■ピアノ・ソナタ第7番 ハ長調 K.309(284b)
3つの楽章で異なるアプローチの演奏を行っている。
第1楽章は舞い上がるような第1主題と、軽やかに歌う第2主題がくっきりと弾き分けられる提示部から、たいへん個性的な音楽だ。高音の粒立ちのよいタッチが際立つ。そして展開部にはいると強弱の幅が広くとり、彫りの深い表現となる。
第2楽章は、深々とした曲想を、重いタッチでじっくりと弾き進む。
第3楽章は問題作だ。メロディックなテーマを、音を短く、はね上げるように弾くので、記憶にあるのと違う曲に聴こえてしまう。この鋭いタッチは楽章全体の基調となり、そこに不意打ちのような鋭いフォルテが加わる。面白い演奏だが、ちょっと極端で、耳にきつい感触がある。自分にしかできない演奏を、という宮沢の自意識が音に現れているようで、好みが分かれそうだ。
■ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K.310(300d)
宮沢明子の演奏スタイルにぴったりの短調のソナタ。
音楽と宮沢の感情表現が一致して、これまでのソナタの中では最も自然な、完成度の高い演奏になっている。
第1楽章の始まりはあっさりだが、すぐに強いフォルテが打ち込まれ、表情豊かな演奏となる。沈み込み、ほとばしる感情のうねりは見事に曲想に一致して、全く作為が感じられない。
第2楽章もやや早めにあっさりと弾くように見えて、微妙に伸縮するテンポ、前のめりになったり、声を潜めたりするニュアンスが随所に聴かれ、曲の沈鬱さをいっそう深く感じさせる。
第3楽章は、遅い。ネコパパのイメージだと、風のように通り過ぎる音楽で、ちょっと違和感もあるが、宮沢は少しでも長くこの曲の世界にとどまっていたいかもしれない。一音一音を愛おしむかのように、じっくりと弾いていく。
■ピアノ・ソナタ第9番 ニ長調 K.311(284c)
この曲は、第1楽章冒頭から、ちょっと力んだ感じで、感触が硬い。曲の流れに乗れていない気配もある。
第2楽章もそれを引き継ぐように、重く慎重な歩みが続き、感情が波立たないが、第3楽章では、目が覚めたように微笑みのようなテーマを明るく、軽やかに歌う。テーマ反復の前の間の取り方にもはっとさせられる。前半と後半の対比をあえて狙っているのか、それとも最後になって気分が乗ってきたのか。
■ピアノ・ソナタ第10番 ハ長調 K.330(300h)
魅惑のメロディーに彩られた、いかにもモーツァルトらしさ全開の曲。
宮沢もここではさすがに低回せず、明るい音色で音を粒立て、存分に歌っている。
彼女の演奏の特色である緩急の変化も、ここでは古典的造形にスッキリ収まっていて無理がない。ライナーノーツの曲目解説では「外面的な華美のみに酔いしれた曲」と、なかなか辛辣だが、第2楽章の陰影の深いフレーズにじっくり感情移入していくこの演奏を聴くと、決してそんな風には思えない。
■ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K.331(300i)
お馴染みの「トルコ行進曲付き」ソナタである。
第1楽章のテーマは荘重と感じるくらいの遅いテンポで、デリケートな弱音中心の進め方。宮沢がこの曲に求めているのは「品格」である。6つの変奏もキャラクターを明確に描き分けるというよりは、ひとつの流れとして表現されていく。短調の第3変奏の陰りがとりわけ印象的だ。
第2楽章メヌエットも遅めで、中間部は一層遅くなって情感を込める。
そしてフィナーレの「トルコ行進曲」では、浮き沈むような絶妙のメロディラインを描く冒頭から、あらゆる音にニュアンスを込めた「離れ業」が展開されていく。
やや遅めのテンポ設定もいい。昔はこの楽章、やたらと早さを競うような演奏が多くて、そのせいか、曲自体あまり好きになれなかったのだ。
■ピアノ・ソナタ第12番 ヘ長調 K.332(300k)
モーツァルトのピアノ・ソナタとしては規模が大きく、堂々とした力強さをもっている。
第1楽章では、小技を効かせることなく、ストレートに弾き進んでいく。「力強い構成感」というのは、宮沢の性に合っているようで、無理のない自然さの中に、曲の良さが滲み出してくる。
綿々とした詠嘆の調べが奏でられる第2楽章も、抑えた情感が基調となる。
そしてモーツァルトの即興性が開花する第3楽章、一気にテンポを早めて曲想の変化をフォローする。宮沢の個性全開、しかもよく流れる。この上なく爽快なフィナーレだ。
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コメント
ゆっくりめに弾かれるトルコ行進曲に続くKV332の第1楽章
ただただ曲の流れに身体が持って行かれる錯覚を覚えます
KV332 ヘ長調
2019/10/18 URL 編集返信コメントありがとうございます。ピリスの演奏はいいですね。モーツァルト的な節度を保ちつつ、出てくる音楽はいつも新鮮です。
早い引退が惜しまれるピアニストです。
yositaka
2019/10/18 URL 編集返信