名古屋市民管弦楽団の「ライン」を東海市で聴く

GW2日目はアヤママ、sige君とコンサートに出かけました。
初めて出かける新しいホールです。
2015年(平成27年)10月4日開館とのこと。
場所は名鉄太田川駅のすぐ近く。ここ数年で駅近辺の整備が進められているようで、一帯の広々とした敷地には、真新しい建物が立ち並んでいました。



オーケストラは、毎回のように足を運んでいる名古屋市民管弦楽団です。
毎回、はやくから開演を待つ長蛇の列ができる人気団体ですが、それは今回も同じでした。

大ホールステージはこんな感じ。一階観客席はかなりの傾斜が付いているのが特徴です。私たちは真ん中よりやや後方に鎮座しましたが、それでもややステージを見下ろす感じで全体が見やすい。



■「音の魅力」から「中身の魅力」へ

さて、演奏が始まります。
今回はフランス、ロシア、ドイツの作曲家による、描写的な要素の強い音楽を揃えた意欲的なプログラム。
1曲目のサン・サーンスは、冒頭のオーボエ・ソロの音色の良さに陶然とさせられます。あとはフル編成のオーケストラが繰り広げるエキゾチックな舞曲が繰り広げられ、大きく盛り上がります。
小森さんの指揮は、全ての楽器をしっかりと鳴らしきることで、最初から聴衆を引き込んでしまおうとする意欲が感じられました。
2曲目のチャイコフスキーは、メロディーの魅力を存分に楽しめる作品です。ここでは弦楽セクションを思い切って前に出し、メロディーの美しさを強調して聴き応えのある演奏になりました。
とりわけ素晴らしかったのはチェロパートで、せり出してくるような自発性と音色の艶やかさに驚かされました。

休憩時間…sige君の顔は、どうも浮かない様子です。
「このチャイコフスキーは、もっと音をしっかり鳴らしたほうがいいと思う。それに、音の切り替わりの部分がちょっとコマ切れになるような気がしないか」
それについては思い当たるところがありました。
前半の2曲は、どちらも曲想が目まぐるしく変化します。今日の演奏は、その橋渡しの部分で緊張感が途切れる気がしていたのです。

いよいよメインプログラムのシューマン、交響曲第3番「ライン」が始まります。
今回の演奏会は、プログラムが進むにつれてだんだんとオーケストラの編成が小さくなる。ちょっと珍しい流れですね。
「音の魅力」から「中身の魅力」へと移っていく意欲的なプログラムなのです。
そういえば、シューマンの「ライン」という曲自体も、これと類似した流れを持っています。壮麗でスケール感のある第1楽章のあとは、4つの短い楽章が続く。作曲者の心の中の風景が、短いスパンで次々に移り変わるという、幻想曲的な構成です。
実はネコパパ、シューマンの交響曲には共感度が高いのです。
個人的にはブラームスの交響曲よりもずっと好きかも。でも、演奏する側とすれば、きっと相当な難曲なのでしょう。
「良かった!」と思える演奏に出会うことは決して多くありません。

この日の名古屋市民管弦楽団は、健闘していました。
木管セクションの全員とホルン、トロンボーン、とりわけチェロパートのひたむきな演奏ぶり。
でも、前半で感じられたパートごとの橋渡しがスムーズでないことは、前半の二曲よりも表に出ていたように感じます。
小森さんは、曲想の変わる部分を、レガート奏法を使わず、ディミヌエンドとクレシェンドでつないでいくことが多い。それはシューマンが書き込んだ情感の揺蕩いを描き分ける意図があったと思うのですが、ネコパパには、フレーズの開始が弱音になることで、音楽の流れが途切れるように聞こえる場面が多かったように感じられました。
そう感じる理由が解釈にあるのか、私の無理解なのか、おそらく後者なのでしょうが、一つの課題を突きつけられたように思います。

それにしても前回のシベリウスの第1番といい、今回の「ライン」といい、このオーケストラは「ツボの曲」を積極的に取り上げてくるのに感服します。
次にシューマンを取り上げるならぜひ「第2番」を。

■ネコパパと「ライン」

前述のように、「これは」と思える演奏には、音盤でもなかなかお目にかかりません。その中でもとくに印象に残っているものをご紹介します。

ブルーノ・ワルター指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1941年録音 Sony



分厚く、スケールが大きく、録音が古く、やや混濁気味の音を我慢するなら、今もこれが一番好き。ワルター晩年のステレオ録音シリーズには、シューマン交響曲全集が予定されていました。それがあと一歩のところで間に合わなかったのは残念です。

カール・シューリヒト指揮 パリ音楽院管弦楽団 1953年録音 Decca



この曲の良さを初めて知ったLPでした。フランスの明るく華麗な響きに彩られた、シャープで緊張感に満ちた歴史的演奏です。

カール・シューリヒト指揮 シュトゥットガルト放送交響楽団 1960年録音 Denon



シューリヒトのステレオ再録音。演奏スタイルはパリ盤よりも緊張感では一歩を譲るものの、スリムで室内楽的な響きが際立ち、優劣つけがたい魅力があります。特に最近のDenon復刻盤CDは音質が向上していて、聴く機会が増えました。




レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1960年録音 Sony



バーンスタインはシューマンが得意で、熱血の感情移入で曲に秘めた生命力や躍動感を蘇らせます。「ライン」はウィーン・フィルとのDG盤を先に聴いて、彼としては燃焼度が今ひとつと感じていましたが、この旧録音は冒頭一音から他とはまるで違う音の情報量で、曲の意味がぐんぐん伝わってきます。重苦しく混沌とした第4楽章も、彼の手にかかるとマーラーのアダージェットのような陶酔感。目を見張りました。



ドイツ正統派の演奏ではコンヴィチュニー、サヴァリッシュ、スウィトナー、マズアが互角のレベルの演奏を残していて、どれをとっても安心、どれをとっても少し物足りない塩梅です。その中で今回は

オトマール・スウィトナー指揮 シュターツカペレ・ベルリン 1986年録音 Denon
をご紹介します。




遅目のテンポ、レガート主体で悠々と進められる演奏で、緊張感にはちょっと乏しいのですが、水を打ったように透明な響きの中に、物思いに沈むように寂しさが漂い、独特の魅力を感じます。

もっと新しいものと言われれば、これでしょう。

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮 ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィル 2007年録音 Oehms




各パートの隅々に光を打てて再構成したような新鮮な解釈が、ミスターS特有の圧力の高いフレーズさばきと強靭なリズムに乗って飛び出してきます。ある意味、聴き疲れのする演奏ですが、新鮮さは比類なし。彼は2010年に読響とも再録音していますが、そちらは未聴。もう少し安くなったら…




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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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