石井桃子氏逝去



児童文学会の長老、石井桃子氏がなくなった。
百歳を超える高齢でありながら、
作家・編集者・翻訳者として現役であった。
心からご冥福を祈りたい。

二年前の11月23日を思い出す。
午前中に行われた増田嘉昭氏の講演に出席していた私は、
石井氏が自身の訳業を、
増刷がかかるたびに手直しを続けられていること
近くエステス作の絵本「百枚のきもの」の改訳版「百枚のドレス」を
出版されることを聞いて、その精力的な活動ぶりと
英米児童文学の紹介にかける執念に驚かされた。

それまで
石井桃子という名には敬意を抱いていたものの、
かつての清水真砂子氏の論文『石井桃子』(1975 明治書院 講座日本児童文学第八巻所収)を読んだことがきっかけとなり
児童文学から歴史性・社会性・作家性を排除することを主張した、とされる氏の啓蒙家としての姿勢に問題を感じてもいた。
「幼ものがたり」「幻の朱い実」と高く評価された作品が未読になっているのは
そのためかもしれず、あらためて向き合わなければ、といまさらながら思っている。

朝日新聞に氏の評伝が紹介され、天声人語でも取り上げられた。
いずれも読み応えのある内容で、
朝日新聞が児童文学にこれほどの見識を持っていたのかと
失礼ながら驚かされた。

アサヒコムより引用する。

子どもの喜び常に探求 評伝・石井桃子さん
2008年04月03日14時04分

 2日、101歳で亡くなった石井桃子さんは、生涯現役で、子どものための本について考え続けた児童文学者だった。葬儀は故人の遺志で行われず、後日、お別れの会が東京都中野区の東京子ども図書館で開かれる予定だ。

 1月末の朝日賞の贈呈式には車いすで出席、「朝日賞をいただいた人間ですといってこの世を去るよりも、六つ七つの星に美しく頭の上を飾られて次の世の中に行きたいと思っています」と石井桃子さんらしいスピーチをして会場をわかせた。

 昨春、100歳になった石井さんにインタビューしたとき、脳の発達と子どもの本とのつながりについてさらに深めたいと話していたが、「あの続き、もう考えられなくなったの」。贈呈式の控えの間で休みながら、いかにも残念そうだった。最後の最後まで現役の児童文学者だった。

 クマのプーさん、ピーターラビット、うさこちゃん……翻訳、執筆した主な作品だけで200を超える。この半世紀以上、日本の子どもたちは「石井桃子さん」が手がけた本を楽しんできた。海外のすぐれた物語や絵本を紹介することで、日本の児童文学は幅を広げ、豊かになった。

 石井さんの文章には、きれのいい響きと快いリズムがあった。わかりやすく美しく、いさぎよくユーモアが漂う。

 人柄も生き方も、まったく同じだった。26歳でA・A・ミルンの「クマのプーさん」に出合ったときから、子どもの本とは何か、ひたすら考え続けてきた。先輩作家の坪田譲治らとの論争も辞さず、50年前、自分の家を開放して「かつら文庫」を始めたように、実行力もあった。

 原点には幼いころ祖父のひざで聞いた昔話の楽しさ、面白さがあった。心の中に、その幼い自分を呼び返して本に接していた。子どもが成長していくのに、たくさん語りかけることがどんなに大切なことか、といつも話し、大人が押しつけるのではなく、子どもが本当に喜ぶものをつねに探していた。(由里幸子)


由里幸子さんという記者は只者ではない。
「いさぎよくユーモアが漂う」本当に読み込んで初めて言えることばである。
「先輩作家の坪田譲治らとの論争も辞さず」
この「論争」の内容が頭に浮かんでこない自分の不勉強がもどかしい。
そんな気持ちにさせる記事などめったにない。
続いて天声人語。

2008年04月05日(土曜日)
 英文科を出た石井桃子さんは菊池寛の紹介で、犬養毅首相邸に司書として通い始める。犬養が五・一五事件で落命する少し前だ。事件翌年のクリスマス、首相の孫らにせがまれ、ツリーの下にあった英書を即興の和訳で聞かせた。101歳で亡くなった児童文学者と「クマのプーさん」の出会いである▼読み進むうち、不満げな子をよそに黙読になった。26歳に起きた「ふしぎなこと」を後にこう記す。「体温とおなじか、それよりちょっとあたたかいもやをかきわけるような、やわらかいとばりをおしひらくような気もちであった」(『石井桃子集7』岩波書店)▼出会いから7年、石井さんが訳した「プーさん」が岩波から出た。以来、子どもの本ひと筋。翻訳や創作は200点を超す。日本の児童文学の至宝だった▼75年前のイブ、石井さんの即興に笑い転げた12歳は、評論家の犬養道子さんだ。石井さんのお陰で、戦後は日本中の子が同じ喜びを味わえるようになった。数え切れない童心が「あたたかいもや」をくぐり、不思議の世界にしばし遊んだ▼お見かけしたのは1月、朝日賞の贈呈式だ。体調に配慮し、あいさつなしの段取りだったが、車いすの石井さんはマイクをとった。静まる会場に「やはりこれは、私の声と名前で」と、短い謝辞が続いた▼児童書の研究にも足跡を残した石井さんだが、「プー」だけはあえて分析を控えた。「魔法は魔法でとっておきたいから」。最後の章まで現役、残り一行まで「子どもの喜び」にこだわり、ノンちゃんが待つ雲に乗った。


引用された『石井桃子集7』(1999 岩波書店)は、選集刊行の際に新編集された初のエッセイ集である。
未架蔵・未読。しかしこの記事によって是非読まねばと思った。

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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