人たちがいます。彼らに欠けているのは、知性というよりは勇気なんです。
 今の日本の子供たちに一番欠けているのは、こう言うと驚かれるかも知れませんけれど、知力そのものではなくて、知力を駆動する勇気なんです。自分の知力に「跳べ」と言い切れる決断力なんです。
 でも、子供たちに向かって「勇気を持ちなさい」と語りかける言葉を学校で聞くことはほとんどありません。文科省がこれまで書いた教育についての指示や提言を読んでも、そこに「勇気を持て」という文言はまず出て来ません。逆です。文科省が教員や子供たちに語って聞かせているのは、いつでも「怯えろ」「怖がれ」ということです。学力がないと社会的に低く格付けされ、人に侮られ、たいへん不幸な人生を送ることになる。それがいやなら勉強しろ・・・というタイプの恫喝の構文でずっと学習を動機づけようとしてきました。(以下略)

甚だ乱暴な引用で、内田氏が多数引用している「具体例はすっかり省略。

「跳ぶ力」を開花させた、数多くの「論理の達人」の事例が豊富に紹介されているので、興味を感じられた読者の皆様には、ぜひ本文全体をお読みいただきたい。
が、このわずかな引用だけでも「論理国語」が「砂を噛むような」規則条例やマニュアル読解に注力しようとしている問題点がはっきり浮き彫りにされていることがわかるのではないだろうか。

例の共通テスト模擬試験の問題を思い起こすまでもなく、ネコパパの勤務する小学校の国語教科書を見れば一目瞭然。すでに過去数回の指導要領改訂で「論理国語」化は水面下で着々と進行しているのである。
模範的な(面白くもない)子どもの作文を真似た「文例」をつかって表現学習、話し合い学習を目論んだり、「論理性」に乏しい、文章から「筆者の思考」や「読ませる魅力」をあえて排除したような「情報の羅列」みたいな教材文がいつのまにか増えていたり…イラストやブックデザイン、印刷効果は向上してビジュアル的には「美しい」が、内容には「ときめき」が感じられないページが多くなっている気がする。
これでは「論理的文章」なんてものは「無味乾燥な情報の物置」としか、子どもたちには感じられないのではないか。
このような教材、このようなカリキュラムで「知力を駆動する勇気」を引き出す授業を行うことは、決して不可能とはいわないまでも、教師にとってはかなりの「戦略」と「創造的工夫」が必要になる。
それなりに強い問題意識と準備が必要になってくる。

新聞には「働き方改革」を進めているにもかかわらず、教員志望者が激減していると報じられている。長いあいだ「怯えろ」「怖がれ」で学ばされてきた若者たちが、いっそう殺伐さを増そうとしている教育現場にあまり魅力を感じられないでいる気持ち、分かる気がする。
とはいえ、内田氏の考え方の痛快さは、子どもの知的好奇心、仮説発見の高揚、欣喜雀躍の力は決して衰えてなどいないと断言するところだ。

そのうえで彼は「大人」に対してはっきり釘を刺す。


心に浮かんだ夢を実現するためにはいろいろな社会的能力が要ります。お金やコネクションや、幸運も要ります。でも、心と直感に「従う」ためには、とりあえず勇気さえあればいいんです。そこからしかものごとは始まらない。最初の一歩は「勇気」なんです。

 子供たちにほんとうに伝えなければいけない言葉は、「親が反対しても、教師が反対しても、友だちが反対しても、世の常識が反対しても、それでも自分の直感と心に従う勇気を持ちなさい」ということなんです。でも、おそらくそれは今の学校教育で最も教えられていないことだと思います。


「最も教えられていないことを教えよ」

ネコパパが教員でいられるわずかな時間に、少しでもそれが伝えられるか。宿題である。





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コメント

コメント(2)
天下り目的ロンリー国語単なる噂ですからね!
先日某大日文とある研究室の研究会に行って来ました。某大には、日本近代文学研究の紅野謙介氏がいられます。当日の研究会には関係ありませんが。
蛙学生時代には早稲田で父敏郎氏が近代文学の雑誌等を駆使した研究を進めていらしたかと。蛙の大学にも非常勤で見えてました。

それはさて。息子氏新書で今回の高等学校国語科の変(蛙には改革とは見えないので変としておきます)について、書いてらしたですが。蛙は知り合いじゃないので、まだ読んでいません。以下、読んだという勉強家の都会の蛙達の噂。読んだ方がいいよと言われました。

何か裏事情では、文学教材で文科省の連中がああせいこうせい言うと、近代文学研究者がその都度厳しい否定(反論不可能)をするので、近代文学研究者根絶やしするために、ああいう近代文学排除をし始めたんだと、研究会後の飲み会与太話でした。某大国連ビル国語科教育に文科省天下りが教授になって、文科省から大量の院生が来ている。みんな天下り先確保のためなんだろうとの詮索。
文科省も天下り先がなかなかない、酷い事態になっているのかしら。
田舎の蛙が都会の蛙達から聞かされた噂です。噂は噂。話半分以下。

真に受けて考えるならば。以下、SF。
事務的文書なら、役人最適! これを論理国語って名付けちゃえ。
って辺りが正解で、内田氏の論理国語論はスルーされておしまいってことになるのかも。

シュレーゲル雨蛙

2020/01/24 URL 編集返信

yositaka
Re:役人天下り目的ロンリー国語。たぶん。
シュレーゲル雨蛙さん
紅野謙介氏の著書「国語教育の危機」は、問題点を明快にまとめた好著で、入試改革の歪が露呈した今こそ、多くの人に読んで欲しいものと思います。
でも、近頃売れる新書といえば、自国の根拠のない自慢話や他国の悪口を書いたものが多くて、埋没しているんじゃないでしょうか。「ずらっと平積み」にする良識ある書店員さんに期待します。
今や保身、天下り確保のための浅薄な理窟ならべ、文書改ざん、処分の「巣窟」である政府役人筋が「論理的思考の重視」なんて、どの口が言う、と言いたいです。
でも、だからといって十把一絡げで全部腐っとるとは思いたくないですね。それでは救いがない。近代文学の意義が分かっている、内田氏のいうことも理解できる官僚も決して少なくないはずです。そういう人たちの声が聞きたいと思います。

yositaka

2020/01/25 URL 編集返信

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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