指揮者マリス・ヤンソンス氏、逝去

2019/ 12/ 03
                 
マリス・ヤンソンス氏が死去 世界的指揮者

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2019/12/1 23:20 日本経済新聞Webより転載

【モスクワ=共同】世界的指揮者でラトビア出身のマリス・ヤンソンス氏が11月30日、ロシア北西部サンクトペテルブルクの自宅で死去した。76歳だった。死因は不明だが心臓病を患っていた。

1943年、旧ソ連ラトビアの首都リガ生まれ。レニングラード(現サンクトペテルブルク)音楽院で学び、留学先のオーストリアでは名指揮者カラヤン氏に師事。70年代初めにソ連国立レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団で指揮者デビューを果たした。

79年以降、オスロ・フィルハーモニー管弦楽団やピッツバーグ交響楽団、バイエルン放送交響楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者を歴任した。
2006年、12年、16年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートで指揮し、訪日公演も多かった。

■命と音楽の綱渡り

青天の霹靂とでも。
76歳、指揮者としてはこれから円熟を迎える時期というのに…惜しんでも惜しみきれない気持ちです。

ネコパパがヤンソンスのライヴを耳にしたのは1994年、サンクトペテルブルク・フィルハーモニーとの来日公演でした。
会場は自宅に近い藤田医科大学キャンパス内のフジタホール2000。田舎に似つかわしくない豪勢なホールでの演奏会でした。
プログラムは前半がベートーヴェンの交響曲第5番、休憩を挟んで後半がチャイコフスキーの「眠りの森の美女」組曲とストラヴィンスキーの「火の鳥」組曲という、なんだか座りの悪いもの。
しかし第1曲のベートーヴェンは、堂々たるモダンスタイル正攻法による快演で、さすがにムラヴィンスキーに見込まれただけある…と感じ入ったものです。
ところが後半は、あえて濃厚さを避けたすっきり流れるロシア音楽で、ちょっとこれはどうかな…と感じたりしたのです。
まるで前半で終わってしまったような気分の演奏会でした。

ヤンソンスは、その後も度々来日していたのに、ネコパパは二度とライヴ演奏に接することは叶わず、あの日が一度きりの機会になってしまいました。
それ以来、彼の活躍はずっと気になっていて、来日公演の放送があれば見逃さないよう気をつけていました。生演奏での印象は決して間違っておらず、その後もヤンソンスはピリオド奏法の影響など微塵もない、モダン・スタイルによる歌と力に溢れたベートーヴェンやブラームスを振り続け、一方で師匠譲りのショスタコーヴィチやロシアの楽曲に対しては、透徹と洗練を極めた音楽作りを追究していったように思われます。

8つのオーケストラを振り分け、完成までに15年をかけたショスタコーヴィチ交響曲全集(EMI録音)は、ムラヴィンスキーを別にすれば、現在もこれらの曲を聴くときには真っ先に手が出ます。「過不足なき非凡」に満ちた演奏です。

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やがてヤンソンスは、ロイヤル・コンセルトヘボウとバイエルン放送交響楽団という二つの名門のシェフを兼任して、指揮者としての全盛期を迎えます。
ネコパパの放送、CDを通しての僅かながらの聴取体験の印象は、コンセルトヘボウとの録音はいまひとつ余所余所しい感じ抜けず、オーケストラとの一体感はバイエルンの方が優っているというものでした。
その印象を決定付けたのが、2012年の東京サントリーホールでのベートーヴェン・チクルスで、全曲がTV放送されたのですが、全9曲、どれを取っても、隙なく内容の詰まった音楽が、今この瞬間に生まれてくる、といったもので、ネコパパ、TV画面に釘付けになったものです。
朝比奈隆亡き後、あれだけのベートーヴェンを聴いたのは初めての経験でした。

その時の全集は、来日直前に本拠地ミュンヘンで収録されたもの(金箱)と、

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そのうち7曲を東京で収録されたものに差し替えたもの(銀箱)の2セットが、ともに店頭に並ぶという異例の事態になりました。

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ミュンヘンでの録音も、ベスト・テイクを目指して演奏収録されたものなのに、東京公演がそれを上回ったため、急遽、重ねての発売となったのです。
レコード史上、初めての出来事ではなかったでしょうか。

ネコパパ、流石にこれは迷ったものの、結局両方とも購入してしまいました。ところがTVで見たときの衝撃のせいか、部分的にしか聴きかえしていません。
「これで終わりではない。いずれライヴで、さらにすばらしい演奏が聴けるときが来るはずだ」という思いも強かったのかもしれません。
しかし、覆水盆に返らず。「とき」は来ないままになりました。
今は新しい気持ちでじっくりと、彼のディスクを聴き直してみたいと思います。

何ヶ月か前に発売が予告され気になっていたバイエルンとのSACD10枚セットも、先ほど発注しました。
2007年から2017年にかけての録音。ベートーヴェン、ハイドン、ブラームス、ブルックナー、マーラーと王道のドイツ・レパートリーに、ショスタコーヴィチとチャイコフスキーが1枚ずつ。ヤンソンスの指揮者としての歩みを象徴するような構成です。

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彼が身体に大きなリスクを抱えていたことは、すでに80年代から知られていましたが、
タワーレコードのサイトに掲載された追悼記事によれば、1996年4月(53歳)のときオスロで《ラ・ボエーム》の指揮中に心臓発作を起こし、手術で奇蹟的に一命をとりとめたものの以降は「埋め込み型除細動器」を使いながらの活動だったとのことです。

TV画面に映る表情豊かな指揮姿は、常に命の危険との綱渡りだったのですね。

それでも、驚く程の演奏会をこなし、数多くの録音が残されたのは驚異的と言えるでしょう。今確かめてみたら、手術直後の1996年8月には前記「ショスタコーヴィチ交響曲全集」に含まれる交響曲第11番「1905」と「ジャズ組曲第1~第3番」の録音を開始しているし、12月にはオスロ・フィルとの来日公演まで行っています。
もう、何と言ったらよいのか。この姿勢は、おそらく最後まで変わらなかったのでしょう。

本当にお疲れ様でした。心よりご冥福をお祈りいたします。

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コメント

ベートーヴェンのチクルス!
2012年でしたか!
職場の状況(経営)が怪しくなり仕事に忙殺されていた、家でも音楽聴く雰囲気でなかったときです。チクルス! LPに軸足を移した頃でもあり、CD出ているのを気づきませんでした。今ごろナンですが、情報ありがとうございます。
いまNHKFMのバックハウス番組聴いています。
熱に浮かされて
シュレーゲル雨蛙さん

「ベートーヴェン交響曲全集」金箱は2007年から2012年11月まで6年かけて録音されたものでしたが、最後の曲が録音されて約二週間後に東京での4回のチクルスがはじまり、同年12月5日に完了。
銀箱では7曲をその時のライヴに差し替えてしまったのです。

差し替えなかった3番と6番は金箱での最終セッションで、この2曲はそれ以前に収録したテイクが気に入らなかったヤンソンスの希望で再録音されたもの。さすがにこの2曲の差し替えは、義理が通らなかったのでしょう。

それにしても、両方購入とは…ネコパパもよほど熱に浮かされていたのですね。今日、少し聴き直してみましたが、やっぱり凄いと言わざるを得ません。

「バックハウス変奏曲」エアチェックしました。あと一回ありますね。エアチェック溜まり過ぎ!でもこの番組は優先して聴きたい。