アガサ・クリスティを換骨奪胎

こんなテレビドラマを見ました。
例によって録画しておいたものです。



原作・アガサ・クリスティー×脚本・三谷幸喜」の二作目だそうです。
そういえばかなり以前に放送された『オリエント急行殺人事件』も見ていました。
そちらは2015年年1月の放送でした。
もう3年も前なのか…
名探偵、エルキュール・ポワロに扮するのは野村萬斎
もっとも舞台を日本に変更しているので、名前も勝呂武尊と変えてあります。この名前は「ロ」の一字しか共通していませんが、姿とキャラクターは、もろポワロです。
そして彼のワトスン役となるのが大泉洋
原作では「シェパード」という名の医師ですが、こちらは「」医師となっているのが笑えます。
しばわんこか。



原作「アクロイド殺し」はポワロ物の3作目で、1925年の作。クリスティの代表作のひとつとされているものです。
ネコパパは高校生の時東京創元社の文庫版『アクロイド殺害事件』で、読んでいました。高校生の時ですからもう40年以上も前ですが、細部までかなり記憶に残っています。もちろん、犯人も。これ、一度読んだら二度と忘れませんよ。そう考えると確かに傑作ですね。




それだけに、ドラマ化は難しいと思います。
昔NHKで放送されていたイギリスのテレビドラマ『名探偵ポワロ』でも、これはなかなか番が回ってこなかったし、出来も悪かった記憶があります。今度も困難は予想されました。そもそもイギリスの上流階級の話を日本に持ってくること自体無謀ですし…
これが、予想以上に、見ごたえがありました。

ほぼ原作通りの展開…ということは、原作を知っているネコパパのような視聴者には意外性で勝負することはできないわけですが、それでも惹きつけられました。
キャストの演技も迫真の名演技というより、ひどく誇張されているのですが、それでも。
三谷脚本の力でしょうか。彼の台本は、大河ドラマ『真田丸』でも感じたことですが、彼自身の作り上げた「ファンタジーの世界」で物語が展開していく趣があり、「これはこれでいいじゃないか」と思わせてしまうものがあるようです。
ドラマというより、「お約束事のある舞台劇」を見ているような気分で接するのが正解かもしれません。

ところでネコパパの言いたいのは、そこでじゃなくて。
このドラマ、実はオーディオが重要な役割を果たしている、という話なんです。

まず蓄音機。
大泉演ずる柴医師は蓄音機マニアで、自室に蓄音機を備えて、趣味の音楽鑑賞に興じています。
野村とともにこの部屋で事件の手がかりを検証する場面も出てきます。







ざっと見ただけでも
フロア型大型蓄音機3台
卓上型蓄音機1台
ラッパ型グラモフォン1台
エジソン型シリンダー蓄音機1台
それに大型のラジオと思しきものが7、8台は写っています。
博物館ですか。

まあ実際に音楽をかけるシーンは少ないんですが



「どうせ聴くならいい音で聞きたいですから」
「うーん、確かにいい音ですねえ」
…という野村・大泉コンビの会話もあります。

ただ、ふたりで証拠品の鑑定をしながら蓄音機のレコードをずっと聴き続けている場面や、
「いろいろ繋いでいったらこうなってしまいました」というセリフから類推すると…
スタッフはどうも蓄音機は基本的に電気で動くと思っているらしいことと
片面3分の10インチ盤SPでは基本的に「ながら仕事」はできないということには思い至らない様子です。
それに、ドラマの舞台設定は「昭和27年」と提示されています。
1952年、LP発売の翌年ですね。これくらいのオーディオマニアなら、そろそろLP再生の機器があっても…と思うのはちょっと意地悪でしょうか。

次に録音機。
本作の重要アイテムです。
「ビクタフォン」という名前で、作中では12万円の輸入品だそうです。



こりゃまた、怪しい機械ですね。あまり見たことがない。
録音の仕組みはどうなっているんでしょう。
いろいろ調べてまず思ったのは、ワルデマール・ポールセンという人が1898年に開発した世界初の磁気録音機「テレグラフォン」に似ていること。
1900年のパリ万博に出品されて脚光を集めたらしい。




これは真ん中のシリンダーに巻きつけた針金に磁気録音するワイヤー・レコーダーのようです。

もうちょっと時代を下がると、アメリカでグラハム・ベルのチームが開発した「ディクタフォン」があり、これはワックスシリンダーに音溝を刻む方式で、1920年代から1947年頃まで口述筆記を主目的に販売されたようです。
名前も形状も似ているといえば、似ています。原作が書かれたのは1925年なので、クリスティが念頭に置いたのはこれの可能性が高いですね。




しかしですね。テレビドラマの時代設定は1952年。この機種では流石に時代遅れです。なにせ日本では既に前年、ソニーが初の国産テープレコーダー「G型」を発売していたのです。
価格は16万円で、家電としてはほとんど売れなかったそうですが…お金持ちなら、番組登場の怪しい旧式録音機よりも、こちらの最新機種を買うんじゃないですかねえ。



まったくどうでもいい話になってしまいました。
おしまいに、ディクタフォンの実験動画です。



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コメント

コメント(9)
No title
こんばんは\(^o^)/

時代背景を正確に再現する小物の演出には相当な知識のスタッフが居ないと難しいでしょうね。

そう言う私も蓄音機の知識すら大したものは持ってませんが、、、。(笑)

ディクタホンは私が先日弄っていたエジフォンと同じですね。

それにしてもTVのドラマでこれだけのラジオや蓄音機を登場させただけでも凄いと思います。

何時もナイス、ポチッ、コメありがとうございます。


ではでは

Yさん

2018/04/24 URL 編集返信

No title
『オリエント急行殺人事件』で35年前イスタンブールの始発駅に行った時プラットホームが無く、映画の様に手摺に摑まってステップを乗降していました。今では考えられないけれど駅に改札や柵も無かった様な気がする「入場券」を買った記憶が無いです。
映画に出てくる蓄音機群マニアの人から借りてきたのでしょうか?演出・雰囲気、雰囲気 NHKでないので「ツコマナイ」であげましょう。SPとLPを勘違いしているな(ボソッと)

チャラン

2018/04/24 URL 編集返信

No title
> Yさん
まさしくエジフォンです。英米の言論界、メディア界では結構普及していたのかもしれません。録音方式もいろいろあったらしいですが、知らないことだらけです。
それにしても今回の小道具は凄かった。きっとその筋のコレクターか博物館の協力を得ていますよね。

yositaka

2018/04/24 URL 編集返信

No title
> チャランさん
日本の鉄道とはまるで違うんですね。私の乗ったドイツの鉄道は、まずまず日本の雰囲気に近かったですが、切符の販売や改札はまったくイージーでした。ミュンヘンやフランクフルトなどの市街を走るトラムは、電停のホームなど作っていないところが多く、ボタンを押さないと停まらず、扉も自分で開閉するので乗り慣れていないと大変でした。
今回はドラマの小道具としては頑張ったと思います。少なくともNHKの朝ドラよりも調べていましたよ。

yositaka

2018/04/24 URL 編集返信

No title
1951にテープレコーダーが日本で発売されていたとは驚きです。アンペックスが初めて出したのが1948で、EMIが使い始めたのは1949の秋からです。テープがないと、LPのような長時間録音は不可能です。真空管しかない時代に、これだけの大きさのものはなかなかできません。音質的に劣るとしても、アンペックスよりははるかに小さかったでしょうから、画期的です。小さく作るのは昔から十八番のようです。

値段は、今の価格の恐らくは20倍近くになるでしょうから、もちろん普通の人には手が届かなかったですね。その低価格化のためには、ぜひともトランジスタが必要だとは思ったかもしれません。

如月

2018/04/26 URL 編集返信

No title
> 如月さん
ampexの初号機model 200は巨大なコンソールタイプですから、それからわずか2年でこのG型を開発したソニーは驚くべき会社だったことになりますね。
しかし、ドイツのAKGが1940年代に開発し、フルトヴェングラーの戦中ライヴでも活躍したK1とかK4などのテープレコーダー「マグネトフォン」はコンソール型ではなく据置タイプで、G型にかなり似ていました。
アンペックス社は戦後このマグネトフォンを研究してテープレコーダーを開発したようです。ひょっとすると日本はドイツと同盟国だったので、40年代の早い時期から技術供与を受けていたのかもしれません。

ところでこのG型、何かに似ていませんか。前面の三つのつまみ、上部の傾斜、両側の取っ手…あれです。鉄人28号の操縦機。同作は1956年に連載が始まったので、横山光輝がこれにヒントを得た可能性は十分あると思います。

yositaka

2018/04/26 URL 編集返信

No title
おおっ、マグネットフォンは小さかったのですか。私の読んだ記事では、1942の初めての録音の時、装置は会場から少し離れた所に設置されて、間には専用回線を引いたと書いてありました。そうだろうなあ、大きかったんだろうなと思っていましたが、その他の話などから考えると持ち出して使っていたような所があるので、小さい方が辻褄が合います。

鉄人28号、確かに似ています。当時の無線機などと比べると、これは随分と洗練されたデザインに見えます。昭和26年とはちょっと思えません。G型で検索すると、開発の歴史の詳しいHPがありました。後の社長の大賀さんも初期から音質担当で関係していたようです。テープ録音の「高周波バイアス」はソニーの特許だったらしいです。

如月

2018/04/26 URL 編集返信

No title
ソニー社史のようなこれは面白いです。
ttps://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/1-02.html
(ttpsはhttpsです。何故かそのままではエラーになりますので)
ただ技術論として少し首を傾げる所がありますので、些かの脚色はあると思います。それでも1949には既にNHKがアンペックスの機械を持っていたとは驚きです。EMIよりも早いです。それはおそらくアンペックスのビングクロスビーが自分のラジオ番組のために、ほとんど買い取ったという機種と同じでしょうから。

それを見て、バラック配線であったとしても一週間程度で動作確認しているとは、既に相当な知識を持っていないと不可能です。たぶん書かれていない或いは書くと拙い何がしかがあるのでしょう。記録用のテープの量産を確保して、実際に発売したのがその二年後ですから、これが普通の早さです。

如月

2018/04/26 URL 編集返信

No title
> 如月さん
いやあ大変面白い記事ですね。これによるとAEGの技術供与はなく文献だけの情報のようですね。それで短期間で実機まで進んだというのはすごいことです。
ソニーだけではなくNHKも動きが早い。当時の日本の科学技術への貪欲さが感じられますね。

EMIがテープ録音に遅れた原因は、トーマス・ビーチャムのようです。
AEGが機材を開発してすぐの1936年、ロンドン・フィルとドイツ演奏旅行に出かけていたビーチャムは、大いに関心を示し、BASFのスタジオで試し録音したところ、良い結果が得られず、ディスク録音の優位性を評価したとのこと。しかしその後数年でAEGは改良を重ね、ビーチャムの主張に従ったEMIは時代に乗り遅れたのだそうです。(「音響技術史」(2011東京藝大出版会)による)

yositaka

2018/04/26 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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