ムラヴィンスキーの「田園」②1962年レニングラード

旧ソビエト連邦を代表する指揮者ムラヴィンスキーは、「田園」の録音を4種類残している。

①1949年3月29日 モスクワ
②1962年3月20日 レニングラード・フィルハーモニー大ホール
③1979年5月21日 東京文化会館
④1982年10月17日 レニングラード・フィルハーモニー大ホール

今回は②を聴いてみる。
これは1995年、アメリカのマイナーレーベルであるロシアン・ディスクから初めて発売されたもの。カップリングはドビュッシークラリネット狂詩曲交響詩「海」で、同時期のライヴ録音である。

ベートーヴェン
交響曲第6番「田園」

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
米ロシアン・ディスク CD(国内盤仕様 KKCC6529 / XAT-1245236873)




第1楽章 9:24
49年盤とは違って、柔らかく穏やかな響きで開始される。
しかし、きっぱりと切れるフレーズや、切れのよいクレシェンドなど、基本的な解釈は変っていない。オーケストラの反応が良くなり、指揮者の意図を自然に汲み取れるようになってきているようだ。
それが特に感じられるのは木管群で、きめ細かい強弱の表情が光る。再現部の第1テーマでは大きなクレシェンドとともに力強さが表出されるが、コーダでは再びじっくりと抑えた音で楽章を締めくくる。
これを聴いていると、ムラヴィンスキーの魅力は弱音のニュアンスにあって、年を経るごとにそれが磨きぬかれてきたことが改めて感じられる。

第2楽章  13:21
音もテンポも押さえた表現である。
レニングラード・フィルの弦、とくにヴァイオリンの艶やかさが美しい。さらりとした流れの中にも、聴いたことのない歌いまわしや微妙なテンポの動き、強弱のコントラストが顔を出す。木管も、49年盤のクールさとは打って変わって、感受性豊かな指使いで音楽を楽しんでいる様子が見えるようだ。
録音はよいとは言えない。
古びたモノクロ写真のようで、音量が上がると荒れ気味になる。客席からの会場雑音も多い(この会場はいつもそんな感じ)。でも、不思議と各パートの分離や細部の動きはよく聴き取れる。

第3楽章 5:37 
明るい音色で、活気のある農民の祭りの音楽が展開する。
49年盤よりずっと「それらしい」スタイルに変っている。オーボエ、ファゴット、ホルンの三重奏にも力みは無く、トリオは一気に加速する。

第4楽章 3:38
49年の特異な演奏に比べると、ずっと「普通に立派」な演奏だ。
弦と管のバランスがよくなったこともその一因か。トランペットやティンパニも、無理な強奏はないものの、十分なボリュームで響かせる。弦楽器の多彩なリズムや強弱の弾き分けも、良く耳を澄ませれば、やっていることに気づく。ここではそれが全体のサウンドに自然に収まっているようだ。それを「物足りない」と感じるかどうかは微妙だが…

第5楽章 9:43
冒頭主題はやはりレガート気味に、これまでの楽章とは別次元の感情移入が聴き取れる。そのままクレシェンドして反復したあと、一気に音を強め、輝かしい強奏で再現される。
これ以降は、めまぐるしく移り行く弦楽器主体の表情の変転が続く。「田園はフィナーレが肝」という姿勢を、ムラヴィンスキーはまったく崩していないようだ。
ただ、この二回目の録音では、音楽の流れがとてもリラックスしていて、自然である。あるときはおおらかに、上機嫌に、またあるときは一転して物思いに沈むように弱音を強調する。中身のぎっしりと詰まった演奏が続いた後、テンポを落としたコーダへ向かう。。祈りのコラールではルフトパウゼもあらわれる。

やや前衛的に尖った音楽だった49年盤から14年、ムラヴィンスキーの『田園』は、本来の曲想にずっと寄り添った表現に変貌していた。


この録音をリリースしたロシアン・ディスクについて、もう少し補足しておきたい。
1990年代前半に多くの旧ソビエト音源を発売し、新録音にも積極的だった会社である。一時は国内盤仕様でも発売されていた。
ここが発売したムラヴィンスキーのライヴ録音は、これまで全く知られていなかったものが多く、初期の発売分には「アレクサンドラ・ムラヴィンスカヤ夫人の協力による」と明記されていた。それもあって日本のムラヴィンスキー・ファンには歓迎された。
しかし、のちに輸入元だったキングレコードは、傘下の国内レーベルALTUSを通じてムラヴィンスキー録音の大規模な発売を開始する。夫人とも直接連絡を取り、許可を得ての正規発売であったが、交渉の過程でロシアン・ディスクの話題が出て、これが無許可、無断発売だった事実が発覚。しかしその頃には、レーベル自体も、活動を停止していた。

音源の入手経路は、現在も不明だ。ムラヴィンスキーの弟子筋が流出させたとの噂もある。ソビエト崩壊からロシア共和国への移管期に起こった混乱に乗じた不正販売のひとつだったと思われる。
しかし、この「田園」など、正規音源で発売する価値は十分ある。
価値あるものは世に出るべきである。正規盤での復活を期待したい。

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コメント

コメント(4)
No title
こんばんは。私の持っているベートーヴェンの中に、ロシア語で書かれたの3枚組のBOXで第1番(1982)、第3番「英雄」(1968)、第4番(1973)、第5番(1972)、第6番「田園」(1982)、第7番(1958)の6曲で「英雄」と第7番はモノラルですがあとはステレオのライブ盤があります。解説のブックレットもすべてロシア語・・・レーベルは読めません・・
第6番「田園」は17.10.1982 と表記してありますので、この投稿の④と同じ音源ですね。
今回投稿された1962年盤は残念ながら聴いていません。1982年盤と、どう違うかチョット聴いてみたいですね。

1982年盤はライブですが、左右のステレオ感が凄い。音も良いです。「田園」の評価は私には難しいのですが、82年盤は全体的に落ち着いた演奏に感じるのですが・・・第4楽章は好演。。。落ち着いた中にも激しさがあります。
82年盤もお持ちでしたら、ぜひ投稿してください・・・

HIROちゃん

2017/09/13 URL 編集返信

No title
> HIROちゃんさん
1982年盤はメロディア録音ではなく、ソビエト国立ゴス放送所蔵の音源を、ビクターが契約して世界で初めて世に出したものです。ヨーロッパではその少し後にエラートが権利取得して発売しました。ムラヴィンスキーの4つしかないデジタル録音の一つです。
お持ちのセットは、おそらく混乱期にロシアで発足した復刻レーベル、ヴェネチアのものだと思います。HMVのサイトなどでは、マスターテープにアクセスした素性のよい音源と書かれていますが、具体的な契約ルートなどは不明です。
1982年盤も、近いうちに試聴記を書いてみたいと思っています。
ヴェネチア盤はありませんが、ビクター盤、エラート盤の両方を架蔵していますので、音質比較できるかもしれません。乞うご期待。

yositaka

2017/09/13 URL 編集返信

No title
> yositakaさん
たぶん、仰るヴェネチア盤ですね「VEHEUИЯ」とのロシア語の表記があります。MOCKBA 2006とあるので、多分2006年発売のものでしょう。レコード番号はCDVE34248です。

HIROちゃん

2017/09/13 URL 編集返信

No title
> HIROちゃんさん
ヴェネチア盤は再発もので、目新しい音源がなかったので私は一枚も購入していません。現在そのセットは廃盤ですが、ロシアでは再興したメロディア・レーベルが同様の企画を行っています。
もしかすると、ヴェネチアは現在のメロディアの母体かもしれませんね。

yositaka

2017/09/13 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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