精霊と蓄音機の語る物語


一億百万光年先に住むウサギ
■那須田 淳
■2006/9
■理論社
■1500円

「きみは精霊の助手になるのだ…」
こういわれて、「便利屋サスケ堂」のアルバイト、中学三年生の大月翔太は、「桜のウサギ仙人」ことドイツ文学元教授、足立先生の仕事を手伝うことになる。それは、一人の少女に向けた先生の手紙を「代書」する仕事だった。
「恋樹(こいのき)」に見立てられた桜の古木をポスト代わりに、少女は物知りの足立先生―「一億百万光年先に住むウサギ」―に、「生きることのさまざまな悩み」を相談しているのだった。
ある日、手紙を届けにいった翔太は、その桜の「恋樹」の枝にウサギがすわって、自分に声をかけたように感じる。
手紙の相手の少女が、ひそかに思いを寄せるサスケ堂の娘、夏野ケイだと知ることになったのは、その直後だった…
 
鎌倉を舞台に、ファンタジーめいた書き出しで始まる物語。
語り手である翔太は、神戸からやってきた少年で、画家志望。鋭い想像力と観察眼を持ち、探偵の素質十分。彼が惹かれ、翻弄され、ストーリーを動かしていく活発かつ多感なケイが、本編のヒロインだ。
 
翔太が両親と住む古い喫茶店『アムゼル亭』は、母が先代マスターから受け継いだ、膨大な書物とレコードにあふれた場所。店は母が仕切り、元オーケストラ団員で今は無職の父は、生きがいを失って怠惰に過ごす毎日。
店に集う人々は、隣のサスケ堂の主人で、探偵の裏家業をつとめる夏野佐助、店の向かいで開業する美貌の歯科医、陽子。それに足立教授、元ジャズ・シンガーの汁粉屋の豆ばあさん、美しき留学生マリー・ラインハルト、粋な趣味人である先代マスターも加わり、『アムゼル亭の仲間たち』と呼ぶべき個性あふれる面々。
物語は「出生の秘密」を追うケイ、というカードに「恋樹」の結ぶ、過去から未来への愛の絆、というもう一枚のカードが組み合わさって展開する。謎解きの楽しさに満ちた、探偵物語である。

物語を彩る素材が、逸品ぞろい。
ドイツの古い「恋樹」の伝承、宇宙飛行士のいでたちをした「話す」ウサギ、『ケ・セラ・セラ』『シークレット・ラヴ』『アゲイン』…全編にちりばめられたドリス・デイの歌。サイドカー、古道具屋、フランスの外人部隊、妖精学(「精霊」と「妖精」の違いが明瞭に講義される。思わず納得だ!)、煎りの深い珈琲の味わい…
作者は、自分の好きで好きで仕方がないものを、惜しげもなく物語に投入していく。
音便を排除した翻訳文学的な独特の台詞回しも、古風な雰囲気をうまく演出している。アンティークな味わいの描写によって、登場人物ひとりひとりの過去が、過ちと後悔が、愛情と希望が、印象的な「物」たちに投影されて、忘れがたく印象付けられていく。

ただ、このストーリーの規模からすると、人物、題材が豊かすぎる気がしなくもない。
魅力的な人物たちひとりひとりが、もう少しいきいきと活躍できるスペースがあれば。いっそこの物語をプロローグにして、『アムゼル亭の仲間たち』シリーズができそうなくらい。
足立教授など、「一億百万光年先に住むウサギ」の役割なのに、後半の活躍がほとんどない。惜しい。
ファンタジーの雰囲気を漂わせながらも、あと一歩のところで踏みとどまっているところ。「ウサギ」を、もっと活躍させてほしかった。「星磨きのうさぎ」の甘美な挿話はなかなかすてきなんだけれども。

これは2008年度課題図書、中学校の部に選ばれた作品だ。
中学生たちは感想文を書くのにさぞかし困っただろう。ひとつの「テーマ」に集約できる物語ではないからだ。
しかし、物語というのは本来そういうものだ。よく選ばれ、よく吟味された言葉の楽しみ、隠された象徴をひとつひとつ読み取ることこそ、読書の大きな醍醐味。そんな「文学」の楽しみを十分に味わうことができる作品だ。
 

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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