ものするひと

純文学作家を主人公にした漫画といえば、こちらのほうが評判なのかもしれない。



実はネコパパも、連載を楽しみにして読んでいる。
でも単行本は買わない。
タイトルと内容は大違いで、文学少女を主人公にした「バイオレンスマンガ」だからだ。そのギャップか゜楽しくもあるし、だから駄目ってわけじゃないのだが、ちょっと本棚に並べるのは…

ネコパパがひとつの漫画を丁寧に読もうと思うときは、雑誌連載はなるべく読まない。細切れに読むのはどうも苦手。本になったら買って、1冊を1日くらいかけて読む。そして綺麗に並べていく。並べるには、きっとネコパパのなけなしの美意識みたいなものが影響するのだろう。背表紙が語るものに猛々しさはあんまりいらない。

今回ご紹介したいのは、そのなかのひとつだ。

『ものするひと』 
オカヤイズミ著 KADOKAWA刊







これも主人公は、純文学作家の青年だ。
でも作品より本人が際立つ響さんとは対照的で、
安アパートに住み、ビル管理のバイトで生活する杉浦紺は、30歳、
大きな文学賞候補となるほど作品の評価は高いが、日々の暮らしは質素、朴訥、愚直そのもの。けれども、言葉に対しては、ひりひりするくらいに鋭敏である。

そんな杉浦氏が行きつけのバーで、気のおけない、数少ない仲間たちと交流し、とりとめなく飲み、食し、「たほいや」なる言葉遊びゲームに興ずる。浮世離れをしているようで、自分の作品の受賞の行方には右往左往したりする。

ストーリーらいしものがほとんどなく、でも高野文子風のフリーハンドで描かれた曲線のタッチがそれ以上のことを語っていて、作品世界はとても豊かだ。主人公の造形、とくに目の当たり、眉毛、まぶた、瞳の眠そうな描線が、トーベ・ヤンソンのムーミンパパを思わせるのもいい。
そういえば、ムーミンパパも作家だった。
起承転結なんて、そもそも似合わない作品だが、あえて言えば第1巻が「起」第2巻が「承」のように感じられたので、第3巻で終わってしまったのはちょっと意外だった。

ドラマのあまりない1巻、2巻に対比されるように、第3巻で物語は動く。
杉浦氏の家族が語られ、作家を志した背景がほのめかされ、それまで「いる」だけの不思議な存在感を漂わせていた女子大生のヨサノさんとの関係が一挙に深まる。
ふたりの距離が縮まる描写のあっけらかんとして素晴らしいこと!

最後の場面で、登場人物たちは、自分たちは作家杉浦紺の頭の中にいる登場人物ではないかと自覚する。
そこで場面は一気に上空からの「神の視点」に転じて、物語は終わる。この「メタフィクション」への転換は鮮やかだ。もうちょっと先が読みたい気はするけれど、こうやって切り上げるのが作者のセンスなのだろう。
作者はオカヤイズミ、本作が最初の長編という。きっと若い。
これからこのレベルの作品が次々読めるとしたら、すごいことだ。

さて、終わっちゃったし、次の漫画は何にしようか。
ちょっと前から気にかかっていた…これかな?



この作品、アニメになるって話もある。見ている人は見ているんだなあ。

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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