ムラヴィンスキーの「田園」①1949年モスクワ

旧ソビエト連邦を代表する指揮者がムラヴィンスキーだった。
彼は「田園」の録音を4種類残している。

①1949年3月29日 モスクワ
②1962年3月20日 レニングラード・フィルハーモニー大ホール
③1979年5月21日 東京文化会館
④1982年10月17日 レニングラード・フィルハーモニー大ホール

順に聴いてみよう。
最初に①、これは4つの録音の中で唯一のセッション録音で、国営レコード会社メロディアによって録音された。
グレゴール・タシー『ムラヴィンスキー 高貴なる指揮者』(2009アルフアベータ)の巻末資料によると同年3月29日の収録。会場はおそらくモスクワ音楽院大ホールと思われる。



ベートーヴェン
交響曲第6番「田園」

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
新世界レコード  国内盤10インチLP(メロディア原盤)

第1楽章 8:50
速めのテンポでさくさくと進められる。音はドライでぱりっとしていて、すみずみまで見通しよく鮮明。ちょっとトスカニーニを思わせる。
情感を込めたり、繊細な表情をあえて避けて、スコアの音そのものを明確に描き出すことに専念しているようで、後年の魔術的とも言える独特の響きや音色を期待すると肩透かしを食う。
しかし、いわゆるロシア的な泥臭さを感じさせないところは、若い時期とはいってもやはりムラヴィンスキーである。

第2楽章  13:55
テンポを落とし、音量もぐっと抑えてじっくりと進めていく。
この楽章独特の管楽器パートはいずれもくっきりと聞こえる。なかでもファゴットは浮き出るように明瞭だ。しかし第1楽章と同じく、特別な表情は付けず淡々と吹奏されるため、感触が硬く、とつつきにくい感じもする。切り詰めた解釈であっても、奏者自身の自然な共感がもう少し伝わってもいいように思う。
後年のムラヴィンスキーを思わせるのは、コーダの小鳥の歌が終わった直後の弦のロングトーンで聴かれる一瞬の弱音。

第3楽章 
一転して軽快な速さとなる。管楽器の三重奏も、躍動するトリオも、インテンポで硬いくらいに鮮明だが、情景描写の味わいは希薄である。音の運動そのものを聴け、と言っているようだ。

第4楽章
ここへ来て音楽は突如、主張の強いものになる。
まず、楽器のバランスが特異で、ティンパニも金管も背後に押しやられ、弦楽器の合奏が前面に出る。その弦の強弱や色合いの変化がとても多彩で、まるで一小節単位で気分が変わる。基本的にこの楽章での弦のパートは細かな刻みの連続で、これほどの変化の可能性があるとは思ってもみなかった。

第5楽章 以上17:50
このフィナーレも濃厚である。冒頭から崩れ落ちるような独特のレガート奏法があらわれ、以後もこれまで耳にしたことがない、独特のねっとりとした節回しで進行していく。モノラル録音にも関わらず、第1、第2ヴァイオリンが掛け合いを演じている気配も伝わって来る。ともかく前半3楽章とは打って変わり、うねるような大きな強弱や、突然のスフォルツァンドが連続した挙句、沈み込むようにテンポを落として祈りのコーダに聴き手を導いていく。

ムラヴィンスキーの若き日の「田園」は、前半3楽章と後半2楽章が、まるで別の人物が指揮しているように異なっている。まだ曲のイメージが固まっていないのか、それとも後半に特別の思い入れがあったのか、そこはよくわからないが、後半2楽章では、他に全く類例のない、特異な解釈が聴けるユニークな録音なのは間違いないだろう。
40年代のソビエト録音としては、鮮明なサウンドで収録されている。

今回試聴したLPは東京・神保町でソビエト録音のレコードを輸入販売していたレコード店「新世界レコード」が国内盤として制作したもの。おそらく1950年代の発売と思われる。私がクラシックレコードを聞き出した1960年代末頃は、「新世界レコード」は日本ビクターの販売するレーベルの一つとなっていて、相当量のメロディア盤を流通させていた。
当時の日本人は、同レーベルによって日常的にソビエト録音に親しんでいたが、西側諸国としてはかなり例外的なことだったらしい。
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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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