2018年3月、新聞で閉店が報道されると、大きな反響がありました。大半は「なんで!?」というもの。理由は経営難です。2014年に私が経営を引き継いだ時、既に赤字でした。
それまで私はミュージシャンでした。
名古屋も名古屋弁も嫌いで、高校から家を出て埼玉の自由の森学園に入学、大学は沖縄で、卒業後は本気で音楽の道を目指していました。結果、10年後にはTVに出るまで活動を活発化させました。
父、三輪哲には一度だけ「家を継がないか」と言われたことがある。
家業は日本で最初の子どもの本専門店です。生まれた時から絵本に囲まれていた。でも店主は嫌だった。普通のサラリーマンに憧れていた。店が家だったので、友達を連れてくると「マンガも雑誌もないじゃん」とがっかりされたし、家の車が業務用のバンだったのも嫌だった。
絵本は自分の周りにありすぎて飽和状態。それで私は、野球や音楽に憧れ、特にブルーハーツが大好きになった。父は好きにやれ、という育て方だったから、高校はいかないと言ったら、それだけは止められた。それで「自由の森」に。音楽の道は決して捨てなかったけれど、厳しい業界で、アルバムを出し、TVに出るところまで活動を広げても、やっぱりバイトしないと食えません。バイトはタイカレー屋で、そこで私は一生分のタイカレーを食べ尽くしました。
そんなジレンマの中で、私は絵本「すてきな三人ぐみ」に再会しました。
それは私の一番古い記憶にあった絵本。三歳の私は、自分もみなしごになりたいと思った。みなしごになって、赤いマントの男たちと一緒に暮らしたいと思った。
大人になった私には、当時分からなかったこともわかった。これは今のことだと思った。心に突き刺さる。音楽だけでは食べていけないが、この本があれば生きていけると思いました。
トミー・ウンゲラーもヒッピーでした。人間としてどしようもない奴でもあった。でも、彼の絵本に込められた風刺は鋭い。3歳の時とは違う、今の私に突き刺さるのです。20年かかってやっとわからなかったことがわかった。それが自分の解釈です。そして父が読んでくれたこの本を、今度は私が子どもに読んでいる。「すてきな三人ぐみ」は三世代を結ぶ一冊になったわけです。
家業を継ぐと決めたその時、「メルヘンハウス」は既に経営難でした。父は金策に追われ、ついに自宅を担保に入れるところまで追い詰められる。家か、仕事か、家族か。
私ははっきり数字を見せて、父に閉店を決断させました。
閉店後、一度は別の仕事につき、残務処理にも追われました。店の大切な財産だった書棚や、手作りの備品も全部壊されて、運び出された。心は痛むけれど、生活はしなければならない。でも、やり残したと思う気持ちが残って仕事もろくに手がつかず、自分に閉じこもる生活になって20キロも痩せました。本に拘りのある仕事なら、と出版社をいくつも当たりましたが駄目でした。
2018年9月、「再開宣言」をしました。閉店から半年後です。店舗はないけれど、あちこちのイベントに出店し、講演しながら販売を続けています。用意した本はその都度、ほぼ完売です。今日で30回目になります。
■「Read」じゃなくて「Share」
伝えたい。
しかし伝えすぎてはいけない。余白を残して伝えなければいけない。
私は音楽的思考です。ネットがなかった頃、音楽はレコード、CDで買った。中身がわからないから、ジャケット、帯、書かれた文字でイメージして買わなければならなかった。もし自分にダメでも、一曲だけでもいいものを見つけたいというのが、ものを手に入れるという行為でした。ネット社会が奪ったものはたくさんあります。お店、コミュニケーション、出会いのスペース。店に出るときは八百屋さんのような前掛けをしていました。「奥さん、これいいよ」って感じ。店員とお客に気持ちのやり取りがある場所。ネットで壊れました。メルヘンハウスに居ながら、本を見てそれをアマゾンに注文するんですね。俺の前でやるなよ。
情報過多の中で人は人を求めている。
コミュニケーションが希薄だから、負の連鎖が起こる。保育園から不審者情報のメールが入るとドキっとする。公園にいたら、子どものボールが転がってきた。それを拾って返しても、なんの反応もない。すごく頭にくる。けれど子どものせいじゃない。学校では知らない人に声をかけられたら逃げるように教わっているんだそうです。
今私の住んでいるところは気象台近くの高台の街で、夜回りもあれば草刈りもある。ミュージシャンだった私は、そんな付き合いは面倒くさいと思っていたけれど、これも近所との小さなコミュニケーションになっている。大切なんです。
私にできるコミュニティは絵本しかない。子どもの文化の環境はひどい。
書店も減り、児童書に力を入れている大型書店もあるけれど、選書は本部の指示通りでどこも一緒。「泣きました」系のくだらない本もある。寂しい限りです。
「メルヘンハウス」では本が入荷したら丁寧に検品して、帯は捨てました。これは45年間続けていました。子どもは表紙で買う。だから隠してはいけない。並べ方は表紙を見せる「面出し」で、子どもに見やすくした。大人も子どもも作家もみんな平等に本を見て選びます。田島征三さんもしょっちゅう来ては「売れてる?」と尋ねてきました。コミュニティの生まれる場所でした。
本を選ぶときに大事なのは、結果を求めないことです。本とは、対価以上のものを必ず持っている。「読んだら○○になる」でも「メッセンジャー」でもない。
1997年にイギリスで提唱された「ブックスタート」のキャッチフレーズがあります。
「Share book with your baby!」
「Read」じゃなくて「Share」なんです。一緒に楽しむ。そして繋げる。
膝の上で子どもと本を読むと、予想外のところで喜ぶのにびっくりします。これがShareです。でもこうやって読めるのは、あと何年か、と思うと切なくなります。子どもはすぐ大きくなりますから。あと何年だろう、そんな事を思うと、生きる時間が満たされているのを感じます。
「すてきな三人ぐみ」を訳されたのは今江祥智さんです。
この訳は素晴らしい。原題をそのまま訳したら「三人の泥棒」です。込められた意味がまるで違う。「三人の泥棒」だったら、私は読みたいとは思わなかったでしょう。
本文に「ある すみをながしたような よるのこと」という表現があります。
これは原文ではどうなっているのか、知りたくて、ちょっと高かったけれど取り寄せました。
「One bitter black night」でした。bitterは、ほろ苦い…という感じの、英語でも洒落た言い方です。それをこんな日本語にするセンスの良さ。
今江さんは「ぼちぼち いこか」でも、関西弁でみごとな訳をつけていますね。「なれへんかったわ」「はなしにも なれへんわ」「と おもたけどなあ」…
原文はみんな「NO」なのに。
当時は議論がありました。関西弁が「わからない」とか、方言はダメだとか、言われたりしたそうです。
でも何でも「わかれば」いいんでしょうか。
■ 絵本は「余白」が大事
近頃は情報量のある本、「わかりやすい」本ばかりが求められる。
「わからない」のをよしとしない、読み聞かせも惹き付ける工夫をしすぎると、読み手のイメージを押し付けることになります。私は「余白」を大事にしたいので、読むのはできるだけ感情は込めずに、フラットに淡々と、読むことにしています。
近頃は「絵本ライブ」とか、賑やかにやっている人も見受けられますが、どうかなあ。
本当の絵本ライブというのは、長谷川義史さんのやるように、みんなの目の前で絵本を作るようなことだと思うんですけれどね。
子どもの本の教科書化が進んでいるように思います。
読み聞かせをして「意味がわからない」といってくれたら大成功です。例えば私の好きな吉本隆明の「共同幻想論」、何回読んでもわからない。
でも、わからないのが正解だと教えてくれた人がいました。
「一回でわかるような本はだめだ」
わからないから考える。考える時間は無駄じゃない。それを無駄な時間と言ったら「モモ」の世界です。よくわかる本は教科書にしかならない。
絵本は少ないページで1500円、余白だらけですけれど、それは分厚い文庫本よりも高いのか?わからなくて、考える余地のたっぷりある本を私は一冊一冊売っていきたい。僕が売っただけ、本が子どもの手に渡る。僕が儲ければ、子どもも幸せになれます。
今、絵本を売るのは著者も出版社も書店も大変な時代です。
それでも売っていきます。応援よろしくお願いします。
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