ヤマダさんの庭



ヤマダさんの庭
■岡田淳
■2009/春
■季刊「飛ぶ教室」17号より
■光村図書

児童文学の冒険と銘うった研究誌 季刊『飛ぶ教室』が復刊されて17号となった。(いったん休刊した雑誌が復刊することはまれである)
児童文学の愛好者として、この雑誌の継続はうれしい。
ところが、号を追うごとに過激にページ数を減らしている。
一般書店の店頭で見ることも、さいきんはめったになくなった。
最近の号のページ数を挙げてみると、

8号 216
9号 168
10号 160
11号 158
12号 172
13号 168
14号 172
15号 128
16号 128

12号で増ページになったのは、河合隼雄氏の追悼号だったため。この雑誌にとって、今江祥智とならぶ柱だった人で、当然の措置だろう。
感心するのは、この大幅なページ減に対して、編集後記などでも一言のコメントもないことだ。
それは、増ページになったときも、カラー印刷が大幅に増えたときも同じで(このことが予算圧迫の大きな原因と思う)編集部の「言い訳なし。中身を見てほしい」との意志が貫かれていて潔い。

さて、本号は紙面刷新ということで、創作中心の内容。カラー印刷も一部にとどめ、ページ数も170ページに回復している。
中でも巻末に岡田淳の新作絵本『ヤマダさんの庭』32ページが掲載されていることが目を引く。


気がつけば、ヤマダさんはひとりぼっちでした。
なにもすることがありませんでした。

そんなある日-。

じぶんのうちに庭があるのを発見しました。

その日は一日中庭をながめて過ごしました。
「そうだった、そうだった、こんな庭があったんだ」

庭をあるいてみました。
すると人魚が眠っていました。
「どうして人魚が…」


長年の教員生活を終えたばかりの岡田さんは、思うところあってこの作品を手がけたのだろう。
その思いが、少しの理屈っぽさもなく世も手に伝わってくる心地よさ。
多忙さの中に置き忘れていた大切なものが、ひとつひとつよみがえってくる感興。

「そうだった、そうだった」
「遅刻しただけじゃろ」

長い時間の経過が、眩い時間やときめきの時間を
色あせたものにしてしまった、と感じていたとしても、物語は
「そんなものはほんの一瞬のこと、
想像力の時間は、いつも、今、このときからはじまるんだ!」と、励ましの心で語りかけてくれる。
ここに、そんな物語がある。

たとえ主人公が中年のおじさんであろうと、
この語りかけは、確実に子どもたちにも伝わるにちがいない。そう確信させるのは、いつも「子ども」と共にあゆみ続けた作者の生き方と人柄のなせるものだろうか。

この作品、一日も早く一冊の本のすがたで出版されることを期待したい。
同時に、雑誌『飛ぶ教室』も、ヤマダさんの発見した素敵な庭のような誌面を作り続けてほしいと思う。

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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