フルトヴェングラーのLP漁りが続く

遅くて安いローマでの演奏会盤に続いて、米ディスクコープ盤を3枚入手してきました。いずれも1970年代後半の発売と思われます。価格は一枚1000円ちょいでした。盤質はどれも良好だったのでお得感はまあまあでしょうか。

この会社の前身は米ブルーノ・ワルター協会で、かつて日本コロムビアから国内盤が出ていた時期もありました。現在はヒストリカル専門のCDレーベル「ミュージック・アンド・アーツ(M&A)」社になっています。この社のスタッフは音楽評論家の平林直哉氏とも交流があり、氏によれば「当社は正規盤」と主張しているそうですが、どうなんでしょうか。

まずはシューベルトの交響曲第9番「ザ・グレート」。1943年5月12日のライヴでオーケストラはウィーン・フィル。



ストックホルムでのライヴでもとはワイヤーレコーダーで収録したものだそうです。演奏はテンポの動きがびっくりするほど多く、でもオーケストラの響きは軽みがあって、とても気持ちよく聴ける。ベルリン・フィルとの「戦中ライヴ」と同じ時期ですが、オーケストラがウィーン・フィルだとこうも印象が違うんですね。

続いてはベルリン・フィルとのベートーヴェン「田園」です。



1944年3月。ベルリンでの戦中ライヴの一枚で、焼失した旧ベルリン・フィル楽堂に変わって国立歌劇場を会場としたものです。
ベルリン・フィルとのライヴはやはり音が暗く重い。第1楽章など、いくら遅いテンポに抵抗がないネコパパでも、「田園」がこの音色ではなあと思ってしまいます。後半はテンポの動きがさらに大きく、激しい演奏が続きます。そういう音楽と思えはいい。

最後は戦後の録音で、1949年、ヴィースバーデンでのブラームスの交響曲第4番と、1954年パリ・オペラ座でのシューベルトの「未完成」。



どちらも、そう珍しい録音ではありません。
今では正規音源でCDも出ていますし、ネコパパも「未完成」は仏TAHRAのCDで架蔵しています。
でもフルトヴェングラーは、なぜかLPのほうが聴く気が起きますね。一枚一枚必死で聞いていた中学生以来の聴取経験のせいでしょうか。
ブラームスは一般に流布している1948年盤とよく似ていますが、こちらのほうがのびのびとして強面なところが少なく、リラックスした感じがします。とりわけ第2楽章が美しくて驚きました。弦楽の澄んだ響きとピチカートがいいのです。
「未完成」は、何度聞いても絶品と思います。彼としてはテンポを揺らさず、丁寧に仕上げる。それが残響のないクリヤーな響きでよく捉えられている。
この盤はオリジナルテープを使用したTAHRAのCDに比べて音が霞んでいますが、それでも音楽の良さは伝わります。



フルヴェン聴き、調子づいています。もう少し続くかも。

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コメント

コメント(8)
No title
私もフルトヴェングラーのLPレコードは、結構、手元にあります。オーディオ仲間の方は音がモノラルで聴く気になれない…と言われますが、私はモノラルでも、多少劣悪なライブ録音でも、フルトヴェングラーの演奏は、やはり魅力というか神秘さなど神がかり的なものを感じます。LPで持っていてもCDで買い直したり、リマスター版などが再販されると、また同じものを購入したりしていますが、やはり昔のLPレコードのほうが音は良いように感じます。最近、38のテープからのバイロイトの第九がタワレコから再販されますが、バイロイト盤は何枚もあるので、もう買いませんし、SACDは高価なだけで手が出ません。

HIROちゃん

2019/06/24 URL 編集返信

No title
> HIROちゃんさん
劣悪なライブ録音のイメージはフルトヴェングラーが作ったのかもしれません。
同じライヴでも、彼以外の指揮者ならそれほど悪くないものが多いのです。おそらくそれは、指揮者自身が例の「痙攣タクト」で生み出した雑味のある響きと、演奏中マイクが見えるのを好まなかったことにあると思います。そうなると録音は指揮者後方からのオフマイク録音になりがちで、当時の技術で鮮度を確保するのは困難だったと考えられます。
しかしそんな状態でも、ものによっては素晴らしい音楽が聞けるのですから、あまり音を気にしない人は聞く価値はあると思います。気にする人は…まあ趣味の世界ですから、敢えておすすめはしませんね。

yositaka

2019/06/24 URL 編集返信

No title
こんにちは。

昨今のデジタル録音のより、
昔のモノラル辺りの方が良い音楽に聴こえる私からは、
どれもうらやましいLPですね。(^^)
盤によって音も違うと思っているので、
興味深々です。

tan*oi*y*n

2019/06/24 URL 編集返信

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> tan*oi*y*nさん
デジタル録音がみんなダメというわけではないですけれどね。録音方法よりも、エンジニアの音作りが音場中心主義に変わってしまい、音が前に出てきにくくなったという感じはします。モノラルには定位とか音場を云々する余地がなく、音楽だけが聞き取れるように思います。
盤による音の違いには深入りしたくないですが、ときには道草と思って聴き比べてみるのも楽しいものです。クラシックファンには米盤の評価は高くなく、ディスクコープ盤も軽く見られて価格も安いのですが、音も盤質も捨てたものではないと思いました。

yositaka

2019/06/24 URL 編集返信

No title
ネコパパさん、はまっていますね。
ところで、デジタル録音の技術・装置の進歩は凄いですね、オケの楽団員1人に一本のマイクを可能にしてデジタル写真の様にきめの細かい点の集合として録音しています。
でもこれは舞台上の演奏であり、客席で聴く演奏に私は感じられず敬遠しています。
フルトヴェングラーが、演奏中マイクが見えるのを好まなかったのも客席で自分の演奏を聴いて欲しいのではなかったかなと私は、思っています。

チャラン

2019/06/25 URL 編集返信

No title
> チャランさん
フルトヴェングラーはライヴ演奏を聞いてもらいたかったと思います。
しかし、人生は短い。ライヴを聞くのは当時は困難、現在では不可能です。彼の活動していた頃は録音に懐疑的な演奏家も多く、音楽は限られた人のものでした。
ネコパパは、でも、ライヴとレコードに、それほど違いがあるとは思いませんね。所詮はどこに居ようと、ひとりの人間がそのとき鳴っているもの聞き取るだけ。
その聞き取ったものが心に響くかどうか、それだけだと思います。

yositaka

2019/06/25 URL 編集返信

No title
ライヴとレコードではかなり違う差があると感じます。
私は自分で聞きに行ったライブがライブ盤になったことがあります。(どうなっているんだろう?)と楽しみに盤を聴いたのですが、まるで別物になっていました。
思い出補正を考慮してもかなり違っていました。電話で話すのと直接会う位の差がありました。
フルトヴェングラーの実演も当時接した人たちの声を読むとそれは凄まじく素晴らしいものだったそうですね。皆が絶賛していますからね。

不二家 憩希

2019/06/25 URL 編集返信

No title
> 不二家 憩希さん
自分の聴いたライヴ演奏がディスク化されるというのは不思議ですね。私は朝比奈隆指揮大阪フィルの演奏会でいくつかそういう経験をしました。別物に聞こえる時もあれば、そうでない時もありました。シューベルトの「ザ・グレート」は全体が大音量で一貫されて、かなり大雑把に聞こえたのですが、CDでは起伏のある演奏になっていましたし、「展覧会の絵」は、逆にパワーが録音に入りきっていないように感じられました。一方で「悲愴」やドヴォルザークの8番は、ライヴとCDの印象がほとんど同じでした。そんなわけで私にはライヴ体験に基づいて録音を補正することは到底無理と考えています。ライヴでも録音でも、それぞれが独立した作品として対等なもの、「今聴いているものを信ずる」という意味で、それほど違いはないんじゃないかと思うわけです。

yositaka

2019/06/25 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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