静かに飛び去らなければならない



スウィトナー ヨーゼフ・ランナー・ワルツ集 ヨーゼフ・シュトラウス・ポルカ集

■シュターツカペレ・ドレスデン
■オトマール・スウィトナー指揮
■録音:1970年3月、ルカ教会
■ドイツ・シャルプラッテン (徳間ジャパン,ベルリン・クラシックス)

1. ワルツ「宮廷舞踏会」(ヨーゼフ・ランナー)
2. レントラー「シュタイル風舞曲」(ランナー)
3. ワルツ「シェーンブルンの人々」(ランナー)
4. ピチカート・ポルカ(J.シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス)
5. ポルカ「休暇旅行」(ヨーゼフ・シュトラウス)
6. ポルカ「女心」(ヨーゼフ・シュトラウス)
7. ポルカ「風車」(ヨーゼフ・シュトラウス)
8. ポルカ「とんぼ」(ヨーゼフ・シュトラウス)
9. 鍛治屋のポルカ(ヨーゼフ・シュトラウス)
10. ポルカ「おしゃべりの可愛い口」(ヨーゼフ・シュトラウス)



…私の父は、指揮者でした。

「あんなにはやく引退しなくても、まだ指揮を続けられたのでは?」と私が聞くと、父は答えました。
「残念ながら、私は怠け者になってしまった。
年を取ると、何もかも、邪魔くさくなるんだよ。邪魔くさくね……」


今年三月、NHKで信じられないような番組が放送された。
『父の音楽』と題されたドキュメンタリー。指揮者オトマール・スウィトナーの最近の生活ぶりを描き出したもの。制作は、彼の息子イゴール・ハイツマンである。
正式な引退のニュースも届かぬまま、もう十数年も音信不通だった巨匠が、こんな形で再び姿を見せるなんて。
当番組についてはnailsweetさんが詳しく報告している。http://nailsweet.jugem.jp/?eid=254
このすてきな記事に、私はコメントを送った。


すばらしい番組でしたね。
私も70年代末に、名古屋でスウィトナー指揮するシュターツカペレ・ベルリンを二度聴きました。未完成、モーツァルトの40番、41番というコンサート。そして、ベルリン国立歌劇場の引越し講演の『魔笛』。
温かみのある芳醇な響きと率直な演奏スタイルの調和した演奏に、熱中したものです。
レコードも数多く聴きました。
ベルリンの壁崩壊後、指揮台から姿を消したこの人について、多くの情報は届かず、このまま過去の人となるのかと惜しんでいました。
そこへこの番組が。スウィトナーの風貌は老いたりといえど、決して朽ちてはおらず、ご子息の要請に応えての、最後の指揮を見ることができた感激は、ひとしおです。
彼がぜひ指揮したい曲の筆頭に、ヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・マズルカ『とんぽ』を挙げたことも、なぜか私の予感どおりでした。シュターツカペレ・ドレスデンを指揮したレコードに聴く、あの不思議な音楽につけられた鋭い飛翔のアクセントが忘れられなかったからです。

―こんな「私小説」のようなドキュメンタリーは、今まであまり見たことがないように思います。

まったく同感です。
ある意味、親子、夫婦ともに血を流して、生き様をみせている。
誰にでも求められることではありませんが、スウィトナーの人生にはそれだけの重みと輝きが存在する。ここに受け止めたものを大切にしようと思います。



さて、ポルカ『とんぼ』である。
ヨーゼフ・シュトラウスの作品は、兄ヨハンⅡ世の作品よりも、私にとっては大切だ。そこにはワルツ王の作品にはない、内面性と幻想的なの叙情の調べがある。ワルツ『天体の音楽』『ディナミーデン』『うわごと』…
この、ほんの短いポルカ『とんぼ』にも、その叙情のエッセンスがあらわれている。スウィトナーの盤で初めてこの曲を聴いて以来、愛聴の一曲である。

番組の中で、スウィトナーは語る。



「好きな曲は、何万となくある。
そのなかで、ひとつだけ選ぶなら…『とんぼ』だ。これはみんなが晴れやかな気分になれる曲だ。
交響曲は…居眠りをする聴衆もいる。でもこの曲では、一度もそんなことはない。
人を明るい気分にさせる、特別な曲だ。
しかし、演奏は容易ではない。
とんぼは、空中に止まっているときも、羽だけはすばやく動かし続けている…
中でも難しいのは、終わらせ方だ。
とんぼを観察したことがあるかな?
とんぼはいつも、音もなく飛び去っていくのだ。
同じように、オーケストラもまた、静かに飛び去らなければならない。
とんぼの繊細さを音で表現するために…
もしこれが『コンドル』だったら、フォルティシモで終えるのもいいだろう。しかしこの小さな生き物の場合は、消え入るように、パン…パン… それだけだ」



ドキュメンタリーのクライマックス。
息子の説得に答えて、スウィトナーは息子と二人の妻の、たった三人の聴衆のために、ただ一度、指揮棒をとる。
会場に集められたベルリン・シュターツカペレのメンバーには、彼の監督時代在籍していたべテラン奏者も加わった。特別編成のオーケストラだ。演奏された曲目は

モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調
ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ『とんぼ』
シューベルト:『ロザムンデ』間奏曲

残念ながら、番組で流れたのは抜粋だったが、…音楽は生まれた。
指揮棒を持つと、スウィトナーはとたんに若くなる。左手の震えも、弾む運動に溶けいって、音楽になる。
『とんぼ』の解釈は変っていた。
ドレスデン盤での、テーマの後半につけられた鋭いアクセントはなくなり、代わりに、音盤にはなかった、微妙なリズムの間が現れる。
長く指揮棒を取らなかった間にも、音楽の年輪は刻まれ、より新しく、より深いものになっていたのだ。

こんな音楽が、二度と聴けないなんて…

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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