日本イギリス児童文学会研究大会2017①ライラとホールデンは「語る」




2017 年 10 月 28 日(土)・ 29 日(日)、東京女子大学で開催された、日本イギリス児童文学会研究大会2017にお邪魔してきました。
東京駅から中央線で約35分、「西荻窪」駅からバスで10分のところにある、閑静な佇まいのキャンバスは、児童文学を勉強するのにぴったりの環境です。
たた、当日は先週末に続いて台風が接近、新幹線は動くのだろうか…と不安を感じながら当日を迎えたわけですが、
まあ、なんとか、着くことは着きました。

受付を通ってプログラムを拝見すると、研究発表もラウンドテーブルも魅力的な内容で、どれかに絞るのが困難なくらいでした。けれど同時に二つ聞くわけにもいかず、いつものように「えいっ」と決めて、聞けるものは、じっくり拝聴させていただくことにしました。

何回かに分けて報告したいと思います。

日本イギリス児童文学会研究大会2017
テーマ: Only Connect? —子どもと本をつなぐ―

開会の挨拶 会長 横川寿美子

(概要)
Only Connect?というテーマは、「子ども」と「文学」をつなぐ役割を担う人たち=「媒介者」に光を当てることで、新たな角度から児童文学について考えようというひとつの試みです。
1969年に刊行された児童文学評論集「Only Connect」が目標としたのは「子どもの世界」と「大人の世界」を結びつけることでした。半世紀近くを経た今日、その二つの世界はボーダレス化しています。一方「子ども」と「文学」はますます遠ざかっているように思われます。私たち研究者もまたこの二つをつなぐ「媒介者」として、何らかの役割を担うべきなのかもしれません。

10 月 28 日(土)

研究発表① 「語り 」  司会:松本祐子

a. His Dark Materialsにおける「語ること」の特権的位置
半田涼太(白百合女子大学文学研究科児童文学専攻博士課程3年)

(概要)
His Dark Materials(『ライラの冒険シリーズ』)の作者フィリップ・プルマンは、「物語とは世界で最も重要なものである。物語り抜きで我々は人間ではいられないだろう」と述べている。しかし、同作における「語ること」の重要性についての考察は、未だ十分とは言い難い。本発表ではここに焦点をあわせて同作品の分析を行う。それによって物語内で「語ること」が極めて重要な役割を担っており、特権的な位置を占めていることが明らかとなるだろう。







■ファンタジー・嘘・真実

Fiona Maccullochは、ブルマンは自身を物語の語り手(ストーリーテラー)と見做し、「物語」の力は何よりも重要と考えていると見ているが、今回発表者が考察しているのは、作品全体を成立させている「物語構造」ではなく、His Dark Materialsの作品世界に登場する主人公ライラが彼女の特技である「語り」の力を行使する場面についてである。
ライラは本作において、少女でありながら人類存亡の鍵を握るほどの重要な存在として描かれるが、そのライラの最大の力が「語る力」なのである。その語ることを巡って「四つの事象」が提示される。

1語ることによって危機を脱したり問題を解決したりする
2彼女の語りが子どもたちの幽霊に癒しをもたらす
3死者の世界で「語ること」が担う役割
4ライラとウィルに対するマローン博士の「語り」が担う役割

当初ライラは巧みに嘘を交えた雄弁さで、鎧熊イオニク=バーニソンを味方にしたりして痛快な活躍をする。「シルバータン(雄弁)」という称号を与えられるのもそのためだ。
しかし、やがて嘘を含む語りが原因で危機に陥った時、ライラは嘘のマイナス面に気付き語ることを畏れるようになる。
語りをためらうライラに「真実を語れ」と要求するのが「神秘の短剣」をもつ少年ウィルである。やがてライラは死者の国から生者の世界に帰還できる道を探ることになるが、ここで鍵になるのが「嘘ではなく真実を語ること」である。
死者と生者の世界をつなぐ並行世界に存在する異形の生命体、ミルファを探求するマローン博士は、その過程で「語ることで世界を救う」術を知らさされる。彼女はライラとウィルに自らの恋愛体験を「語り」それを聞いたライラは異性愛に目覚めることになる。

発表者は考察を通じて、His Dark Materialsでは、巧みな作り話の語り手であったライラが「真実を語る」ようになることで成長する過程が描かれていると分析し、作品全体が「真実に向かっていくための語りの連鎖」であると解釈していると思われる。
さらに、世界創造の際のオーソリティの「嘘」を端緒に、作品全体を通して「嘘を含んだ語りは望ましくなく、語られるべきは真実でなくてはならない、とブルマンは主張していると読む。作者自身、His Dark Materialsをファンタジー作品ではなくリアリズム作品であると語っているという。

■ネコパパ感想

「His Dark Materialsはリアリズム作品」であると作者自身は語っているとのことですが、では半田さんはこの作品をリアリズムとして読んでおられるのですか」と、ぶしつけな質問をしたのは、ネコパパです。
半田さんのお答えは
「いや、私はリアリズムではなく、想像力豊かなファンタジー作品として読んでいます」というものでした。
「私もそうです。でもそんな、ファンタジーという概念さえ、作者は切ってしまう。ウィルの神秘の短剣ではありませんが、ブルマンって、本当に『切る』のが好きな作家なんですね…」
と思わず返したネコパパ。こんなの質問とは言いませんよね。でも、つい言いたくなったのです。

考えてみれば、「切る」局面はこれだけじゃありません。
『ライラ』の世界では、最初から人の魂の分身であるダイモンを切断しようととする陰謀が、ストーリーを牽引していました。
また「神秘の短剣」も、文字通り世界を切断して並行世界との通路を開くための魔法具です。
今回半田さんが取り上げている「語り」の事象についても同じことが言えて、ブルマンは虚構のなかの虚構であるファンタジー小説の中ですら、語りを『嘘』と『真実』にあえて切り分けようとしているのだろうか。それは、ちょっと窮屈な話でもあるなあ…
そんなことを思いながら、でも、まてよ、とも考えました。
そんな二元論が成立するほど、この小説の作品世界は単純ではないはずで、登場人物の造形一つとっても、なかなか複雑で割り切れないものをもっているではないか。
それでもなお「切り分けよう」とする作者の意志による世界の軋み、語りの構造に生じる亀裂は、確かにこの壮大な小説に「激痛」を伴うリアル感を生み出している…これが意図的なものだとしたら、ブルマンは、児童文学史上稀にみる「凶暴なファンタジー作家」と言えるでしょう。


b.ホールデンの語りの特徴 
熊谷由里子 (職業能力開発総合大学校)

(概要)
J.D.サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて(The Cather in the Rye)』は21世紀の今日でも読み継がれている小説で、ヤングアダルト小説の嚆矢ともみなされている。1951年に発表されたが、1960年代には「若者のバイブル」と言われ世界中に大きな影響を与えた。
本発表では「ホールデンの語り」が魅力の元であると考え「語り」に特化して分析を行う。若者らしいリズム感を醸し出している表現やスラングを含めた繰り返し表現や誇張表現、特に数字が誇張の強化に使われているが、具体的に本文の表現を用いて分析を行っていく。随所で文法も間違うホールデンだが、それも具体的に指摘したい。ホールでの語りを英語的に分類しながら概観し、ホールデンの魅力に迫りたい。





■「若者らしさ」を浮上させる「語り」

本作はホールデン少年が一人称で語る構造。当時の若者の話し言葉で語り手が回想する。作中で半年ほど前と思われる出来事について語っているが、リズムと饒舌のため読むというより聞いているような気持ちにさせられる。
ホールデンは明示されない聞き手であるyouに向かって語っているが、youが誰であるかについては様々な議論がある。発表者は「読者」と仮設。
ホールデンは髪形、半分白髪など自分のことについてはわずかしか語らない。そのことが読者に「不信・不安を抱えた語り手」であることを印象付けている。

語りの特徴
1ありのままと思われるような会話調でテンポよく饒舌
2短く不完全な文が多い
3文法の間違いが見られる
4繰り返しが多い。(Goddamn237回)
5誇張表現が多い
6スラングを多用
7完全口語一致体の口調の中に鋭い社会批判を混ぜている(戦争や核への批判など)
8少年が主人公の小説においてタブーであった性に関する発言、軽快さに潜む死や不安に関する表現が混ざっている

発表者は以上の項目について用例を多数示すことで、サリンジャーが1951年当時の「若者らしさ」を付与するために凝らした工夫を解き明かしたうえで、「メッセージ」を小説内に忍ばせ、ホールデンを不安のにじむ、分かりにくい語り手とすることで、却って魅力を増すことに成功したと結論付ける。

■ネコパパ感想

英語がだめなネコパパには、多数の原書からの引用の是非を判断したり、そこから感想を述べたりすることは不可能ですが、理解の範囲内では説得力のある正統派の論考と感じました。
熊谷氏の発表で瞠目させられたのは、サリンジャーがすでに1944年から本作の原型となる短編を4作も雑誌に発表していたこと(他にも未発表作品があるらしい)。しかも最初は三人称で書かれていたという事実です。流麗で饒舌、一気に書かれたような気分を発散させている本作が、実は長い年月をかけてじっくりと醸成されたものだったんですね。
自作の発表、公刊については厳選主義をとったサリンジャーで、死後もその流儀は権利者によって守られているようですので、困難なことかもしれませんが、未発表作品も含めた「ホールデン」ものの集大成版が企画されるなんてことはないでしょうか。あれば、真っ先に読みたいのですが…

追伸
半田さんの言葉の中に、His Dark Materialsの主人公ライラの名前Lyraには、既に「嘘Lie」が含まれている、というのがあって、なるほどと思ったのでしたが、
はて、そういうことならサリンジャーのThe Cather in the RyeのRyeにも綴りは違うけれども何か関連性を見つけることができるのでは…とふと思いました。
ならばホールデンにとって「ライ麦畑」は「虚に満ちた世界」の隠喩で、彼はそこから子どもたちを救う「捕手」「助っ人」になりたかった。そんな意味が隠されたタイトルなのかもしれない…そんな妄想も湧いてきました。
言葉というのは、ほんとうに面白い。

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コメント

コメント(2)
No title
はぁ、「神秘の短剣」のナイフの切れ味、たしかに読者にとっても、「痛い」感じがいたしました。フィリップ・プルマンの小説には、児童文学にはちょっと不穏当な激しいものが含まれます。His Dark Materialsシリーズだけでなく、Sally Lockhart四部作にも同様の「怖さ」がありました。大人を真剣にさせる何かでもあります。

新しく始まった「ダストの書」三部作が今後どう展開していくのか、興味津々なのですが、上記の「痛み」「怖さ」というのは、承前編である第1巻中にも、随所に現れています。
例えば本作での、悪党villainの描写が、並の類書とは違います。悪党は悪党の顔をしておらず、そのくせ猛烈に怖いのです。
ちなみに、フィリップ・プルマンさんのお顔を写真でしげしげと拝見すると、どう見ても牧歌的な物語を語る好々爺という感じではありません。むしろ、こういうことを云っちゃっていいのか、みっちには、恐るべき陰謀を企む大悪人みたいに見えます。(笑)

みっち

2017/11/13 URL 編集返信

No title
> みっちさん
うーん、新三部作がますます読みたくなりましたね。半田さんにその話をしたらもちろんご存知でしたか、注文中でまだ届いておらず未読とのこと。みっちさん、ブルマンの研究者よりも速いですよ!「悪党は悪党の顔をしておらず、そのくせ猛烈に怖い」…コールター夫人の描き方をみれば、それは十分に想像できます。
ブルマンさんの肖像、一見実業家風のおじさんですが、たしかに怖いです。どこがと言われると、目が。それはまさに「痛い」別世界の入り口のように横に大きく、暗いものを秘めているようです。

yositaka

2017/11/13 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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