諏訪根自子のLP

前回の「音楽を楽しむ会」で諏訪根自子の「白鳥」を紹介したのですが、思いのほか感動的な演奏でした。使用したのはダウンロード音源でしたが、最近発売された高価な2枚組LPのことが気になり出して… いたところ

たまたまヤフオクに、あれっと思うような価格で出ていたのを見て、つい落札してしまいました。多少安いとは言っても、普段のネコパパなら、まず手を出さない価格なのですが、「音楽を楽しむ会」に来場されていたチャランさんが先に入手していたので、ネコパパも欲しくなったのです。

これです。ジャケット・曲目はタワレコから引用。



諏訪根自子 コロムビア録音全集

[LP1 A面 ]
ドヴォルザーク:ユーモレスク *(Rec: 1933/8/22 SP No.27575)
ドルドラ:思い出(Rec: 1933/8/22 SP No. 27641)
クライスラー:「プニャーニの形式による前奏曲とアレグロ」よりアレグロ *(Rec: 1933/8/22 SP No.27575)
ゴダール:ジョスランの子守歌 *(Rec: 1933/8/22 SP No.27609)
リース:無窮動 *(Rec: 1933/10/3 SP No.27609)
フィオリロ:カプリス(Rec: 1933/10/3 SP No.27641)
[LP2 B面 ]
チャイコフスキー:アンダンテ・カンタービレ(Rec: 1934/12/5 SP No.28141)
マリー:金婚式(Rec: 1934/12/5 SP No.28141)
フォーレ:夢のあとに(Rec: 1934/12/12 SP No. 28185)
ドリゴ:セレナード(Rec: 1934/12/12 SP No.28185)
サラサーテ:アンダルシアのロマンス(Rec: 1934/12/20 SP No.28225)
キュイ:オリエンタル(Rec: 1934/12/20 SP No.28225)
マスネ:タイスの瞑想曲(Rec: 1935/1/27 SP No. 28298)
[LP2 A面 ]
サン=サーンス:白鳥(Rec: 1935/1/27 SP No. 28298)
シューベルト:セレナード(Rec: 1935/3/6 SP No.28383)
J.S.バッハ:ガヴォット(Rec: 1935/3/6 SP No. 28383)
J.S.バッハ=グノー:アヴェ・マリア(Rec: 1935/3/20 SP No.29319)
グラズノフ/クライスラー編:スペイン風セレナード(Rec: 1935/3/20 SP No.28645)
グノー:セレナード(Rec: 1935/4/10 SP No.29453)
瀧廉太郎/山田耕筰 編:荒城の月(Rec: 1935/4/10 SP No. 29453)
[LP2 B面 ]
田中穂積/山田耕筰 編:美しき天然(Rec: 1935/4/23 SP No.28768)
ドヴォルザーク/クライスラー編:インディアンの悲歌(Rec: 1935/4/23 SP No.28768)
ドリゴ:火花のワルツ(Rec: 1935/5/8 SP No.28645)
パデレフスキ/クライスラー編:メヌエット(Rec: 1935/5/8 SP No.29319)
ファリャ:スペイン舞曲(Rec: 1935/5/29 SP No.29734)
シューマン:トロイメライ(Rec: 1935/5/29 SP No.29734)
諏訪根自子(ヴァイオリン)
上田仁(ピアノ *)
ナデイダ・ロイヒテンベルク(ピアノ)
録音:1933年~1935年

ALTLP 139/40(2LP)
国内プレス完全限定生産盤 モノラル
日本語帯・解説付

諏訪根自子が13歳から15歳の時期に録音されたもので、原盤は10インチSPです。
非常に上手く復刻されていて、当時の日本録音でここまでやれたか、と思うほどですが、それでもこれはLPの音。チャランさんが同時に入手された「夢のあとに」のSP盤に比べると、中音域に凝縮された音密度は緩和されて、マイルドな音になっています。YouTubeにHMV163を使用した再生動画がありますが、かなりSPの響きを伝えていますね。


さて演奏ですが、年齢を考えると、たいしたものと言えるでしょう。
とくに前述の「白鳥」「夢のあとに」「アヴェ・マリア」「タイスの瞑想曲」といった遅いテンポで歌い上げる曲には、芳しくとろけるような歌い回しがあって聞かせます。
一方「スペイン舞曲」「無窮動」「メヌエット」などの舞踏感覚や機敏さを求められる音楽では、いささか優等生過ぎて、奔放に沸きあがってくるものが欲しい気がします。
また、LPの概念がないので、選曲や配列にアルバムとしてのまとまりはありません。続けて聴くというよりは、ちょっと数曲聞いてみる、という鑑賞の仕方がいいと思いますね。


そんな中で2曲「荒城の月」と「美しき天然」という日本の曲が取り上げられているのは、ノスタルジーを誘ういい選曲ですね。
とくに最近ではあまり演奏されない「美しき天然」のローカルな物悲しさは聞かせます。



諏訪根自子は「美貌の天才少女」と呼ばれ、大戦前の激動の時代にドイツやパリで盛んに音楽活動を行いましたが、ナチス高官のゲッペルスからストラディバリウスといわれるヴァイオリンを寄贈され、のちにそれが「ユダヤ人からの収奪品疑惑」となり、戦後はほとんど演奏活動を行いませんでした。
60代で録音したバッハの「無伴奏ソナタ・パルティータ全集」は、彼女の戦後の代表的な録音遺産で、若い時代と比較する意味でもぜひ聴いてみたいのですが、現在ではなかなか手に入らないのが残念です。


■コメント 最初の3件

★諏訪根自子さんのSPを以前から探していて半ばあきらめていましたが、「音楽を楽しむ会」で「白鳥」を聴いて再び火がついた所にLPとSPが格安であり思わず「ポチ」しました。
LP盤は、SP盤のような凄みはありませんが13~15歳の少女の技巧に走らず基本に忠実に心のこもった演奏ですね。これは師の小野アンナ氏の指導によるものかなと思いました。

追伸 調子にのってSP盤がまた出ていたので、間違えて一桁多く「ポチ」し青くなっていましたが何とか想定値の倍に収まりホットしています。今度、勝原オーナの都合が良い時にEMGで聴かせて頂こうと思っています。削除
2019/6/26(水) 午後 0:29 チャラン 


★なかなか良いなと思いました。

ゲッペルスとのことは気の毒だったなと思います。
フルトヴェングラーを含め時代の嵐に巻き込まれてしまった音楽家の一人だったのですね。
当時自分がドイツ人だったら、「ナチスは悪だ!」と見抜けたか?と自問することがよくあります。
無理だろうなと思う反面私は重度のへそ曲がりなので案外わかったかも?とも思ったりもします。削除
2019/6/26(水) 午後 5:43 不二家 憩希


★> チャランさん
おっ、知らぬ間にもう一枚…一桁余分に入札するのはキケンですよ。入札の変更ができないからヤフオクは怖いんです。
蓄音機サロンでもぜひ紹介したいですね。
2019/6/26(水) 午後 8:43 yositaka 


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コメント

コメント(20)
No title
> 不二家 憩希さん
根自子さんは戦後楽器の出自を長期間に渡って自腹で探索し、収奪品でないことを立証したと語っていたそうで、戦後の録音もその楽器で演奏したものだったはずです。
ただ、ウィキなどでは今もはっきりしないことになっているようです。
戦総直前の頃に日本人音楽家としてヨーロッパで活動するとしたら、枢軸国かその支配圏しかなかったのですからやむを得ない部分もありますが…当時の自身の生き方について語ったものがあれば、読んでみたいものです。

ところで根自子という珍しい名前は父親の命名で、意味は「万物は皆これ根より生ずるものであり、自分の根で自ら生きよ」という意味だったそうです。

yositaka

2019/06/26 URL 編集返信

No title
柴田南雄の書いたエッセーだったかしら、学生時代、ある演奏会で隣にセーラー服の根自子さんが座られたそうです。ちょっと、いや、かなり羨ましい話です。すみません与太話でした。

シュレーゲル雨蛙

2019/06/26 URL 編集返信

No title
> シュレーゲル雨蛙さん
お隣に座られたなら、さぞかし眼福であられたことでしょう。
いや与太話ではなく、私もこれ、CDなら買いませんでしたよ。なんといってもこのジャケット写真が素敵なんです。欲しくなったのは、ほとんどそれが理由です。

yositaka

2019/06/27 URL 編集返信

No title
> yositakaさん
根自子という名前にそのような深い意味があるんですね。相当な強い気持ちがないとネジコという名前は付けられませんよね。

不二家 憩希

2019/06/27 URL 編集返信

No title
まさに凛とした「美人」ですね。
クールな目元…「お隣に座られたなら」私は逃げ出すかも;;。

Altus盤はCDは廃盤、LPなみに高騰しているようですが、お膝元が別マスタリングかと思えますが、再発:
www.hmv.co.jp/product/detail/5357134
しています‥‥ご存じでしょうけれど。
コロムビアに残る金属原盤からの復刻も入り、蓄音機4機による比較も収録、と“お膝元”の意地が見えます。
Altus盤LPのジャケットを眺めつつ、コロムビア盤CDを聴く、なんていうのも…。

個人的にはこういう音源はちょっと苦手でして‥‥片山杜秀的視点で聴くべき音源でもあるような…。

あ、無伴奏のLPは、ヤフオク! に3点ほど出ていますよ^^。

へうたむ

2019/06/27 URL 編集返信

No title
> 蓄音機4機による比較も…
あ、3機種でした。が、本編(クレデンザ)も併せると4機です;;。

へうたむ

2019/06/27 URL 編集返信

No title
> 不二家 憩希さん
さすがにあの時代に娘にプロ活動を許すほどの家ですから、そんな命名もできたのでしょう。父親は裕福な実業家だったそうですが、仏教や東洋哲学にも造詣の深い人だったそうです。

yositaka

2019/06/27 URL 編集返信

No title
> へうたむさん
お膝元は2013年の発売でクリストファー野澤氏の架蔵盤をマイク収録したのがメインで、資料として金属原盤をライン収録したものが16曲収められています。
一方アルトゥス盤は2018年に「オーパス蔵」のスタッフによって独自復刻されたもの。おそらく電気再生のライン収録と思われますが、いろいろな方法で復刻されているのは驚くべきことですね。
日コロ盤にも興味はありますが、ジャケットデザインはレトロです。食指をそそるかと言われると、ちょっと…

yositaka

2019/06/27 URL 編集返信

No title
すみません。記憶が混じっていました。まず、柴田南雄が諏訪根自子の演奏に初めて接したのは、おそらく1933年12月「山田耕筰の指揮で一三歳の諏訪根自子のブルッフの《ヴァイオリン協奏曲》に呆然とし」とあるのがそうでしょう(『わが音楽 わが人生』岩波書店、一九九五年刊)。その前月には「二三歳当時の井口愛子さん(基成氏令妹)独創のフランクの《公共的変奏曲》が良かった」そうです。これは諏訪根自子の回想の直前の記事です。
ところで、柴田『レコードつれづれぐさ』(音楽之友社、一九八六年刊)には、昭「和九年十二月十九日」の日比谷公会堂での新交響楽団演奏会のことがしるされています。柴田は高校生で同級生と二人で公会堂の《は三一》《は三二》席を長いこと持っていたそうですが、その隣の「《は三〇》には清楚にして端麗な佳人がいつもお行儀よく坐っていた。われわれは毎回ばたばたと駆け込むのだが、一歩でも先に到着した方が、その麗人の音成にりにすべり込むことになっていた。」ところが、その一二月九日の夜に限って《は三〇》が「ぽっかり空席のまま第一曲目が始まってしまった。」

シュレーゲル雨蛙

2019/06/27 URL 編集返信

No title
そうして、次の第二曲目に協奏曲があり、ソリストが登場。「アッ! とおどろいたのなんの、当夜のソリストがいつもの臨席の麗人なのだった。」というわけで、これは諏訪根自子じゃありませんでした。諏訪ならば、その前年に演奏会で演奏を聴いて顔を知っているはずですものね。
この隣席の麗人は、ピアニストの沢崎秋子。当夜の協奏曲は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第三番でした(近衛秀麿指揮、新交響楽団第一四八回定期講演)。ちなみに、沢崎秋子は、井口基成と結婚して井口秋子となります。記憶違いで申し訳ありませんでした。ほんとうに最近は、惚け惚けです。m(._.)m

シュレーゲル雨蛙

2019/06/27 URL 編集返信

No title
私が、ポチして青くなったSP盤クリーニングが終わりましたので明日の例会に持っていきます。
電気再生では米国カーブが良かったですが蓄音機の様な凄みは・・・ですので日蓄とHMVで聴き比べをさしていただきましょうか。

チャラン

2019/06/27 URL 編集返信

No title
> シュレーゲル雨蛙さん
いやあ、それはそれで面白い逸話ですよ。記憶に頼らないでちゃんと確かめるところが学者ですね。私なんかネット情報も無責任に鵜呑みにしますからね。
それにしても高校生の分際で公会堂の席を長期確保するとは、当時の上流階級は違いますな。当時の日比谷公会堂とは、そのようなステイタスの場所だったということなのですね。

yositaka

2019/06/27 URL 編集返信

No title
> チャランさん
いやいや、それは楽しみですね。

yositaka

2019/06/27 URL 編集返信

No title
> yositakaさん
音成にりに→お隣に
訂正です。
上流階級か。そういえば柴田家は尾張徳川家の御殿医でした。しかし、山口昌男の『敗者の精神史』って言いましたっけ? 徳川方は敗者ですね。その敗者は文化を担っていくのです。御殿医だと、犬山城主、尾張城代家老の成瀬家御殿医の鈴木家からは近代文学研究の鈴木敏也(広島文理科大学長。原爆で死亡)、近世文学研究の市橋鐸(愛知県立女子大学、名古屋叢書編纂)兄弟。出雲松平家御殿医の森林太郎(鴎外)、今でも紀州徳川家御殿医の三田村家からは、平安文学研究の雅子さん、たしか弟さんは家業継がれて慶應義塾医学部で教授だったかしら。ぼくが知っているのは、ほんの一部ですが、ぼくはこれらの人の恩恵をたくさん受けているのもたしかだと思っています。羨ましいけど重圧でもありましょう。山崎正和『闘う家長』。

シュレーゲル雨蛙

2019/06/27 URL 編集返信

No title
貧しい恋人たちが公会堂に出かける印象的な映画を紹介いたします。
黒澤明監督37歳の時の作品「素晴らしき日曜日」です。1947(昭22)年、敗戦から2年目の7月に封切られました。(切符売り場でダフ屋が一番安い券を買い占めるところは、チケット転売が音楽ファンを困らせている問題に繋がっています。)
ラストの恋人だけの野外音楽堂。未完成交響楽を指揮する主人公は当時の若い黒澤監督と重なります。美しい映画ですし、蓄音機愛好家だったらきっと気に入ると思います。戦争孤児、浮浪児の存在感も凄い。

木ノ下淳一

2019/06/28 URL 編集返信

No title
愛蔵書『東京音楽学校寄宿舎日誌』から、1936(昭和11)年、音校女子寮生たちが諏訪根自子さんの演奏会へ行った記録を紹介します。拙ブログですが、参考になれば幸いです。
文字検索「木ノ下淳一 東京音楽学校寄宿舎日誌4」

木ノ下淳一

2019/06/28 URL 編集返信

No title
> シュレーゲル雨蛙さん
なるほど、敗者が文化を担うですか。たしかに当たっているかもしれませんね。諏訪根自子の父親順次郎は父親が成功した実業家でしたが、家業を継ぐ直前になって破産となったそうです。
その後の成り行きは追えていませんが、娘の才能を認め、演奏家として立つことを認める英断を下した背景には、父親の「敗者としての体験」があったのかもしれませんね。その父親の屈託を感じていたのかどうか、諏訪根自子は無口な演奏家として知られ、デビュー当時からインタビューの場でもほとんど口を開くことがなかったといいます。そしてそのことと関係があるのかどうか…根自子の死後、遺族は問題のヴァイオリンの鑑定要請も断固として応じない姿勢だそうです。

yositaka

2019/06/28 URL 編集返信

No title
> 木ノ下淳一さん
「素晴らしき日曜日」はストーリーは知っていますが、まだ映画を見たことがないので、なんとか見てみようと思います。
ブログ記事、さっそく拝見しました。
東京音楽学校では人気演奏家の公演日は寄宿舎が空になる熱心さだったんですね。諏訪根自子がシャリアピン、三浦環と並ぶアイドル的存在だったことがよくわかります。それにしても貴重な記録ですねえ。

yositaka

2019/06/28 URL 編集返信

No title
おはようございます。
諏訪根自子さんの音楽、心地良いですね。(^^♪
復刻LPなら、機会が有ればヤフオク等で入手したいです。

tan*oi*y*n

2019/06/29 URL 編集返信

No title
> tan*oi*y*nさん
お気に召しましたか。なんとも、独特の歌いまわしがあって癖になります。出品はそれなりにありますよ。

yositaka

2019/06/29 URL 編集返信

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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