娘にエール!




3月某日
娘が上京し、慣れぬ一人暮らしを開始している。
仕事も生活も大変な様子ながら、すでに友人も遊びに来たり、
かねて作品を見て感心していたアニメ作家の個展に出かけるなど
生活基盤も少しずつ固まってきたようだ。しかし
一週間分の夕食をまとめて作っておく…などというあたりは
適当な性分が私譲りといえようか。
苦笑しながらも、応援を送るばかりだ。

娘とは、これまで何かといえば、アニメや漫画や絵本についての会話に現を抜かしていた。
父親としての指導姿勢がなっていない、と妻に何度もあきれられたものだ。
娘が今の仕事についた理由が、それが昂じてのことだとすれば、
責任は重いといわねばならない。
だが、すべてはこれから。仕事は忙しいが楽しげで、手がけた作品第一号がさっそく世に出るという。
多忙な中にも生活ぶりを欠かさずプログやメールで伝えてくれるのもありがたい。
お手並み拝見といきたい。

先日、生徒たちとひとつの詩を読んだ。吉野弘「奈々子に」。
そうだ。思い出した。
この詩に出会ったのは、高校を卒業して間もない頃。私にとっていろんな意味で寒い春の到来だった。
やなせたかし編集の雑誌「詩とメルヘン」の初期の号。
当時、深夜番組でDJを勤めていたやなせ氏が、番組内でその雑誌を紹介しいたのを聞き、興味をそそられて購読したと記憶する。
吉野弘の詩の小特集があり、静寂な美しさに虚無感を漂わせた味戸ケイコの絵が一篇ごとに一枚、添えられていた。
「I was born」「夕焼け」「雪の日に」そして「奈々子に」
日常的な言葉を連ねながら、まさしくその言葉でしか言い表せない、深く苦く、いとおしい人間の心性が表現された詩の一群で、
どれも深く沈みこむように私の「腑に落ちた」

赤い林檎の頬をして
眠っている 奈々子。

お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり
奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにも ちょっと
酸っぱい思いがふえた。

唐突だが
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。

お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。

ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。

自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。

自分があるとき
他人があり
世界がある。(以下略)

「多くを期待せず」
しかも「自分を愛する心をあげる」
人を育てるとは、まさにこういう行為なのだ。
長じて人を育てる仕事にかかわり、さらに長じて自身も親となり
ここまできているのだが、
そんな自分を支え、動かしてきた源泉に、この詩の一節があった、と今になって気づく。
娘にもまた、あらためてこの詩をおくりたい。

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コメント

コメント(2)
No title
詩とメルヘンのおもいで、お嬢様のお話、読ませていただきました。
うらやましいほど、あたたかいお話。

やなせたかしさんが、DJをなさっていたのですね。
「詩とファンタジー」という詩とメルヘンのこころをつないだ
雑誌を、やなせたかしさんが、創刊されています。
ながいあいだの、ご活躍ですばらしいです。

詩とファンタジーファン

2008/03/14 URL 編集返信

No title
コメントありがとうございます。
先ごろ発行された『詩とファンタジー』
読ませていただいています。
かつての『詩とメルヘン』の同窓会のような内容で、
懐かしさを感じながら読んでいます。
やなせたかし氏
ほんとに息の長い活動をされ、
マンガと抒情詩の世界で一つのジャンルを作った
個性あるアーティストですね。
決してアンパンマンの作者としてだけ残る人物ではないと思います。

善高

2008/03/16 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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