ネコパパとピアノ協奏曲第20番

名古屋モーツァルト室内管弦楽団の演奏会で取り上げられた曲を、もう一つ取り上げてみます。
モーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調k466。
モーツァルトの名前はみんな知っていますが、じゃあ曲は、と言われると、特別な音楽ファンでもない、誰もが知っている曲は、意外に少ないのではないでしょうか。

アイネ・クライネ・ナハトムジーク
ピアノ・ソナタ第11番(トルコ行進曲つき)
ピアノ・ソナタ第15番(ソナチネ)
ピアノ協奏曲第21番ハ長調(第2楽章)

この四つくらい?そのほかは?

「フィガロの結婚」のアリア「もう飛ぶまいぞ」
「ドン・ジョヴァンニ」の「セレナード」
歌曲「春への憧れ」
交響曲第40番ト短調
アヴェ・ヴェルム・コルプス…

こうなると、モーツァルト好きなら知っている。でも人口にはいまひとつ膾炙していない、そんな曲が多い気がします。
ピアノ協奏曲第20番も、そんな「次点」の一曲でしょうか。強いて言えば第2楽章の冒頭。映画『アマデウス』のエンドロールでも流れていて、かなり有名な気もしますが…モーツァルト好きなら「そこが聴きどころ」とは言わない気がしますね。

モーツァルトとしては珍しい、不安感と激情のなかに、時折明るい響き、やさしいメロディが対比される。いわば光と影の交差。前衛の作風は当時のウィーンの聴衆を戸惑わせ、モーツァルトの人気に陰りが射すきっかけとなったとも言われます。
ネコパパは、とても好きです。

■ネコパパとK466

最初に聴いたのは多分高校生の時。
この一枚を買って聴きました。クララ・ハスキル(P)ベルンハルト・パウムガルトナー指揮ウィーン交響楽団。1954年のモノラル録音。



定評の名盤との噂を信じたのですが、聞いて愕然、ピアノの音が霞がかかったようにぼやけていて、今ひとつ良さがわかりません。
そのあと、こんなはずはないと思ってハスキルは幾つか聞きました。たくさんあるんです。でも決め手に欠ける。このピアニストの盤はどういうわけか音の霞んでいるものが多かった。
一番有名な、晩年のイーゴル・マルケヴィチとの共演はステレオで音はいい。けれど、伴奏があまりに威圧的でちょっと好きになれません。
ハスキルで納得のいくK466を聴くなら、現時点ではこれでしょうか。
フェレンツ・フリッチャイとの放送録音。パウムガルトナーと同年の録音ながら鮮明で、静かに燃える演奏です。




ブルーノ・ワルターがウィーン・フィルを弾き振りした1937年のSP録音も、そのころ聴きました。東芝GR盤だったと思います。これも予想外にユニークで、良さがつかみにくいものでした。オーケストラとピアノが噛み合わない。ピアノが、ときどき無茶な加速をする。即興演奏のようです。



最近、この演奏の良さを見直しています。SPレコードで聴いたことがきっかけでした。でも、その話はちょっと長くなりそうなので、また別の機会に。


続いては宇野功芳の絶賛に動かされて聞いたエリック・ハイドシェックの1962年旧録音です。大学生時代、やっと廉価盤で出たのを喜んで買いました。



明晰なタッチで、変幻自在に揺れ動く「やりたい放題」の演奏ですが、ワルターと違って自信に満ち溢れていて不安感がありません。
ハイドシェックはワインメーカーの御曹司。指揮者ヴァンデルノートは大酒飲み、オーケストラは練習嫌いのソリスト気質…とくれば、暗さを払拭した、夢見心地の演奏が生まれるというわけです。



就職後はひとり暮らしになって、LP末期の再発ブームに乗っていろいろ聴きました。そのころ印象的だったのは、ハイドシェックとは対照的な、中身の詰まった、真摯でスタイリッシュな演奏です。
フリードリッヒ・グルダクラウディオ・アバド/ウィーン・フィル。1974年録音。
グルダはジャズや作曲も手がけた才人でしたが、モーツァルトやベートーヴェンを弾くときはまさしくドイツの王道路線をゆくピアニストでした。これも伝統的スタイルを深く追求したベートーヴェンに近い演奏スタイル。今もこれが一番、という人も多いでしょう。



ネコパパの好きなピアニスト、マリア・ジョアン・ピリスも、この曲では、グルダに近い解釈で、真摯な演奏を聞かせてくれました。
彼女は最晩年のアバドとDGに再録音していますが、ピリオド路線にくら替えしたアバドは、グルダと共演したときとは別人のような、音楽を軽く撫でていく解釈に変貌し、ピリスもそれに合わせて第2楽章のテンポを速くするなど、釈然としない感があります。
ピリスのK466なら、ネコパパは断然この1978年旧録音を選びます。
あ、LPがCDに切りかわったのは、ちょうどこれが廉価盤で出た頃でした。



他にも随分聞いてきました。印象に残っている演奏は多いですよ。
古いものならエドウィン・フィッシャーとかイヴォンヌ・ルフェビュール、モニーク・ドゥラ・ブルショルリ、近年のものならマレイ・ペライア、内田光子など。

でも、ネコパパが最後に残したいのはこの2枚。

クリフォード・カーゾン(P)ベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団 1970年録音。



アンドラーシュ・シフ(P)シャーンドル・ヴェーグ指揮カメラータ・ザルツブルク 1989年録音。



この2枚を語ることは難しい。
あまりに自然に、音楽の素晴らしさだけを実感させてくれる演奏だからです。
弱音主体のピアノは「楽器」ということを意識させないくらい。オーケストラは「伴奏」の粋を超えて雄弁そのもの。なのに、誰かの意志で解釈されコントロールされているというよりも、源泉から湧き出す水のように混じりっけがない。
無窮を取り巻く音の波動は、ある境目を超えたとき、「音楽」という愉しい波動に変わる。
その決定的瞬間をとらえたような録音だと思います。

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コメント

コメント(11)
No title
ハスキルの1954年盤(fontana)とハイドシェックの1962年盤(serafim)のジャケット画像が懐かしいです。これらが発売された当時、私は小学校の高学年ぐらいであったと思いますが、学校帰りにレコード店に寄り道し、何度も手に取って眺めたものです。
初めて購入したのはグルダ盤で、この一枚で満足してしまいましたので、他の演奏を聴いたのはずっと後のことになります。カーゾン盤とシフ盤を改めて鑑賞してみたいと思いました。

ハルコウ

2018/04/15 URL 編集返信

No title
クララ・ハスキル(P)ベルンハルト・パウムガルトナー指揮ウィーン交響楽団。EPIC LC3163 1956年発売をボリュウームを絞って聴いています。
ハスキルの演奏軽やかでいいですよ只、電源を入れたまもないので打鍵が強く感じます。明日fontana盤も探して聴き比べしてみょうかな。

チャラン

2018/04/15 URL 編集返信

No title
> ハルコウさん
学校帰りにレコード店に寄り道…懐かしいですね。お店の人と話したり、レコードカタログをもらったり…そんな時代でした。いまやそんなお店も見かけることがなくなりましたね。
グルダの人気は理解できます。有無を言わせぬ説得力です。このグラモフォン録音はもっと続くと思っていたのにたった4曲で終わったのは残念でした。せめて22番は録音して欲しかったと思います。

yositaka

2018/04/15 URL 編集返信

No title
> チャランさん
ハスキル(P)パウムガルトナー盤はもう手元になく、長く聴いていないので、本当はどうだったのか知りたいところです。EPIC盤はよさそうですね。
ハスキルの音は左手が強い独特なタッチのせいか、録音に入りにくかったのではないかと思っています。放送録音にはときどき鮮明なものがあります。

yositaka

2018/04/15 URL 編集返信

No title
ハスキルの20番は、バウムガルトナーは持ってなくて、マルケヴィチと、ミュンシュのライブを持っています。ミュンシュ盤は、ベートーヴェンの3番とともに、大変な熱演です。
グルダは持っていましたけど、期待したより硬い演奏だった記憶があります。モーツァルトは苦手なので、他にはシュナーベルしか知りませんが、オーケストラが雜です。

koj*235**ummo*d

2018/04/17 URL 編集返信

No title
> koj*235**ummo*dさん
マルケヴィチと、ミュンシュのライブですか。後者は未聴ですが、ミュンシュのモーツァルト自体珍しいので機会があれば聞いてみたいですね。シュナーベルも未聴です。1948年録音で、バックはジュスキント指揮のフィルハーモニアですか。これは残念な人選かも。サージェントあたりに頼めばよかったのに…

yositaka

2018/04/17 URL 編集返信

No title
> チャランさん
ハスキル(P)パウムガルトナー盤はパブリックドメイン倉庫サイトにありました。音は全く記憶通りでした。響きが大きい会場はどうやらムジークフェラインらしく、ピアノに近接マイクが設置されていないようにも思います。左手の強い低音のタッチはよくわかりますが、これがハスキルの希望した音だったのか…どうも釈然としません。

yositaka

2018/04/17 URL 編集返信

No title
> yositakaさん
シュナーベルのモーツァルト、19 20 21 24 27番があります。指揮者はバルビロリ、ボールト、サージェント、ススキントですが、どれも伴奏はアカンと思います。シュナーベルのピアノに見合っているとは言えません。
ビーチャムが良かったのですが。
ところで、シュナーベルが演奏途中で曲が思い出せなくなり、しばらくして思い出したシュナーベルが弾きはじめると、サージェントらしき指揮者が、どこからかわからなくなって、オーケストラに合わせて棒を振った話しがあったと記憶しています。いや、コルトーだったかも。

koj*235**ummo*d

2018/04/17 URL 編集返信

No title
> koj*235**ummo*dさん
バルビローリ、ボールト、サージェントも駄目ですか。ビーチャムは確かに適材ですが、ピアニストの伴奏は少ないですね。シュナーベルが演奏中に音を忘れたのはロジンスキー指揮のNYP定期演奏会のときでした。曲はモーツアルトの23番で、決死の立て直しをはかりなんとか納めています。これが録音されて、しかも発売されてしまったのは本人にしてみれば悲劇でしょうね。

yositaka

2018/04/17 URL 編集返信

No title
> yositakaさん
シュナーベルの20 21番を聴き直しました。とても可愛いピアノで、オーケストラを置き去りにして、どんどん進んでいったり、前衛的なカデンツァがあったり、面白い。

koj*235**ummo*d

2018/04/18 URL 編集返信

No title
> koj*235**ummo*dさん
興味がわきます。
おそらくパブリックドメイン音源に出ていると思いますので、探してみます。

yositaka

2018/04/19 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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