日本児童文学学会第 57 回研究大会報告②五人の一本足・山姥の最後



③ ロシア昔話「おおきなかぶ」の受容研究―戦前を中心に―
 丸尾美保(梅花女子大学)



■「一本足」がねずみに変身!?

ロシア民話「おおきなかぶ」は、大きく育った株をおじいさん、おばあさん、孫、犬、猫、ねずみが列になって引っ張りぬくという日本でもよく知られた昔話。
「累積昔話」と呼ばれるそうである。
これを最初に本にしたのは採取者のアファナーシエフで、1863年に「ロシア民話集」に収録。翌1864年にはウシンスキーが出版したロシア語のいわば国語教科書の1年生用には、早くも現在のものとほぼ同じ「おおきなかぶ」が掲載されている。
面白いのは初出のアファナーシエフ版にはネズミが登場せず、かわりに「1番目から5番目までの一本足」が登場すること。
これは採集者自身も意味不明だったようで、本文にも(?)と記されているという。
ウシンスキー版教科書が既にネズミを登場させているのは果たして彼の創作だろうか。

日本で最初の紹介は、判明している限りでは1918(大正7)に雑誌「幼年の友」(実業之日本社)に掲載された4ページ8画面のシルエットに短い文章がつけられたもので、これにはタイトルがなく、着物姿のおじいさんおばあさんと男女ふたりの孫、犬(ポチ)、猫が登場し、ネズミは絵にだけ登場する。最後に抜けたカブをおじいさんが掲げてバンザイをするという日本化もある。
このシルエットはウシンスキー版をテクストとして描かれたビョームの影絵絵本(1881)をもとにしている。




これは雑誌「金の星」1925.6にも「蕪ぬき」として掲載され、読み物としてはウシンスキー型が「蕪」として雑誌「少年」(1922.10)に掲載。

原典であるアファナーシエフ版は中村白葉訳「ロシア民話集」として1924.10に刊行(タイトルは「蕪菁」)。これが小学校用の副読本に転載された時には着物を着た一本足の挿絵がつけられたり(「鑑賞文選」尋常2年生1927.1)足を5匹の子犬に変えて再話した村上寛版(1927.5)が出版されたりした。アファナーシエフ版の「1番目から5番目までの一本足」の扱いに苦慮していた様子が伺われる。

より広く普及したのはウシンスキー版で、各種の読本に掲載され「鑑賞文選」でも尋常二年生1927.7の版からはウシンスキー型を採用した。
「おおきなかぶ」のタイトルが初めて用いられたのは児童劇として脚色されたものが最初で、(斎田喬「学校劇選集」1934.12)これ以後脚色作品も増える。中でも戦後まで影響を与えたのは栗原登「大きなかぶ」は、狂言風のエピソードが追加され、教育的な味付けもされている。



戦後はロシア昔話としての紹介が改めてなされ、挿絵の風俗もロシア風となった。現在最も流布しているA・トルストイ/内田梨沙子訳「おおきなかぶ」福音館(1966)以前にも小学校1年生国語教科書には変更を加えた「おおきなかぶ」が各種掲載されていた。

■ネコパパ感想

「おおきなかぶ」の再話の成立と日本での受容について、丸尾氏は挿絵や劇化によるアレンジの違いまで、大変緻密に分析され、短い発表時間できっちりと提示された。
日本に伝わった外国の昔話や絵本は以外に本国での出版とそれほど間を置かない場合が多いが、「おおきなかぶ」の場合は50年ほどを経ての渡来であったのは意外だった。
これはロシアの昔話であるためなのか。
ヨーロッパやアメリカに比べ、ロシアはまだ日本から遠い国だったということなのだろう。そういえば音楽の面でも、チャイコフスキーなどが知られたのはドイツ音楽よりもずっと後だった。当初はストーリーだけ借用して日本化したものが多く、本格的なロシア民話としての紹介が戦後に持ち越されたのも、国自体の馴染みのなさ(あるいは日露戦争を背景とした敵国感情も影響している?)が原因かもしれない。
1980年に起こった所謂「国語教科書批判」問題では、「おおきなかぶ」が「ソビエト社会主義の作品であり起用箇所掲載は不適切」として槍玉に上がったことも思い出される。

それにしても、アファナーシエフが採集した原話に登場する「五人の一本足」とはなんだろう。それがネズミに変化した理由は?またどのヴァージョンにもお父さんとお母さんは決して出てこない。これは「協力」を旨とした教育的活用の場合も困る一面だろう。長く親しまれ、お馴染みになっている昔話についても、あらためて考えてみると多くの問題が発見できる。そんな多角的・多面的な見方を喚起する、貴重な研究発表であった。

④ 「三枚のお札」研究 
来栖史江(梅花女子大学大学院文学研究科博士前期課程)




■人気の昔話のもつ多様な顔

「三枚のお札」は、青森県及び埼玉県川越市の昔話。
昔々ある村に、寺があった。そこに、小僧と和尚が住んでいた。ある日、小僧が山へ栗拾いに行きたいと駄々をこねるので、和尚は3枚のお札を持たせて山に行かせる。山で栗拾いに夢中になっていうちに日が暮れる。そこに老婆が現れ、小僧を家に泊めてくれた。
夜にふと目覚めた小僧は、老婆が包丁を研いで小僧を食べる用意をするのを目にする。小僧は三枚札の霊力と和尚の機転で難を逃れる…という話である。

発表者の来栖氏は名刺に「語り屋」の肩書きを入れておられる、「お話」のプロであり、子どもたちへの語りきかせの実践も豊かな方であるが、「三枚のお札」は大変な人気作品であるという。変化に富んだスリリングな展開と意外な結末は、日本の昔話のなかでも群を抜いた面白さを持っている。
発表では昔話採集者の水沢謙一の個別研究をもとに、話の変遷や特徴を整理するとともに、水沢が昭和53年に出版した福音館「こどものとも」版絵本テクストを検討することで、水沢が現代の子どもたちに伝えようとしたこの話の形はどんなものだったのかが考察された。

水沢らによって採集された「三枚のお札」は250以上にのぼり、多様なバリエーションをもっている。小僧が山で採るものか違っていたり、三枚のお札は和尚でなく便所の神がくれたものだったり、老婆が山姥とわかる理由が様々だったり、お札の力の発動にも多様な違いがあったり、そもそも、お札そのものも、クシ、玉、針、豆など別のものに変わっている場合もある。

■ふたつの結末

特に大きな違いは結末の場面で、小僧を追ってきた山姥が井戸水に映った自分の影を見て緯度に飛び込み死ぬ「井戸死型」と、寺に逃げ戻った小僧を追ってきた山姥を、和尚が機転を利かせて豆に化けさせ、和尚がそれを食べてしまう「鬼一口型」に大きく分けることができる。水沢謙一はこれらを詳細に検討して、ここのエピソードの成立した時代を推定し、たとえば結末については「鬼一口型」よりも「井戸死型」に方が古い形であると推察している。

来栖氏は「こどものとも」版以前に出版された24冊の同話収録書について、詳細な項目を立てて分類整理された。24冊といっても複数収録されたものもあり、61話分の詳細な分析。一覧表が資料として配布されたが、目もくらむような詳細さ、多彩さである。
そこから「話型」の項目を見ると、古い形として尊重されているためか「井戸死型」が多いことが見て取れる。




しかし水沢謙一は「こどものとも」の一冊として出版するにあたり「鬼一口型」を採用しているのである。これについて来栖氏は、水沢自身が教師として子どもに語り続けた経験と「市場・スリル・ユーモア・結末の安堵感」をこの話の魅力と考える水沢の文章から考察し、実践者としてより魅力のある話として「「鬼一口型」を採用したのではないかと考察している。

■ネコパパ感想

なによりも来栖さん自身が優れた語り手で、声の立った流麗な口調に思わず聞き惚れる20分間だった。懇親会でもお話する機会があり、大きな情熱をもって真摯に「語る言葉」に対峙されておられることが言葉の端々から感じられた。
発表をお聞きして感じたのは、「昔話」は古い形をそのまま伝えるのが必ずしも正しいのではなく、時代に応じて変化していくもの、変化して良いと肯定する、その姿勢の重みである。水沢謙一は研究者として、それぞれの話型の歴史的変遷を根拠立てて検証した。しかし、子どもを前にした教師、実践者としては、まず彼らが最も喜び、楽しめると思われる型を選択した。
そこには「語り手」よりも「聞き手」を重んじる姿勢がある。
彼の姿勢が教えることは、昔話を見つめるには、柔軟さが必要ということだ。「語り手」「読み手」「聞き手」の三つの視点を臨機応変に駆使すること。
それは既存のアカデミズムの要求しがちな、厳密さを積み重ねて砦をつくるような硬固さとは一味違う「柔らかなアカデミズム」の姿である。
「聞き手に心地よく響く美しい語り」によってなされた来栖氏の発表そのものが、学問の方法についての問い直しを迫っている…そんなふうにネコパパには感じられた。

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コメント

コメント(2)
No title
水沢さんは評価が難しい人です。昔話資料にかなり手を加えている(特に後期)ので引用がしにくいのです。創作との境界をしっかり立ててほしかったです。中村とも子さんの福音館からでている語り手・笠原政雄さんの昔話集(日立財団からCDも出ています)と水沢さんの資料をと比べると愕然とします。世間の評価に惑わされない資料の吟味が必要なのです。

シュレーゲル雨蛙

2018/12/23 URL 編集返信

No title
> シュレーゲル雨蛙さん
そうなんですか。雨蛙さんの「愕然」は、検証の価値がありますね。「昔話資料」と「創作」の間にも境界線があるとすると、その区別は誰が、どのように見極めるのがベストなのか、なかなか刺激的な問題をはらんでいる気がします。

yositaka

2018/12/24 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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