宮沢明子 モーツァルト ピアノ・ソナタ全集のLPを聴く①

朝比奈隆のブルックナーに続いて、先ごろ逝去した宮沢明子のLPボックスを発掘した。
モーツァルトのピアノ・ソナタ全集である。
今回はヤフオクではなく、大須の某中古店で発見。豪華な真紅の布張りカートンケースは、さすがに色あせているものの、盤の状態は良好だ。それで価格はワンコイン!

発売が1974年。発売元は、当時レコード部門も活発だった「トリオ」。
ネコパパが宮沢のレコードを買い出したのは、同社が彼女の一連のアルバムを1500円の廉価版で再発した、1976、7年のこと。このモーツァルトも廉価で分売されるのを期待していたが、とうとう出ずじまいだった。ようやく聞けたのは、20年後の1993年、ジャズ盤を中心に出していたヴィーナスレコードが、1000円盤CDとして分売したのだ。でもそれは、マスタリングのせいか音は今ひとつだったし、待たされすぎたこともあって、特別な感銘を受けることはなかった。
それが、ついに当時のLPそのものを手にする日が来たのである。
購入を見送ってから45年後…ジァンジァン盤ブルックナーのケースに似ている。

宮沢

レコード趣味に関しては「ケチ」を信条にしているネコパパは、よほど聴きたいものでも、原則としてレギュラー盤は購入せず、廉価盤になるまで何年でも待つ。少ない出費で、一枚でも多く聴く姿勢を貫いてきた。実際、待てば、いつかは手に入ることが多かった。
しかし、裏目に出ることも少なくなかった。
「結局出ない」「出るのが遅すぎて、旬が過ぎてしまった」なとなど。
これからは、欲しいものはすぐ買おう。40年待つ時間なんてもうないのだから…

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

・ピアノ・ソナタ第1番 ハ長調 K.279(189d)
・ピアノ・ソナタ第2番 ヘ長調 K.280(189e)
・ピアノ・ソナタ第3番 変ロ長調 K.281(189f)
・ピアノ・ソナタ第4番 ヘホ長調 K.282(198g)
・ピアノ・ソナタ第5番 ト長調 K.283(189h)
・ピアノ・ソナタ第6番 ニ長調 K.284(205b)
・ピアノ・ソナタ第7番 ハ長調 K.309(284b)
・ピアノ・ソナタ第9番 ニ長調 K.311(284c)
・ピアノ・ソナタ第8番 イ短調 K.310(300d)
・ピアノ・ソナタ第10番 K.330(300h)
・ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K.331(300i)
・ピアノ・ソナタ第12番 ヘ長調 K.332(300k)
・ピアノ・ソナタ第13番 変ロ長調 K.333(315c)
・幻想曲 ハ短調 K.475
・ピアノ・ソナタ第14番 ハ短調 K.457
・ピアノ・ソナタ ヘ長調 K.533&K.494
・ピアノ・ソナタ第15番 ハ長調 K.545
・ピアノ・ソナタ第16番 変ロ長調 K.570
・ピアノ・ソナタ第17番 ニ長調 K.576

宮沢明子(ピアノ:ベーゼンドルファー)
録音時期:1973年9月9,10,17,18,27日、10月9日
録音場所:青山タワー・ホール
録音方式:ステレオ(アナログ/セッション)
使用器材:ノイマンU-87、アンペックスAG-440B
日トリオPA-1131/7(LP7枚組)


■ピアノ・ソナタ第1番 ハ長調 K.279(189d)

宮沢明子の演奏は打鍵が強く、優雅さや洗練とは遠い「荒ぶるモーツァルト」で、一般通念にある、テンポも音域もほぼ一定に整えられた古典的スタイルをイメージする聴き手を驚かせるだろう。でも一度彼女の語法になれると、この濃厚さが小気味よく感じられてくる。

この第1番も、冒頭から、緩急が強く「流れない」スタイルで進められる。第2楽章は一転して、淡々としたスタイルに変わるが、中間部の即興的な歌いまわしは個性が見える。第3楽章はさらりとなんでもなく流すように見えて、随所に鋭い打ち込みと影の濃さを表出。
モーツァルト初期のハイドン風ソナタから、音のドラマが溢れてくる。

■ピアノ・ソナタ第2番 ヘ長調 K.280(189e)

第1楽章は基本テーマの三連音を強打で打ち込んだあと、クレシェンドをかけつつ一気に加速。第2楽章はヘ短調で、モーツァルトには珍しい「アダージョ」、ここも強めの音で悲痛を秘めたフレーズを切々と歌っていく。そして第3楽章では、スタッカートを鋭く強調し、目まぐるしく変転するリズミカルな表現に徹する。彫りの深い曲想にふさわしい、コントラスト鮮やかな「濃い」演奏だ。

■ピアノ・ソナタ第3番 変ロ長調 K.281(189f)

第3番はこれまでの2曲とは段違いの完成度をもったソナタで、多彩な楽想がに満ち溢れた傑作。宮沢のアプローチは1番2番とは違い、テンポを遅めにとって「大きな音楽」として表現していく。第1楽章も、一般的なイメージを覆す遅めの開始で、即興的な動きを抑制し、じっくりとした歩みで進む。第2楽章は、一音一音を噛み締め、じっくり語り聞かせるような前半と、溢れるような情感を込めて絶唱する後半が対比される。そして締めくくりの第3楽章は、アドリブのような自在感に彩られた演奏になる。揺れ動くフレーズに、突き立てるようなフォルティッシモの一閃。

ピアノ・ソナタ第4番 ヘホ長調 K.282(198g)

第1楽章が長大なアダージョで、メヌエット、ロンドと、楽章を追うに従って短くなる。ショスタコーヴィチの第6交響曲のような、斬新な形式の音楽である。
アダージョは粘らず淡々とした流れを基調とするが、楽想が変わる中間部は大きなクレシェンドをかけて盛り上げる。メヌエットは音の粒を立てるが、テンポは遅めを維持。第3楽章でやっと早めの快活な音楽となる。
個人的には、第2楽章メヌエットがもっとも魅力的だと思が、ここでの宮沢の表現は意外にもたれ気味で、ここはもっと爽快さがあっても…と思う。

■ピアノ・ソナタ第5番 ト長調 K.283(189h)

第1楽章は地味なテーマで開始され、手数も少ないが、宮沢は強弱の差を大きく取り、フレーズの性格をくっきりと弾き分けているため、とても魅力的な曲に感じられる。第2楽章で音楽が深みを増すと、今度は表情を控えめにして、丁寧に歌っていく。聴きものの第3楽章は表現力を解き放ち、音を短めに刻みながら、次々に現れる陰影の濃いフレーズを弾き進めていく。宮沢としてはあまり細部を凝らず、さらりとした味わいをねらっているようだ。
ここまで聴いてきて感じるのは、曲想がシンプルな部分では濃厚な表情を付ける一方、精妙に書かれた部分はあっさりと弾かれている場合が多いことである。

■ピアノ・ソナタ第6番 ニ長調 K.284(205b


パリの流行を取り入れた曲とのこと。
第1楽章は通常のアレグロだが、第2楽章がロンド・ポロネーズ、第3楽章が長大な変奏曲で、モーツァルトのソナタ楽章としてはもっとも長いものである。
この構成を意識しているのか、第1楽章は珍しく速めのテンポで軽快に進む。その気になれば、流麗なモーツァルトも弾いてのけるのだ。第2楽章もさらりと流し、第3楽章ではじめてゆっくりとしたテンポに転じて、一つ一つの変奏を丁寧に弾き込んでいく。それでも、宮沢としてはちょっと淡々としすぎて、あまり魅力的に感じないのはなぜだろう。
実はネコパパ、この曲は好きで、ピリスのCDをよく聴いているのだ。
それをちょっと出してきて聴いてみた。ピリスは変奏の描き分けが一層多彩で、音域も広く、全体のテンポはさらに遅い。宮沢12分に対してピリス17分。これはちょっと予想外だった。
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメント(10)
録音が菅野邦彦さんですね。
日本で最高峰のレコーディングエンジニアの手による盤ですから、音も良いでしょうね。https://jazztokyo.org/column/inaoka/post-32958/
菅野さんはキース・ジャレットの”サンベア・コンサート”の録音エンジニアです。
当初キースは「日本にまともなエンジニアがいるわけない」と菅野さんがエンジニアを務めることに難色示したのですが、その出来上がりを聴いて大喜びし態度を一変させたそうです。
菅野さんは他にもビル・エバンスのFM東京でのスタジオライブの録音も手掛けています。

不二家憩希

2019/10/10 URL 編集返信

yositaka
菅野沖彦氏です
菅野氏は1970年代の宮沢明子録音のほとんどを手がけていました。

ピアノ音楽がそれほど好きではなかったのに、彼女のレコードだけは熱心に聴いていたのは、その録音の良さもあったと思います。
ボロアパートに設えたテンモニで聴いても、宮沢明子のレコードは気持ちの良い再生音を聴かせてくれたのです。

キース・ジャレット…彼は自宅にレコーディングスタジオを持つくらい、音には厳しい人ですね。その彼が認めるというのは大したことでしょう。

yositaka

2019/10/10 URL 編集返信

沖彦さんですね。
ろくに確認せずに投稿してしまいました(苦笑)

やはり音は良いですか。
エンジニアによって音はかなり違ってきますよね。
私は音響にはまるでこだわらないのですが、やはり良いエンジニアの盤は私でも十分わかります。

不二家憩希

2019/10/11 URL 編集返信

ネコパパさん、相変わらずお宝を発掘していますね!!!
宮沢明子さんは、シューマンの子供をテーマにした曲やツェルニーの子供の練習曲をも録音されていますね。
情感がある相棒の菅野沖彦さんの録音技術は、AUDIO LABのEmotionを聴いてから虜になり目にしたら購入していました。
菅野沖彦さんのレコード・ジャケットには必ず録音データが載っており録音に対する真摯な姿勢には頭が下がります。

チャラン

2019/10/11 URL 編集返信

> ついに当時のLPそのものを手にする日が来たのである。
こういう感銘は中古LP探索の最高の醍醐味ですね‥‥私はもうこれを経験することはないでしょうけれど、求めるCDのかなりは、かつて欲しくて買えなかった音源です。

不二家憩希さんのご紹介のURLにある、稲岡氏という方の文章は興味深い内容ですね。
キース・ジャレット、マンフレート・アイヒャー、菅野沖彦…。

宮沢明子のトリオ盤レコードでは、『バロック・アルバム』が、宇野功芳氏の推薦盤でもあり、いちど入手して、楽曲も演奏も音質もいいレコードだと感じましたが、LP全処分後、いちどもCD化されていないようです。

モーツァルトのピアノ・ソナタは、ピリスの全集など欲しいとも思うのですが、とりあえずリリー・クラウスの EMIの抜粋盤1枚と、内田光子の日本ライヴ『ライヴ・イン・コンサート』 2枚組だけで我慢しておこうと…。

へうたむ

2019/10/11 URL 編集返信

yositaka
体系的な再発を!
チャランさん
宮沢+菅野コンビの作品は、オーディオ・ラボとトリオレコードが主な発売レーベルでした。オーディオ・ラボはちょっとマニアックなレパートリーを中心に録音していました。

どちらも現在は、ごく稀に単発で出るくらいで、過去の発売分には、プレミア価格がつくこともあります。
マスターテープが老朽化する前に体系的な再発を期待したいですね。
オーディオラボのモーツァルト、ピアノ協奏曲第23番、26番などは、確か20年前にクラウンレコードからCDが出ただけでは…
これは名フィルの、記念すべき最初の商業録音でもありました。

yositaka

2019/10/11 URL 編集返信

yositaka
幻の「バロック・アルパム」
へうたむさん
まさに醍醐味です。
今回はこの赤箱がドカンと投げ売りされているのを見て、ドキドキしました。こういうのは、若返りの秘薬かも。

『バロック・アルバム』
こういうのがあるから、油断ができないのです。これはもしかしたら、宮沢明子の生涯のベスト作品かも知れない。ところがなぜか、ぽっかりと、これだけがCD化されません。
ヴィーナスレコードはどういうつもりだったのか、単なる見落としなのか、それとも、考えたくはないがマスターテープに致命的な破損でもあったのか。追悼の意味でも光を当てて欲しいものです。

モーツァルトのピアノ・ソナタは、結構全集としては選び辛いジャンルではないかと思います。
ちょっと雑駁です。
その時々のニーズに応じて書き流された感じの曲が多く、自分が弾くために書かれたピアノ協奏曲のようには、フォーマルに整えられていない気がします。
でも随所にはっとするような煌きがあり、それを探すのがまた愉しいのです。

yositaka

2019/10/11 URL 編集返信

yositaka
エンジニアも気になります
不二家憩希さん
録音エンジニアの個性も、一度名前を知ると気になり出します。もちろん、音楽そのものが一番ですけれど。

クラシックなら、デッカのケネス・ウィルキンソン、RCAのルイス・レイトン、東独エテルナのクラウス・シュトリューベン、EMIのクリストファー・パーカー、マーキュリーのロバート・ファインとウィルマ・コザート。
最近ではフリーで方々の盤に顔を出すイギリスのトニー・フォークナーなど、演奏家は知らなくても、エンジニアの名前で「これはいいかも」と思ってしまうこともあります。

yositaka

2019/10/11 URL 編集返信

K284(205b)
モーツァルトのK279~K284をエッシェンバッハで今聴いています。
先の緊急入院中にもこれらを聴いて興奮させられましたが・・・・・・・
DGGのピリスとこのエッシェンバッハでモーツァルトのこのカテゴリーにもしてやられ続けてゆくでしょう。

老究の散策

2019/10/13 URL 編集返信

yositaka
ソナタ全集といえば
老究さん
緊急入院の際に興奮されるのは、普通はまずいと思いますが…音楽好きにはかえって気付け薬になるのかも。

1970年ころ、モーツァルトのソナタ全集といえば、ヘブラーかエッシェンバッハが一般的でした。
そのあとピリスのDENON盤。
ベートーヴェンと違って、選択肢はそれほどありませんでしたね。

私はそのどれにも縁がなく、しばらくして出たリリー・クラウスのモノラル盤3枚がまとめて聴いた初めになります。それにはあまり馴染めず、結局ピリスが基準になりました。DENONとDGは互角です。
エッシェンバッハは部分的にしか聴いていません。真摯で孤独感の漂う演奏でしたね。

yositaka

2019/10/13 URL 編集返信

コメント投稿
非公開コメント

プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

ご訪問ありがとうございます

月別アーカイブ

検索フォーム

QRコード

QR