ヴァイオリンとお好み焼きと


ぼくがバイオリンを弾く理由
■西村すぐり
■スカイエマ 絵
■2008/10
■ポプラ社



音楽をテーマにした作品なのに、食べ物の場面が飛び切り楽しい。



 耳に入ってくる音の中から、カイトは広島弁を選んできいた。ベンチにすわるひとは何組もいれかわり、いつのまにかひくくなった日ざしが赤く輝いている。
 お好み焼きのソースのにおいが鼻さきをかすめていった。きゅうにおなかが半分空洞になった気がした…


続いて、主人公のカイトが、父親とお好み焼きを食べる場面を読んでみよう。



 うどん玉が鉄板にのり、だしがかけられると、へらのかどでほぐされていく。そのとなりにゆでたての中華めんが、ぼんとのせられた。これもへらのかどでてぎわよくほぐされた。皮の下から野菜のあまい香りがたちのぼりはじめた。皮のふちがへらで押さえられると、お好み焼きの形ができてきた。
 おじさんは手ぎわよく野菜の下にへらをさしいれて、お好み焼きを鉄板の別の場所へつぎつぎとうつしていく。それを焼きあがったうどんとそばの上にのせ、となりにたまごを一こ、わりおとした。へらでくずしてひらたくなった半熟たまごの上にぶあついお好み焼きがのって、うどんいりと、そばいりお好み焼きの出来上がりだ。音楽にのって氷の上をすべるフィギアスケートのエッジのように、おじさんのへらはなめらかなながれをつくって鉄板の上をすべっていく。


 
出来あがったお好み焼きを会話もせずに夢中で平らげる二人である。



さて、物語の主人公、カイトは、バイオリンに打ち込む六年生。
この日、彼ははじめてのコンクールに出場していた。堂本ツバサ先輩の華麗な演奏のあと、年下の門下生モネが、ツバサ先輩さながらの、派手なパフォーマンスで演奏する。
カイトはその姿に、大きな抵抗感を感じ取る。
いきおい、カイトの演奏は押さえたものになった。完成度に自信はあり、先生も同じ手ごたえを感じたが、審査結果は残念なことに、モネは本選に残り、カイトは残れずというものであった。
会場に来てくれると信じていた母も、ついに現れなかった。
カイトは、ひそかにバイオリンをやめる決心をする。
そんな彼が、さまざまな人との出会いと体験を通して、あらためて自身の楽器と出会うまでの短い期間のできごとが、描写と会話のよく調和した、リズムのある文章で語られていく。

カイトを取り巻く人々は、
画家志望の大学生、従姉妹のナギネエ、
隣に住む、アメリカ帰りの百歳のタヅさん、
アマチュアオーケストラ活動に取り組む作曲家の浦島さんに、彼を慕うメンバーのカンナ。
それぞれに、人物像がしっかりと描かれ、行動や会話を通してイメージがはっきりと立ち上がってくる心地よさ。
ナギネエの「ジャズ言葉」に代表される関西人の「つっこみ」のやり取りが、過剰にならない範囲で、会話文として再現されている。そこには広島生まれの作者ならではの語りの呼吸が伝わってくる。

そして、特筆したいのは、食べ物についての描写。
カープうどんやシュークリーム、にんじんジュースにマグワウリ、エビチリソース。
登場人物たちが「食べる」場面の、なんといきいきとおいしそうなことだろう。
最も力点がかかっている「音楽」を圧倒するような。
どれも、特別な食べ物ではなく、すんなりと思い描けるものなので、読者の負担もすくなく「おいしそう」と率直に感じることができる。
音の出ない文字による音楽物語という制約に、作者は意図して「味」という肉付けを与えているようだ。

ちなみに、私は「食べ物の描写」というものが、よくわからない読者である。見知らぬ食べ物や調理の描写が延々と続くのが、どうも苦手なのだ。グルメでないからか。でも、これは大丈夫。

もちろん、音楽に関する表現も、決して紋切り型ではない。
演奏場面はできるかぎり具体的なイメージで曲想を活写しているし、前述のコンクールでの「パフォーマンス」評価の問題について、鋭い意見が述べられている。
「初見演奏」についてのカイトとナギの会話など、専門用語を使わずにポイントを抑えてくるなど、読ませる。演奏というものをよく知っている人だと思う。
舞台は広島。原爆というテーマは、やはり避けて通れないのか。これにも触れている。そこでは伝統的な「児童文学」の色が濃くなり、他の部分と若干の齟齬を見せてはいる。しかし、大言壮語せず、人物たちの生活の中に、自然に関わらせている点にセンスを感じさせる。

「ゲーム好きのサッカー少年がバイオリニストをめざしたら…」という発想で物語が出発していることから、主人公も、他の人物も、いささかの曇りも屈託もなく、かっこよすぎる。そんな印象を残しもするが、爽快な児童文学作品である。
スカイエマのシャープな描線による挿絵も、物語の持つ音楽にとてもよく合っている。

唯一つ残念なのは、ここに登場する音楽の作曲者や曲名が、本作品オリジナルと思われる『祈りの花』を除いて、全て伏せられていることだ。これは題名あてクイズですか。
なんとかしてください。西村さん!




 


 

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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