彼女は竜に会えただろうか~ル・グウィンさんを悼んで

アーシュラ・K・ル・グウィンが亡くなったという知らせを聞いたのは、1月24日の午前。娘からのラインメールだった。
「竜に会えたかなぁ…」
というコメントは、氏が書いていた文章の一節
「私は本物の竜に会いたいのです」をうけたもの。
彼女が作家である理由は、この一言に象徴されている…これがネコパパと娘の共通理解なのである。
新聞に死亡記事が出たのは翌25日。でも、これが数行の短い記述で、写真もない。
いささか寂しかったので、ネットに上がっているBBCの記事を引用することにした。

米作家アーシュラ・K・ル・グウィン氏死去
英BBC放送 2018年01月24日




サイエンスフィクションとファンタジーの作品を多く発表し、世界的に愛された米作家、アーシュラ・K・ル・グウィン氏が22日、死去した。家族が23日に明らかにした。
しばらく病床にあったル・グイン氏は、オレゴン州ポートランドの自宅で亡くなったという。
ドラゴンや魔法使いが宇宙船と共存する作品世界を作り出し、人種や性差、階級など、現代の地球の様々な問題を取り上げた。
ル・グウィン氏は20作以上の小説と100篇以上の短編小説を発表し、世界中で何百万部も売り上げた。
ル・グウィン氏の本人認定ツイッターアカウントが23日夜、「アーシュラ・K・ル・グウィンの家族より、昨日午後に本人が安らかな死を迎えたことを深い悲しみとともにお伝えします」という声明が投稿された。

【文学の「生きる伝説」】

数多くの作品の中でも、特に若い読者向けに書かれた「ゲド戦記」シリーズと、住む人がみな雌雄同体の惑星を舞台にしたSFの傑作「闇の左手」(1969年)などが、特に知られている。
「機能不全の都市中産階級 の人間が登場する、現在形で書かれたフィクションは避けるようにしている」とル・グウィン氏は過去に述べている。
「そのせいで、新しい小説と出会うのが難しいときもある」

米ホラー作家スティーブン・キング氏は、「偉人の1人、アーシュラ・K・ル・グウィンが亡くなった。SF作家というだけでなく、文学の第一人者だった。宇宙への素晴らしい旅を」とツイートした。

ル・グウィン氏は半世紀以上にわたる作家生活で、米SFファンタジー作家協会による「ネビュラ賞」と世界SF大会で発表される「ヒューゴー賞」を繰り返し受賞した。米児童文学の最優秀賞「ニューベリー賞」と「全米図書協会米文学功労勲章」も受賞した。米議会図書館は2000年、米文化遺産への貢献を称えてル・グウィン氏を「リビング・レジェンド(生きる伝説)」に認定した。

著名人の書簡を紹介する英団体「Letters of Note」はル・グイン氏の訃報を受けて、かつてル・グイン氏が1987年に男性作家のみのSFアンソロジーに紹介文を書くことはできないと、編集者に断った手紙をツイートした。

ル・グウィン氏は1929年10月21日、カリフォルニア州バークレー誕生。「アーシュラ・クローバー」と名づけられた。
マサチューセッツ州のラドクリフ・カレッジで学び、ニューヨークのコロンビア大学で修士号を取得。1953年にフルブライト奨学生となった。
文化人類学に詳しく、無政府主義や老荘思想に影響を受けた。
1966年にデビュー作「ロカノンの世界」を発表。歴史学者のチャールズ・ル・グウィン氏と結婚した。3人の子供がいる。

(英語記事 Ursula K Le Guin: US fantasy author dies at home in Oregon)


■やりきれない記憶のされ方

ファンタジーの読み手、SFの読み手にとってル・グウィンは間違いなく「伝説」だった。児童文学に関心が深い人々にとっても、おそらく。

でも、日本の一般の読書好きの大人や子どもにとっては、ちょっと違った「覚え方」をされているかもしれない。
一つは、スタジオジブリ製作のアニメ映画『ゲド戦記』の原作者として。
ネットで読める死亡記事を検索すると、NHKをはじめ、映画に触れているものは確かに多い。BBCではまったく触れていないが…日本人の多くにとっては、「あの映画の原作者」なのかもしれない。宮崎駿監督への期待から製作を了承したグウィンだったが、実際に監督したのは宮崎吾郎で、彼女はその出来栄えには批判的だった。
もう一つは「ハリー・ポッター」の対立軸として。
1999年刊行の『ハリー・ポッターと賢者の石』は一世を風靡し、シリーズはベストセラーとなり、世界的なファンタジー・ブームを巻き起こした。
この著作には批判的な意見も少なくなく、論客の多くが「真のファンタジー」として引き合いに出したのがグウィンの『ゲド戦記』だった。

こんな「記憶の残り方」の結果が「写真なし、数行の死亡記事」だったとしたら…なんともやりきれない思いが残る。

■別世界なら、なんだって…

ちいさな場ではあるけれど、私としては、ぜひ言っておきたい。
ル・グウィンの作品は、とても面白い。
面白いだけでも十分だが、それ以上のオマケもある。世界の見つめ方や、読み方が変わってくる、というオマケだ。
ほとんどが地球とは別の惑星や地球に限りなく近い別世界…「ここではないどこか」の話で、まず、世界観をつかむのが厄介だ。けれど、読み進むうちに、読者はいつかその世界に馴染んでくる。そして、いつのまにか、こちらの世界との境界線が見えなくなっている。
キャラクターの立ちまくった登場人物の生き様や活躍に夢中になるうちに、
歴史、戦争、差別、無意識、ジェンダー、フェミニズム、
さまざまな問題が「こちらの世界」とオーヴァーラップしてくる。
その語りは、かなりストレートで、「こちらの世界」とは違う世界でさえあれば、なんだって語れちゃうんだぞ、と腰が据わっている。
そして、何より素晴らしいのは、その世界を見つめる目が、いつもポジティヴで温かく、決して悲観的にはならないことだ。
児童文学者の最高の資質の持ち主なのである。


【ゲド戦記(5部作)】
児童文学の代表作。
太古の言葉が魔力を発揮する多島海(アーキペラゴ)、アースシーを舞台とした魔法使いゲドの物語。
この世界では森羅万象に、神聖文字で表記される「真(まこと)の名前」が存在し、それを知る者はそれを従わせることができる。人は己の真の名をみだりに知られぬように、通り名のみを名乗る…



第1部 影との戦い(A Wizard of Earthsea)
ゲドは才気溢れる少年だったが、ライバルよりも自分が優れていることを証明しようとして、ロークの学院で禁止されていた術を使い、死者の霊と共に「影」をも呼び出してしまう。
ゲドはその影に脅かされ続けるが、師アイハル(オジオン)の助言により自ら影と対峙することを選択する。

第3部 さいはての島へ(The Farthest Shore)
大賢人となったゲドが登場する。
世界の均衡が崩れ、魔法使いが次々と力を失う中、エンラッドから急を知らせて来た若き王子レバンネン(アレン)と共にその秩序回復のため、世界の果てまで旅をする。

第4部 帰還(Tehanu, The Last Book of Earthsea)
ゲドは先の旅で全ての力を失い故郷の島へ帰還する。
かつて地下の神殿から救出した巫女で、今は未亡人となったテナー(ゴハ)は親に焼き殺されかけた所を危うく救われた少女テハヌー(テルー)と生活していた。その3人の「弱き者」たちを容赦なく悪意に満ちた暴力が襲う。

魔法も竜も、別世界そのものも、物語の進行に伴って絶えず問い直され、変転し、わかりやすい構造を示すことが難しい。善悪二元論の単純な正義など寄せ付けない強度をもつ、「これこそが世界」と呼びたいファンタジー作品である。



【闇の左手】
グウィンのSFといえば、まずこの一冊。
宇宙連合は、辺境の惑星「冬」との外交関係の復活を目指し、使節を送り込む。「冬」の住人は両性具有であり特異な社会を形成していた。使節ゲンリ―・アイは、カルハイド王国の王との謁見を求めていたが、政争に巻き込まれ逮捕される。彼は追放の身であったカルハイド王国の宰相エストラーベンに救出されるが、王国に帰還するためには極寒の氷原を抜ける必要があった。両性具有者と男、二人きりの過酷な道行は不思議な心の交流を生み出していく。

グウィンのSFは文化人類学の学識を生かした惑星環境の設定を元に、普遍的な人間ドラマを描いていく。ハードSFを読んでいたら、品格に満ちたラブ・ストーリィだったという、読前と読後の作品イメージのギャップが凄い。




【オールウェイズ・カミング・ホーム】
これこそ天下の奇書。
ある土地に住む住民たちの生活や伝承を、古文書、調査報告、聞き書きなどを無秩序にファイリングした「資料」として読者に提示。書くほうも読むほうも大変だけど、飛ばし飛ばし、気になる部分を拾い読みしていくうちに、だんだんと土地をめぐる大きな空間と長い時間が立ち上がってくる。舞台がアメリカ大陸の山岳地帯という印象なので、ファンタジーかと思って読み進んでいくと、やがて全体を統括するSF的枠組みが見えてくる。
読むのには相当な根気が必要だが、世界はこうやって作るのか、ということが肌で感じられる力作。



「人間は昼の光のなかで生きていると思いがちなものですが、世界の半分は常に闇のなかにあり、そしてファンタジーは詩と同様、夜の言葉を語るものなのです」
意識下の闇の世界を旅して発見した夢の素材を言語化する―。グウィンの語る創作の秘密と、ファンタジーとSFの本質。
グウィンのエッセイ集にはこのほかに『世界の果てでダンス』(平凡社)『ファンタジーと言葉』(岩波書店)など。



これは目下読書中。
『風の十二方位』『マラフレナ』などのSF、それに《西のはての年代記》三部作など、未読の本が多い。老後の愉しみ、なんて言ってないでどんどん読もう!

■本物の竜は…

これだけの作品が、今後も議論され、「乗り越えるべき目標」として私たちの前に置かれている。
アーシュラ・ル・グウィンはこれからも現役の作家、
彼女の作品こそが本物の竜。
世界の果てまで、お付き合いしたいと思います。
心より、ご冥福をお祈りいたします。


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コメント

コメント(2)
No title
それは、当たり前の順番なのでしょうが、
高齢になった児童文学者の「死」を知ります。
森山京さんも新年早々、他界されました。
何とか生き残っている我々は、
その訃報を子供たちに伝えるのではなく、
遺された作品を伝えなければならないと、
これまた当たり前のことをシミジミ痛感するわけです。
難しい宿題ですけど@合掌

ユキ

2018/01/26 URL 編集返信

No title
> ユキさん
「きいろいばけつ」の森山京さんもです。幼年童話の珠玉の作品を数多く残されました。感謝、合掌。
優れた作品は必ず受け継がれていくと思います。
優れた作品を受け止める感性が受け継がれていく限り。
大切なのは、伝えることと育むこと。「ゲド戦記」でそれをしているのはゲドてはなく、テナーとテルーですよね。

yositaka

2018/01/26 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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