女人禁制の土俵に、女性が入り人命救助。しかし

温厚無害なネコパパも、ときには全身の毛を逆立てることがある。



こんなニュースを目にした時だ。
以下、引用。

土俵で心臓マッサージしていた女性に「降りて」 京都
朝日新聞デジタル(以下の記事も) 2018年4月4日22時00分

4日午後2時すぎ、京都府舞鶴市で開かれていた大相撲の春巡業「大相撲舞鶴場所」で、土俵上であいさつをしていた多々見(たたみ)良三・同市長(67)が倒れた。市などによると、複数の女性が土俵で市長に心臓マッサージをしていたところ、少なくとも3回にわたって「女性の方は土俵から降りてください」「男性がお上がりください」などと場内アナウンスがあった。

 地元有志らでつくる実行委員会によると、女性2人が土俵に上がって心臓マッサージをした。直後に救急隊員が土俵に上がり、女性に代わって救命措置を始めた。その間に複数回、「女性は降りてください」と場内に流れたという。
 日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)は4日夜、協会の行司が「女性は土俵から降りてください」と複数回アナウンスしたことを認めた上で、「行司が動転して呼びかけたものでしたが、人命にかかわる状況には不適切な対応でした。深くお詫(わ)び申し上げます」とのコメントを出した。
 市長は救急車で病院に運ばれ、意識はあり、会話もできるという。

 大相撲では「土俵は女人禁制」の伝統が続いている。2000年の春場所では、太田房江・大阪府知事(当時)が千秋楽の表彰式で府知事賞を自ら手渡したい意向を表明したが、協会が難色を示した。社会問題となったが、知事側が断念した。



土俵に大量の塩まく 女性らが倒れた市長救命後 舞鶴
2018年4月5日13時21分

京都府舞鶴市で開かれていた大相撲の春巡業で、土俵上でのあいさつ中に倒れた多々見(たたみ)良三市長(67)を救命中の複数の女性に対し、土俵から降りるよう場内アナウンスがあった問題で、救命行動後に、大量の塩がまかれていたことがわかった。

 複数の観客によると、女性を含む救護にあたった人たちが土俵から降りた後、相撲協会関係者が大量に塩をまいていた。
 大相撲では、稽古中や本場所の取組中に力士がけがをしたり、体の一部を痛めたりしたようなときに塩をまくことがよくある。日本相撲協会の広報担当は取材に「確認はしていないが、女性が上がったからまいたのではないと思う」と話した。

 観客の60代女性は「周りにいる男性がおろおろしている中で、複数の女性がすばやく救命措置をしていたので立派だった」。場内アナウンスについては「女人禁制の伝統があるのだろうが、人命救助にかかわることであり許されない。救助の手を止めていたらどうなっていたことか」と話した。

 多々見良三市長(67)はくも膜下出血と診断された。手術を受け、1カ月ほど入院することになった。
     ◇

 女性らが救命活動した後の土俵に塩がまかれたことについて、日本相撲協会の尾車事業部長(元大関琴風)は5日、「女性軽視のようなことは全くない。(けがの)連鎖を防ぐためにまいた」と説明した。



土俵で救命措置の女性、感謝状を固辞「当然のことした」
大久保直樹2018年4月6日06時27分

京都府舞鶴市で開かれた大相撲の巡業で、あいさつ中に土俵で倒れた同市の多々見(たたみ)良三市長(67)に心臓マッサージをしていた女性たちに、行司がマイク放送で「土俵から降りてください」と求めた対応が批判をあびている。主催した実行委員会の幹部によると、女性は看護師らだった。大相撲は「女人禁制」の伝統があるが、相撲協会も不適切な対応だったと認めた。

 会場にいた巡業の勧進元(主催者)で、前綾部市長の四方八洲男(しかたやすお)さん(78)は「人命かしきたりかと問われれば、ちゅうちょなく人命。あのときの行動はなかなかできるものではない。立派だ」とたたえた。さらに、「染みついたしきたりにより反射的にああいうアナウンスをしたのだろうが、女性の相撲ファンも増えている。しきたりを見直す、前向きなきっかけにしてはどうか」と提案した。
 実行委は5日午後、心臓マッサージの中心になった女性に感謝状を贈りたいと連絡したが、「当たり前のことをしただけ。そっとしておいてほしい」と固辞したという。

 土俵の近くにいた60代女性は「ぱっと行動に移せた女性は偉い」と評価。夫と訪れた70代女性も「アナウンスが流れてもすぐには降りず、救命措置を続けていた。アナウンスが流れ、なんでだろうと疑問だった」と振り返る。周囲の観客も「なんでや」と話していたという。

 観客の70代男性は「アナウンスが流れたとき意味がわからず、後になって女人禁制のことだとわかった。それぐらい救護は自然なことで、アナウンスは不自然だった」と話した。

 市によると、多々見市長は1カ月ほど入院し、堤茂副市長が職務を代行する。(大久保直樹)

引用、終わり。
参考までにテレビニュースの画像も付け加える。



まるで中世である。
こんなことを伝統と呼ぶべきではない、と一瞬ネコパパは思ったが、
記者の取材に対して
巡業の勧進元氏は「伝統」と言わず、「染み付いたしきたり」と言っている。
この一件は「伝統」とは別の問題なのだというニュアンスが漂う。
目前の人命の危機には、手をこまねくばかりなのに、
こういう絶妙な言い換えは「とっさにできる」のである。
自分も含めて、男というのはなんと救いようがない生き物なのであろうか。


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コメント

コメント(16)
No title
私は少し違った感じデス。
そこにどんな問題や疑問や異論があるとはいえ、
倒れて苦しんでいる人の映像を
何度も何度もテレビで映すのは、
何だかなぁ…と。

ユキ

2018/04/06 URL 編集返信

No title
> ユキさん
たしかに不謹慎な話ではありますが、報道されるべき問題です。
伝統なりしきたりなりが壁になって、命が守られない可能性がある国に私達が住んでいる事実を、国民は知らなければならないからです。
市長も住民の命には責任のある職責、この報道は支持されると思います。

yositaka

2018/04/06 URL 編集返信

No title
こんばんは。
染み付いたしきたりと表現したとしたら、多少なりともマイナスイメージを持っているのでしょうか。そのしきたりができた起源、それを続ける理由をはっきりさせてもらいたいものです。塩をまいて清めたのは、何を清めたのか、それもはっきりさせて欲しいです。できないだろうけど。
もう、相撲なんか見ないぞとまで思いました。見るかもしれないけど。

_リ_キ_

2018/04/06 URL 編集返信

No title
「女人禁制」「塩まき」・・・「奉納相撲」相撲協会は、スポーツ財団法人ではなく宗教法人なのですね。
「女人禁制」「しきたり」の問題は、男社会の「男は外で働き、女は家を守る」という男女の役割分担の変化について考えさせられました。
4月は、新入生の歓迎会が多い「しきたり」で回し飲み・一気飲み・かわいがりなどで救急車のお世話にならないようにして欲しいですね。

チャラン

2018/04/07 URL 編集返信

No title
>リキさん
「伝統」「しきたり」といえば説明抜きでなんとなくわかったような気がしてしまう私たちの心性を問い直していく必要がありますね。
相撲関係者が起源、それを続ける理由を、誰もがわかるように説明できるのでしょうか。私には疑問です。やっても、抽象的な語句の塗り重ねに終わるような気がします。ここに学問の出番があります。
それにしても人が土俵を降りたあと、直ちに塩をまくという行動には驚きを通り越して唖然としました。
そのタイミングは「救命行動後」とありますので、常識的に考えると市長も救命活動を行った女性も会場近辺にいたはずです。そのとき塩まきを指示したり、実際におこなった人の心情には一点の「倫理」のかけらもなかったとしか考えられません。

yositaka

2018/04/07 URL 編集返信

No title
> チャランさん
宗教法人とか宗教という言葉を悪い意味で使うつもりは全くないのですが、宗教の名のもとに人権侵害が行われている現状は否定できないと思います。相撲はスポーツではありますが、奉納神事という宗教性を併せ持っていることは確かでしょう。
やはり「しきたり」という軽めの言葉で処理するだけではまずいと思います。一度徹底して考えないと。回し飲み・一気飲みは、「悪しき慣習」ですから、個人が断固拒否すれば終わりです。しかし、こちらはもっと根が深く、人の深層部分まで根を張っている「宗教的心性」ですからね。

yositaka

2018/04/07 URL 編集返信

No title
traditionの訳語として伝統という言葉が一般化したのは昭和初期です。当時使い始めた長谷川如是閑は自分たちが使い始める前の訳語は国粋だったと回想しています。柳田国男は伝統という言葉の偏向(価値観)を避けたのか伝承という言葉を用いました。なお伝統は因襲と同じ行為です。社会(共同体)が染みついた仕来りを肯定的に捉えるか否定的に捉えるかで呼び方が変わるということです。染みついた仕来りという言い方は曖昧です。伝統も染みつくものです。染みつくことは悪いことではありません。染みつく=習い性になるのを否定するのは、人に知識や考え方、捉え方、伝え方等を染みつかせる教育を否定することになります。伝統も新しく昭和初期に名付けられた言葉であり、伝統は社会的コンテクストの変化により容易に因襲に置き換わるものだと認識しておくことは大切でしょうね。ウィーンフィルの女性奏者採用などを思い出します。

シュレーゲル雨蛙

2018/04/07 URL 編集返信

No title
伝統という昭和初期に流行った新しい言葉をことさらに言挙げしたのが第1次安部内閣で2006年に改正された教育基本法でした。教育目標に「伝統」の語が加わったのです。つまり明治大正期には「国粋」と呼んでいたのと同義の語が現行の教育目標として設定されているのでした。

シュレーゲル雨蛙

2018/04/07 URL 編集返信

No title
> シュレーゲル雨蛙さん
伝統と国粋と因襲、私にはそれぞれ別の言葉のように感じますが、実は深く関連していたのですね、それを肯定するか否定するかは社会の共通理解の程度によると思います。
「染みつく」もニュートラルな言葉ではなく、文脈によって良い語感となったり、良くない語感となったりしますので、使われ方をじっくり見極める必要があると思いました。
私見では「染みる」と自動詞で用いられると肯定的な意味感じられる(身にしみる、心にしみる)のが「染みつく」と他動詞になると、否定的ニュアンスが加わる気がします。今回の「染み付いたしきたり」がそんな感じです。また、「染み」と名詞で使う場合は、汚れのニュアンスがありマイナス感があります。
「習う」も同じで、「習い性」も、どちらかというと知らず知らず悪習を身につけるマイナスの意味で使われる気がします。「教育」も一般的には良いもののように理解されますが、戦後児童文学の評論家たちには「子ども主体を拘束する社会の必要悪」と否定的な意味合いで共通理解されていました。「伝統は社会的コンテクストの変化により容易に因襲に置き換わる」同感ですね。

yositaka

2018/04/07 URL 編集返信

No title
> シュレーゲル雨蛙さん
「明治大正期には「国粋」と呼んでいたのと同義の語が現行の教育目標として設定されている」ということは周知されなければなりませんね。ダーティな意味のついた言葉はさっさと捨てて、同じ意味だが受け入れられやすい語句を選択する。長年続けられてきた人心を制御する策略です。
言霊信仰の強い日本人は、これにすぐ騙されてしまう。「振り込め詐欺」に嵌められる人が後を立たないのも言葉に対する感覚がナイーヴに過ぎるから…という気がします。

yositaka

2018/04/07 URL 編集返信

No title
> そのしきたりができた起源、それを続ける理由 by リ_キさん
ふむ~、これまた雨蛙先生のご専門分野と思われますが‥‥無意識下に蟠る、女性を穢れたものと見る観念、でしょうか。で、何が「穢れ」なのか、となると‥‥経血および出産時の出血、でしょうか。
「血の穢れ」を忌むことは、伝統的神祇信仰と関わって存続しているのでしょう。母屋から離れて出産する習慣は、古代神話から近世までの村落の現実に残存するのでは?
相撲は、伝統的神祇信仰(あえて「神道」とは称しません…)とつながっています。

> 明治大正期には「国粋」と呼んでいたのと同義の語が現行の教育目標として設定 by 雨蛙先生
伝統信仰・習俗の負の側面に、さらに国家神道的「国粋」が加わった、かなり monstrousなものが、まさに安倍政権+日本会議の讃美・推進するところですね。

今回の件は明らかに非近代的かつ非人道的なことですが、イスラーム社会では、「名誉殺人」に代表される女性差別が宗教的に正当化されている、という事態も ― 実態の精査は肝要ですが ― 深刻です。

へうたむ

2018/04/07 URL 編集返信

No title
> へうたむさん
残念ながら人間の深層部分には、近代的な思考とは相容れないものが蠢いていることは否定できません。
今回の出来事のように、それが全く無防備といっていい状態で、衆目のなかで突如出現する。遺憾ながら、それが日本の現実のようです。
それを私は「まるで中世のようだ」と感じたのかもしれません。
人間の奥底にそのような原始的心性があるとすれば、国家権力、宗教勢力はそれを利用して権勢拡大の欲望を満たそうとするでしょう。われわれの政権もイスラムも例外ではないと思われます。私たちにできることは、まずは「違和感」を感知する理性、感性を錆びつかせないようにすることと思われます。

yositaka

2018/04/07 URL 編集返信

No title
宗教,神事を離れて 格闘技(競争)の世界では怪我をし易いので怪我を防ぐためルール(しきたり)がありますがその根底に「人命・人格の尊重」があるかないかであると私は、思っています。
閉鎖・縦社会に限らず「人命・人格の尊重」が、無いまたは軽視されると今回と同様な事が頻発しますね。
道を説く立場の人(指導者・長・教師)は、心しなくてはと思っています。

チャラン

2018/04/08 URL 編集返信

No title
神事・スポーツ・興行といった多様な面をその都度使い分ける相撲界の矛盾が、はしなくも露呈したというところでしょうね。

わたしはそれもありますが、問題提起・批判はあって然るべきですけれども、色んなことで「弱み」を抱えている団体に対して連日にわたり必要以上の「叩き」を繰り返す風潮の方を苦々しく感じています。
僅かな口実を見つけて執拗なバッシングを長期間行い、亡くなる子どもが絶えない子どもの世界のイジメの「立派なお手本」かなと、シニカルな感想を洩らしたくなります。

gustav_xxx_2003

2018/04/08 URL 編集返信

No title
> チャランさん
「人命・人格の尊重」がまず優先されるべきというのは、当然のことのようで実は当然ではないのではないか、そういう問題意識が今回の一件から広がることを期待します。

yositaka

2018/04/08 URL 編集返信

No title
> gustavさん
「弱み」を抱えている相手に連日にわたり執拗なバッシングをするという風潮は、私も同様に、苦々しく思っています。
しかし角界は国技を執り行う団体、いわば国民のアイデンティティーを支える団体で、それだけの規模と権威と影響力をもっています。
決して「弱い」団体ではなく、国民の信に答える責任がある存在と考えます。
それに今回の件が、バッシングのため「僅かな口実」とは、私には思えません。
むしろこのような人権の侵害に抗する姿勢こそが、いじめ問題の解決につながる道ではないかと思ったりします。

yositaka

2018/04/08 URL 編集返信

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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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