音楽を楽しむ会・新年を彩る音楽

今年も豊明市立図書館自主企画「音楽を楽しむ会」の構成とご案内を担当することになりました。
会長のNさんの会計報告によると、1990年スタート、今年は30周年になるそうです。年の初めと合って参加者は約30人。会終了後の新年お食事会には16人の参加者があり、これは前代未聞とのことでした。

以下は、今回のプレゼン原稿の紹介です。

2020年第1回(322回)1月11日(土)午前10時~12時(毎月第2土曜日開催

今月のテーマ 新春を彩る音楽

あけましておめでとうございます。
今年はベートーヴェン生誕150年、そして当館の創立40周年という記念の年ということで、特別プログラムも用意して1年間、皆様とともに音楽を楽しんでいきたいと思っています。お付き合い頂ければ幸いです。

さて、今年一番のテーマは「新春を彩る音楽」。
日本では長年「四季」と「新世界より」が定番で、以前はオーケストラの演奏会で両方が取り上げられることも多くありました。
最近は、バロック音楽と近代クラシック音楽との住み分けができて、両方一度に聞くことはほとんどありませんが、演奏回数は多いと思います。
内容的に新年と直接関係するわけではないのですが、どちらの曲も明るさと期待感に満ち、1年のスタートにふさわしい選曲ではないでしょうか。

■イ・ムジチ6回目の「四季」

1.ヴィヴァルディ 協奏曲集「和声法とインベンションの試み」op8「四季」より「春」
イ・ムジチ合奏団 マリアーナ・シルブ(Vn)1995年録音

いまでは誰もが知る名曲ですが、この曲の楽譜が再発見されたのは意外に最近、第2次世界大戦後の1949年のことでした。その背景には、戦前のファシズム台頭に伴うイタリア文化再発見の機運もあったようです。
当然、SP録音もなく、戦前のクラシックファンは、ヴィヴァルディの名も、「四季」という曲の存在も知らなかったわけです。

ベネチアのカトリックの司祭でもあったヴィヴァルディは、「赤毛の司祭」と呼ばれていました。ピエタ慈善院という施設で少女にバイオリンを教え、その少女達の楽団はヨーロッパ中から聴衆が詰めかけるほど人気だったそうですが、没後はすっかり忘れ去られてしまいました。

「四季」は1725年に発表した協奏曲集《和声と創意の試み》の第1曲から第4曲のニックネームです。曲の内容をあらわすソネットが付けられた、初めての描写音楽でした。
ヴィヴァルディは「春」のテーマを特に気に入って、オペラのアリアにも転用しています。
ちょっと聴いてみましょう。

★歌劇「テンペーのドリッラ」よりアリア「そよ風のささやきに」より 
 チェチーリア・バルトリ(S)イル・ジャルディーノ・アルモニコ

さて、「四季」ブームの火付け役になったのは、1955年、イ・ムジチ合奏団が演奏したレコードです。その後、コンサートマスターが後退するたびに新しい録音がなされ、どれもが好評で迎えられました。とくに蘭フィリップス社から発売された6種類のレコードは280万枚も売れたとのこと。
今日聴いていただく「シルプ盤」は、6回目のもので、通奏低音にオルガン・リュート、チェンバロの三つの楽器を使用して多彩な音色が楽しめること、シルプの熱情的なソロがとても魅力的なことが大きな特徴です。

第1楽章 アレグロ
春がやってきた、
小鳥は喜び囀りながら祝っている。小川のせせらぎ、風が優しく撫でる。春を告げる雷が轟音を立て、黒い雲が空を覆う、嵐が去ると、小鳥が素敵な声で歌う。

第2楽章 ラルゴ
牧場に花は咲き乱れ、枝に茂った葉はガサガサ音を立てる。羊飼は眠り、忠実な猟犬がそばにいる。
ソロヴァイオリンがのどかなメロディを奏でヴィオラの低い音が吠える犬を表現している。

第3楽章 アレグロ
陽気なバグパイプに合わせてニンフ(ギリシア神話で、女の姿をして、おもに川や泉の辺に出て来る精霊)と羊飼いが、明るい春の空の下で踊る。

■ウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサートの始まり

ウィーン・フィルとシュトラウスの繋がりは深く、初めて演奏したのは1911年。そして、このオーケストラが史上初めてレコードに録音したのは1924年。どちらも同じ、この曲です。

ヨハン・シュトラウス2世 ワルツ「美しく青きドナウ」より 
 ヨーゼフ・クライン指揮ウィーン・フィル 1924年録音(CD復刻盤で一部を紹介)

1938年、ナチス・ドイツはオーストリアを併合。その際、ナチス政府はオーストリア人の不満を回避するガス抜き策として、シュトラウスのワルツやポルカのコンサートを翌1939年12月31日に開催。
それが1941年の第2回から、1月1日に開催となり、恒例化したのです。初代指揮者はオーストリア大司教の私生児の噂もあったアイドル指揮者、クレメンス・クラウスです。
ローカルなイベントだったこの演奏会でしたが、1958年に最初のステレオレコードが発売、1959年、ヨーロッパ各国に中継放送が始まったのを機に世界的人気が高まりました。現在は全世界の40カ国以上に生中継されています。

■蓄音機でウィーン・フィルのワルツを

2.ヨハン・シュトラウス2世 常動曲
クレメンス・クラウス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1929年7月2日録音

1861年4月4日にウィーンで初演。何回でも最初から繰り返し演奏できるように作られた曲で、当時普及し始めていた機械に着想を得たと言われている。スコアの最後には「あとはご自由に」と書かれています。

3.ヨハン・シュトラウス2世 皇帝円舞曲
ブルーノ・ワルター指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
1937年10月18日録音

1889年に作曲した演奏会用のウィンナ・ワルツ。
ベルリンで「国王の建築」と命名された新しいコンサートホールのこけら落とし演奏会の冒頭を飾る曲として依頼をされたもの。当日は100人編成の大オーケストラで演奏されたそうです。


■2012年ニューイヤーコンサートのライヴ映像より
マリス・ヤンソンス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

ヤンソンスは、2019年11月30日に78歳で亡くなったロシアの指揮者。2006,2012、2016年の3回にわたってこのコンサートを指揮しています。私が贔屓にしていた指揮者で、1994年には豊明市にも来訪していました。

4.ヨハン・シュトラウス2世 チック・タック・ポルカ

1874年に初演され大ヒットした、オペレッタ『こうもり』のメロディから編曲された3つのボルカのひとつ。第2幕でのロザリンデとアイゼンシュタインによる時計の二重唱「あの上品な態度」の旋律を中心にして作られています。

5.ヨハン・シュトラウス2世 ワルツ「美しく青きドナウ」

初稿はウィーン男声合唱協会から依頼を受けて作曲された、シュトラウス2世にとって初めての合唱ワルツ。1867年2月15日初演。
1866年の普墺(ふおう)戦争でプロイセン王国との戦いに敗れ、当時オーストリア人々はみな意気消沈。作詞者は世相を受け、敗北はもう忘れようと明るく呼びかける歌詞を付けたが、評判にはなりませんでした。
そこでオーケストラ編曲版もつくり、1867年4月のパリ万博で演奏したところ成功、8月にはロンドンでも絶賛、たちまち世界各地で演奏されるようになります。以降シュトラウス2世は演奏旅行の際には必ずこの曲を披露。1872年、アメリカ合衆国ボストンで催された「世界平和記念国際音楽祭」では、2万人もの歌手、1000人のオーケストラ、さらに1000人の軍楽隊によって、10万人の聴衆の前で演奏されたそうです。
初演から7年後のハンスリックの評言から「第二の国歌」ともよばれ、広く親しまれている名曲です。

6.ヨハン・シュトラウス1世 ラデツキー行進曲

1848年革命の最中に、当時はオーストリア帝国領であった北イタリアの独立運動を鎮圧したヨーゼフ・ラデツキー将軍を称えて作曲されました。当初は自由思想に共感を抱いたシュトラウス1世でしたが、過激化する革命勢力に嫌気がさし、軍の依頼に応じてこの行進曲を、ウィーンの民謡を2つ採り入れて、わずか2時間で完成。のちに彼は政府側から「ウィーンを革命から救ったのは、ヨハン・シュトラウスである」とまで言われるようになります。


■クーベリックの歴史的なチェコ復帰を記録した「新世界」

7.ドヴォルザーク 交響曲第9番ホ短調「新世界より」 
ラファエル・クーベリック指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 
1991年10月11日収録 スメタナーホール、プラハ

ドヴォルザークが1893年に作曲した最後の交響曲です。
同じ年、彼はアメリカ・ナショナル音楽院の院長に招かれ、3年間の在米中に、後期の重要な作品が書かれました。この「新世界より」はドヴォルザークのアメリカ時代を代表する作品です。
副題は、新世界アメリカから故郷ボヘミア(チェコ)へ向けてのメッセージ、という意味で、内容はボヘミアの音楽の語法をドイツ古典交響曲のスタイルに昇華させたもの。
ドヴォルザークはアメリカで黒人霊歌や先住民の音楽を熱心に研究していて、この曲にもアメリカの民謡が引用されていると言われることもありますが、本人は否定しています。
初演は1893年12月16日、ニューヨークのカーネギー・ホールにて、アントン・ザイドル指揮、ニューヨーク・フィルハーモニック協会によるもので、大成功でした。

第1楽章:Adagio – Allegro molto
アダージョ―アレグロ・モルト。ホ短調、序奏付きソナタ形式。夜明けのような序奏に続いてホルンが奏でる第1主題は、弦に引き継がれ、トランペットも加わり情熱的に盛り上がります。音楽が落ちついたところで、黒人霊歌が思い起こされる柔らかな第2主題が、フルートとオーボエによって演奏されます。

第2楽章 Largo
ラルゴ。変ニ長調、複合三部形式。イングリッシュホルンによる主部の主題は有名で、さまざまな歌詞をつけて『家路』『遠き山に日は落ちて』などの愛唱歌に編曲されました。中間部は短調に転じて雄大な自然が表現され、クライマックスでは第1楽章の第1主題の動機が加わり再現部となります。『家路』のテーマが切れ切れに演奏されるアイデアが効果的です。

第3楽章:Scherzo: Molto vivace
ホ短調、列車の爆走を思わせるスケルツォ、ドヴォルザーク自身は「先住民が踊る場面を表現した」と語っているそうです。複合三部形式で2つのトリオを持ち、一つ目は民謡風二つ目は西欧風。この楽章のみトライアングルが使用されます。

第4楽章:Allegro con fuoco
アレグロ・コン・フオーコ。ホ短調、序奏付きソナタ形式。緊迫した半音階の序奏が一気に盛り上がり、ホルンとトランペットによる雄渾な第1主題を導きます。第2主題はクラリネットが演奏する優美な曲想です。
最後の1音はフェルマータの和音をディミヌエンドしながら出すというもので、指揮者ストコフスキーはこの部分を「新大陸に血のように赤い夕日が沈む」と評しました。

ラファエル・クーベリック(1914年6月29日 ボヘミア - 1996年8月11日 スイス・ルツェルン)は、チェコ出身、1948年、祖国の共産化に反発して亡命、以後ドイツを中心に国際的に活躍した20世紀を代表する指揮者のひとりです。
彼は1986年に、持病の関節炎、痛風の悪化と作曲に専念するために指揮者を引退しました。
しかし、1989年にチェコで民主化革命が起きたのを契機に、ハヴェル大統領の強い要請で、亡命先のイギリスから帰国し、翌1990年の「プラハの春」音楽祭でチェコ・フィルを指揮。スメタナの『我が祖国』の歴史的演奏を行いました。
本日ご覧いただくのは、絶賛に応え、1991年秋に再びチェコ・フィルの指揮台に上った際の演奏です。
クーベリックはその直後にチェコ・フィルと来日し、大阪と東京で「わが祖国」を演奏。これが最後の舞台となりました。


次回はこれです。

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コメント

コメント(2)
初春の音楽
ヴィヴァルディ「四季」の「春」は、中学の時父に連れられて名古屋市公会堂で聴いて感銘を受け、私がクラッシクを聴くきっかけになった曲です。
特に初春に聴くと・・・いいですねぇ。

ニューイヤーコンサートのライヴ映像は、演奏者と聴衆が一体となって新年をにこやかに祝う気持ちをよく捉えよかったです。
クーベリックの「新世界」最初、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団と聞いて???でしたが映像を見て民主化後の「新世界」、クーベリックの指揮に楽員が真摯に向き合う姿勢を捉えこれまたよかったです。

新年から図書館に申し訳ございませんが、音響設定が「映画」用のサラウンド設定になっているようです。私の左耳の老化が進行しているのかなと思いました。

チャラン

2020/01/12 URL 編集返信

yositaka
Re:初春の音楽
チャランさん
いつもご参加ありがとうございます。
今回はスタジオのミキサーを確認するのを忘れたので、映画界の設定がそのままになっていたかもしれませんね。次回は確認してみます。
「四季」は何度かライヴでも聞きましたが、文化会館でのイエジ・マクシミウク指揮ポーランド室内管弦楽団の演奏と、豊田文化芸術センターで聞いたエドゥアルト・メルクス指揮カペラ・アカデミカ・ウィーンの演奏が印象に残っています。
マクシミウクはチャランさんもお持ちのエヴァ・オシンスカのモーツァルトで伴奏している人です。
クーベリックの「新世界」というと、ベルリン・フィルとのDG盤が有名ですが、最後の演奏も捨てがたい演奏。指揮姿が元気なのがいいですね。

yositaka

2020/01/13 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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