音楽を楽しむ会・ゆく年を送る音楽

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2019年最後の「音楽を楽しむ会」が開催されました。
解説担当を仰せつかって、ちょうど1年。今回も25名のお客様にご来場いただきました。ネコパパの拙いご案内にお付き合い下さって、感謝感激です。
さて、今回もプレゼン原稿のご紹介です。

2019年第12回 12月14日(土)午前10時~12時(毎月第2土曜日開催)

今月のテーマ ゆく年を送る音楽

おはようございます。
今朝は今年最後の会ということで、「ゆく年を贈る音楽」と題して、みなさんと楽しいひと時を過ごしたいと思います。日本では年末のクラシックというと、ベートーヴェンの「第九交響曲」がまっさきに頭に浮かぶのですが、これはほぼ、日本だけの現象。本場ヨーロッパではどちらかというと、「こうもり」「メサイア」のほうが一般的ではないでしょうか。そこで「第九」のまえに、この2曲の「さわり」を映像作品でご紹介したいと思います。

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1.J・シュトラウスⅡ 喜歌劇「こうもり」序曲
カルロス・クライバー指揮 バイエルン国立歌劇場管弦楽団 1986年収録

最初にお聞きいただくのはヨハン・シュトラウス二世のオペレッタ「こうもり」の序曲です。
現在「こうもり」はウィーンの国立歌劇場の年末の風物詩になっていて、大晦日のウィーン国立歌劇場では必ずといっていいほど、上演されます。国立歌劇場は通常オペレッタは上演しないので、この作品だけは例外ということになります。
もともとは1874年作曲、同年4月5日にアン・デア・ウィーン劇場で初演されたもので、年末と直接関係はないように思えるのですが、なぜ大晦日なのかというと、オリジナルの脚本タイトルがLe Réveillon(クリスマスイヴや大晦日の祝宴)だからなのです。
まあたしかに1年の憂さを晴らすにはぴったりの、市民の一夜のドンチャン騒ぎを描く能天気なストーリー、それに最高の音楽がついているというのがいいんですね。
カルロス・クライバーの指揮は、指揮姿がそのまま音楽を語るような見事さです。この上演と同じ年、同じオーケストラと日本で演奏会を開いたクライバー、熱狂する聴衆にこたえて、日本語で「こうもり!」と紹介してこの序曲を演奏しました。そのときのTV放送はたいそう印象的でしたね。



2.ヘンデル オラトリオ「メサイア」~ハレルヤ・コーラス
クリストファー・ホグウッド指揮 エンシェント室内管弦楽団 ウェストミンスター大聖堂聖歌隊 1982年1月収録

ヘンデルのオラトリオ「メサイア」は、1741年作曲、ダブリンで1742年初演。
続く1743年ロンドン初演のとき、国王ジョージ2世が「ハレルヤコーラス」の途中に起立したという逸話があり、日本ではそれにちなんで「ハレルヤ立ち」の習慣が定着しています。私も一度だけ「年末のメサイア」を聴いたことがあるのですが、やっぱりやるんですね。
曲の内容は、イエス・キリストの生涯を題材とした独唱曲・重唱曲・合唱曲で構成されたオラトリオ、つまり「演技なしのオペラ」で、本来は教会で演奏する宗教音楽ではなく、れっきとしたコンサート用の曲です。
全3部でキリストの「誕生」「受難」「復活」のエピソードを描いたもの…というわけで、とくに年末に関係があるわけではありません。
「ハレルヤコーラス」は、第2部の最後に置かれ、数々の受難を打ち砕いて、主の栄光の国が訪れたことを賛美する合唱曲です。今回はウェストミンスター大聖堂で、当時のスタイルで演奏された映像でお楽しみください。「楽器の世界・トランペット」の回で触れたナチュラル・トランペットの演奏の様子(太鼓の背後で演奏)も見ることができます。



3.ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調作品125「合唱つき」

それではいよいよ「第九」です。これはベートーヴェンが1824年に作曲した独唱と合唱を伴う交響曲で、9番目にして最後の交響曲です。
ベートーヴェンがシラーの詞『歓喜に寄す』に感動し、曲をつけようと思い立ったのは、1792年。当時22歳で、まだ交響曲第1番も作曲していない時期でした。フランス革命直後に書かれたこの詩は人間開放の機運にあふれた当時の若者の心をつかみ、広く愛読されたようです。ベートーヴェンはその後32年の長きに渡って構想を温めていたわけです。
1817年、ロンドンのフィルハーモニック協会から交響曲の作曲の委嘱を受け、これをきっかけに本格的に作曲が開始されたのです。
ベートーヴェンは、当時既に聴力を失っていたため、初演はウムラウフが正指揮者、ベートーヴェンは各楽章のテンポを指示する監督役で指揮台に上がったのですが、本人は失敗と思い、また拍手も聞こえなかったため、終演後もしばらく聴衆に背を向けて、立ちつくしていました。見かねたアルト歌手ウンガーがベートーヴェンの手を取って聴衆の方を向かせ、ようやく拍手喝采に気づかせることができた、という逸話があります。
演奏時間は全4楽章、65分から70分という大曲(ベートーヴェンの速度指定では63分)で、第3楽章までは「前座」と感じられることも多いのですが、今日はちょっと工夫を凝らした構成にしてみました。

第1楽章 
クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 
2000年5月1日収録 フィルハーモニーホール、ベルリン

まずは、現代の流行である古楽奏法を、大胆に取り入れた演奏として議論を呼んだアバトのDVDで第1楽章をお聴きいただきましょう。
ヴィヴラートの少ない鋭い弦楽セクション、むき出しになった管楽器の音色が際立つ演奏で、各声部の聞こえ方のバランスが斬新。何よりも、猛烈なテンションで一気呵成に進められているのが特徴です。4種類を聴き比べて、第1楽章はこれだなと思いました。
ところが、第2楽章以降はこれとは対照的に軽やかで「天国的」な演奏に変わります。そのギャップは大きい。もっとも、それがアバドの意図、彼は前半と後半で対照的な音楽を作りたかったのかもしれません。



■蓄音機コーナー(SPレコードで聴く第9)■
第2楽章(抜粋)
第3楽章(抜粋)
第4楽章(抜粋)
フェリックス・ワインガルトナー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 
ルイーゼ・ヘレツグルーバー(ソプラノ)
ロゼッテ・アンダイ (コントラルト)
ゲオルク・マイクル (テノール)
リヒャルト・マイヤー (バス・バリトン)
ウィーン国立歌劇場合唱団 
録音: 2-4 February 1935年2月2~4日ウィーン・コンツェルトハウス

第2、第3楽章は趣向を変えて、リストの弟子で、ブラームスにも高く評価されたワインガルトナーの演奏を蓄音機でお楽しみください。そしてせっかくですから、第4楽章の初めて声楽が入る部分も聴いてみましょう。
この8枚組のレコードは昭和10年、日本コロムビアの要請で録音されたもので、制作費も日本で負担したと言われています。ベートーヴェンの自筆譜をもとにした楽器法も活かすなど、当時としては細部まで研究が行き届いた演奏で、演奏時間62分はベートーヴェンのテンポ指定とぴったり一致しています。
ウィーンフィルの弦楽器の響きや、第2楽章の木管群の完璧とも言えるアンサンブルが、年代を感じさせないくらいの明瞭さで再現されていると思います。会場に残響の少ないコンツェルトハウスが選ばれていることも成功でした。



第4楽章
小澤征爾指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ
アンネ・シュヴァンネヴィルムス(ソプラノ)
バーバラ・ディヴァー(アルト)
ポール・グローヴズ(テノール)
フランツ・ハヴラダ(バス)
東京オペラ・シンガーズ
2002年9月収録 松本文化会館

あらためてフィナーレを全曲聴きましょう。小澤征爾の指揮です。
かつて「第九」の演奏は300人もの大合唱で行うのが一般的でしたが、ここでの合唱は80人だそうです。記録によると、初演時の譜面は40部。でも二人で見た可能性もあるので80人は妥当です。一方オーケストラは当時としては大規模な80人から90人編成でした。ここで演奏しているサイトウ・キネン・オーケストラは89人。初演と同じ規模での演奏を意識したものでしょう。

アバドの革新的演奏から2年後の記録ですが、古楽器奏法の影響はなく、オーソドックスなモダンスタイルです。
小澤征爾の指揮の特徴は、なかなか言い表しにくいのですが、リハーサル風景の印象などから想像すると、自分の解釈を強く打ち出すよりも、室内楽的な「聴きあい」の極地を目指しているように思えます。「聴きあい」を徹底することで、メンバーの自発性が臨界に達し、素晴らしい音楽が生まれてくる、というのが彼の信条なのかもしれません。
このフィナーレの演奏でも、はじめのうちは模範的な演奏ぶりですが、テノールのソロが歌い終わったあとの、オーケストラだけの間奏部分で空気が一変し、メンバーが前のめりに音楽に集中し、音楽が一気に「沸騰」していく様子がわかります。そこからは一気呵成の熱狂に突き進んでいく。小澤の唸り声も聴こえます。
2002年は彼がウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任し、ニューイヤーコンサートのCDが大ベストセラーになった年でした。思えば、この頃が指揮者・小澤征爾の頂点だったのかもしれません。



次回は2年目に入ります。テーマはこれです。

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コメント

コメント(4)
第9の合唱
「楽器の世界①ピアノ」からの一年間ご苦労様でした。
一年の締めとして日本では、ベートーヴェンの第9番「合唱付き」が良く演奏されています。
私は、日本の「合唱付き」の合唱は大人数の全員参加型でオケとの合奏の機会が少ない団員が張り切り過ぎてオケが聴き取りにくい演奏会が多いなと感じています。
高校の元合唱部幽霊部員は、張り切る気持ちは良く分かりますがソロとオケのバランスを考えないとでもセイブし過ぎると面白くないし…。

小澤征爾さんの指揮は、凄いですね全員の顔が緊迫して引きつていました。
いいなと思って目を開けると小澤征爾さん口から指揮棒のように長い舌をだしてペロリ・・・は、見逃しませんでした。

チャラン

2019/12/15 URL 編集返信

ベートヴェンの第9の速度指定は作曲者が楽譜に記したものが適正速度だと私は考えています。
楽譜通りの速度で演奏されているノリントン盤や爆裂猛スピードのシェルヘン盤といった高速演奏こそ第9本来の音楽を表していると思っています。
「ベートーヴェン所有のメトロノームが壊れていた・機能が悪かった」と言った説がありますが、あんな神経質な人が壊れたままのメトロノームを気づかずに平気で使い続けるわけがありません。

不二家憩希

2019/12/15 URL 編集返信

yositaka
あれが「聴き合う」ことの結果なら
チャランさん
確かに大人数だとオーケストラを圧倒してしまうことも有り得ますね。
その点、小澤征爾2002年の演奏はどれだけ熱狂していても、コーラスとオーケストラのバランスは見事で、終わりの方など声の中を分けいって弦楽器が飛び出してきていました。あれが「聴き合う」ことの結果だとすると、大変なレベルです。

それにしても1年間通ってくださって感謝の言葉もありません。今後も飽きない工夫を凝らしていきますので、よろしくお付き合いの程を。

yositaka

2019/12/15 URL 編集返信

yositaka
猛スピードの演奏も
不二家憩希さん
1935年の時点で、ワインガルトナーはその適正速度を知り、実践していたわけで、これは驚くべきことでした。

しかもノリントンやシェルヘンと違って、速いテンポで演奏していることを聴き手にあまり感じさせない。
基本的には快速ですが、要所要所で目立たないように減速をして、聴きどころはじっくり聴かせ、その分間を詰めてリズミカルなところは風のように通り過ぎる。その流れがお洒落なのです。

この曲の、特に第4楽章は、20代の人間の若者らしい理想主義と高揚があり、猛スピードの演奏も決して間違ってはいないと思います。シェルヘンの、とくに前半は痛快そのものです。

ただ個人的には、第3楽章の早いのは、ちょっとご勘弁と言いたくなります。ワインガルトナーは14分で、時間だけ見ると早めのはずですが、決してそうは聞こえません。演奏というのは不思議です。

yositaka

2019/12/15 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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