パン屋「郷土愛不足」で和菓子屋に

2018年度から教科化される「道徳科」教科書検定の状況が報道されました。
驚きの内容です。

パン屋「郷土愛不足」で和菓子屋に 道徳の教科書検定
前田育穂、菅野雄介 木村司、沢木香織
朝日新聞デジタル20173242315

ー以下、抜粋して引用。

初めての小学校道徳の教科書検定が終わり、8社の24点66冊が出そろった。本来、「考え、議論する」を掲げたはずなのに、文部科学省が検定過程で付けた数々の意見からは、教科書作りに積極的に関与しようとする姿勢が浮き彫りになった。




 
「しょうぼうだんのおじさん」という題材で、登場人物のパン屋の「おじさん」とタイトルを「おじいさん」に変え、挿絵も高齢の男性風に(東京書籍、小4)▽「にちようびのさんぽみち」という教材で登場する「パン屋」を「和菓子屋」に(同、小1)▽「大すき、わたしたちの町」と題して町を探検する話題で、アスレチックの遊具で遊ぶ公園を、和楽器を売る店に差し替え(学研教育みらい、小1)――
いずれも文科省が、道徳教科書の検定で「学習指導要領の示す内容に照らして、扱いが不適切」と指摘し、出版社が改めた例だ。
おじさんを修正したのは、感謝する対象として指導要領がうたう「高齢者」を含めるためだ。文科省は「パン屋」についても、「パン屋がダメというわけではなく、教科書全体で指導要領にある『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という点が足りないため」と説明。「アスレチック」も同様の指摘を受け、出版社が日本らしいものに修正した。
「ここまで細かいとは」。各社の編集者はこうした検定のやり方に戸惑う。
 
検定に臨んだ8社は、2015年に告示された指導要領が学年ごとに定める「節度、節制」「感謝」「国や郷土を愛する態度」など、19~22の「内容項目」を網羅することを求められた。
学校図書(東京)の編集者は指導要領やその解説書を読み込み、出てくる単語をリスト化。本文や挿絵、設問に漏れなく反映されているか入念に点検したが、それでも項目の一部がカバーされていないという検定意見が数カ所ついた。別の出版社の編集者は「単語が網羅されなくても、道徳の大切さは伝えられる。字面だけで判断している印象だった」と不満を口にする。
最終的に、検定では8社の計24点(66冊)の教科書に誤記や事実誤認を含めて244の意見がつき、このうち43が指導要領に合わず、「本全体を通じて内容項目が反映されていない」などの指摘だった。
各社は指摘に沿って本文やイラストを修正したが、これまで検定の対象外だった副読本より、「横並び感」が強まった。
 
中身だけでなく、文科省は教科書を使った授業のやり方にも注文をつけた。
出版社は教師が指導しやすいようにと、読み物の冒頭や末尾に設問を入れるところが多かった。そんな中、低学年向けの教科書だけ、あえて設問を入れなかった社もあった。「指導の自主性を尊重したいという考えから」(編集者)だったが、指導要領が定めた「問題解決的な学習について適切な配慮がされていない」という意見がついた。
最終的には、設問を挿入して検定を通ったが、編集者は「設問をあらかじめ示すことは、読み手の子どもに先入観を与え、読み方を規定することにつながりかねない。『考える道徳』に反しないか」と疑問視する。
横並びの印象が強いのは検定だけが理由ではない。出版社側の思惑もある。
各社が学年ごとに掲載した約30~40の教材には「定番」が目立つ。文科省の副読本「私たちの道徳」や旧文部省の道徳指導資料などにある教材を全社が引用。「はしの上のおおかみ」「花さき山」「ブラッドレーのせい求書」「雨のバス停留所で」「手品師」などは全社が掲載した。このほか、4社以上が採用した資料も少なくとも16ある。
複数の出版社は「現場の教員から『授業の実践例が豊富な定番を使いたい』という声が多い」とし、「採択されるには、多くの先生が教えた経験のある教材を一定程度入れるしかない」(編集者)と打ち明ける。
全ての教科書が扱った「いじめ」関連の内容では、ネット社会を背景に、ネットいじめについて学ぶ読み物が並び、仲間はずれにされる場面を演じるコーナーを設ける教科書もあった。(前田育穂、菅野雄介)
 
小学校道徳の「22の内容項目」(学習指導要領による)
善悪の判断、自律、自由と責任▽正直、誠実▽節度、節制▽個性の伸長▽希望と勇気、努力と強い意志▽真理の探究(5、6年生のみ)▽親切、思いやり▽感謝▽礼儀▽友情、信頼▽相互理解、寛容(3年生以降)▽規則の尊重▽公正、公平、社会正義▽勤労、公共の精神▽家族愛、家庭生活の充実▽よりよい学校生活、集団生活の充実▽伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度▽国際理解、国際親善▽生命の尊さ▽自然愛護▽感動、畏敬(いけい)の念▽よりよく生きる喜び(5、6年生のみ)


 
この記事の内容だけでは、具体的な検定の様子はよくわからないのですが、
少なくとも、教科書編集者が想定していた「傾向と対策」は理解でき、
検定委員も、どうやら想定どおりの動きをしていることは伝わってきます。

■「小手先」の単語差し替え

>指導要領やその解説書を読み込み、出てくる単語をリスト化。本文や挿絵、設問に漏れなく反映されているか入念に点検した。
>それでも項目の一部がカバーされていないという検定意見が数カ所ついた。

…ということは、検定委員も「リスト化→網羅チェック」が主な作業と言うことになります。そして、ほとんどそれがすべてではないか、と推測されます。なぜなら

>パン屋の「おじさん」とタイトルを「おじいさん」に変え
>アスレチックの遊具で遊ぶ公園を、和楽器を売る店に差し替え

ることで、どうやら検定をパスしたらしいと読み取れるからです。
関連する「単語」さえ使用されていれば、それが「小手先の差し替え」であろうとかまわない、それが検定委員の考えで、編集者もそれを承知して、あっさり差し替え一件落着、ということでしょうか。

しかし。
授業をする教師の立場で言えば、テクストの変更は重大事です。
ネコパパを例にとれば、道徳の授業にはたいてい「一枚絵(あるいはペープサート)」を使います。
登場する人物の顔、姿、表情を描きながら、テクストと合わせて、その人の「人生」をできるだけ踏み込んで想像します。
書かれていることからわかることは隈なく、場合によっては書かれていないことも想像します。
取り上げる人物が、かけがえのない人生を生きる、血の通った「個人」として自分の前に立ち上がってこないと、授業に取り上げる自信や確信は生まれてこないからです。すくなくとも私はそうなのです。
例えば「パン屋のおじさん」と「おじいさん」では、授業構想は別物になるでしょう。「人生の年輪」が及ぼす印象は大きいですから、彼に対する子どもの感じ方、考え方も、大きく変わります。
「い」の一字だけの問題ではありません。

その、授業の拠り所となるテクストが、
題材とされた文章全体の内容や文脈の必然性も考慮せず、ただ単語リストを埋めるために差し替えられている
いやあ、知りたくなかった。
はっきり言って、がっくりきます。
ネコパパだけではない。道徳授業に力を入れている教師たちが聞いたら、研究意欲を喪失させるくらいの話ではないでしょうか。

それと、記事では全然問題にしていませんが、これは著作者の主体を無視した「改竄」にはあたらないのでしょうか。
ネコパパは道徳副読本の編集委員をしたことがあります。
作品掲載に著者の了解を取るのは大変で、見送った作品も多くありました。了解が取れたからといって、当然のこと、手を加えるなど、もちろん、論外です。
それからすると、この記事の内容は、ちょっと信じられません。
「教科書」というものはこんなに「変えたい放題」なんでしょうか。

これは、佐藤宗子さんの著作紹介で記事にした「再話」における「介入された読み」の問題に通じるものがあります。
もしかしたら、教科書検定の現場というものは、戦前どころか、大正時代から変わっていないのかもしれません。

■設問は省いたほうが効果的

また、記者や編集者は「読み物の冒頭や末尾に設問を入れる」ことが
授業のやり方にも注文をつけた」
と受け止めているようですが、
実は、この種の設問の提示は、従来の副読本でも、おおむね普通に行われてきた形式です。
これは、子どもに考える手がかりを与える機能もありますが、
どちらかといえば、むしろ指導する教師に、教材文とねらいの関連を明らかにするためのポイントを示す意味が大きいものです。

記載をとりやめた教科書編集者は、おそらく「子どもに中心発問を先読みされたくない」、つまりネタバレを避けたいと考えたのでしょう。
事前にそれがわかっていると、特に低学年の子どもには「先生に気に入られたい答え」をすぐ考え、模範解答を思いついてしまう子が少なくありませんからね。
「あたりまえにまっとうな、常識的な正答」を「本音の意見」に切り替え、「考え、議論する道徳」にするのは、実はなかなか大変です。
教師はひと手間もふた手間も必要になります。
ということは、編集者は現場の教師の気持ちや、子どものことが良くわかっている人物で、むしろ彼こそが問題解決的な学習について適切な配慮」をしている、と思うのですが…?

もちろん「教科書自体」に明示されなくても「教師用指導書」には、指導例も発問例も丁寧に書かれているはずです。本体だけをみて「適切な配慮」がないと談じるのは不適切と思います。
指導書には、近年の研究に基づく「問題解決学習」の方法を用いた指導過程が示されていることは、まず間違いありません。
ですから、設問を挿入すること自体は簡単です。
でも編集者は、現場の教師の気持ちも、子どもの心理もわからず、ただ横並びばかりを気にする検定委員に、きっと失望したでしょうね。

■定番資料ばかりでは…

昨年、道徳の教科化についてのセミナーに参加して、中央教育審議会委員のお話を聞く機会がありました。教科書についても
「これまでの道徳副読本とはまったく発想の違う、創意に満ちた教科書になるはずです」
とのコメントがあり、「本当かなあ」と思いながらも、期待する気持ちもありました。
でも、記事によると過去の副読本で多用された定番資料を多く採用しているようです。
定番資料が悪いとは思いませんが、そうなるとネコパパたちが長年取り組んできた、少しでも生徒に身近な、時代にフィットした資料を収集すると努力は、どうなってしまうのかな、と残念な気持ちが湧いてくるのも事実です。

実物も見ないで否定的な意見ばかり述べるのもなんですが…
文科省は、「考え、議論する道徳」を前面に押し出しながら、実際は別の方向に進もうとしているような気がしてきました。
下種の勘ぐりに終わればいいのですが。
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コメント

コメント(8)
No title
この問題を詳細にご紹介、かつ精緻なご検討を加えてくださり、ありがとうございます。
ご経験の深い専門家の見解として拝読しました。

> 関連する「単語」さえ使用されていれば、
> ただ単語リストを埋めるために差し替えられている
> …いやあ、知りたくなかった。
どうも文科省のやり方というのは、「単語」の些事にこだわりながら、その実、巧妙に、もっといえば狡猾に、「政治の流れに合わせた物語」の生成に腐心しているごときに感じます。

> これは著作者の主体を無視した「改竄」にはあたらないのでしょうか。
「修正」の際にいちいち作者(著作権者)に許諾を取るのでしょうか? ‥‥

また、この件は、「教科書検定」の本質の一端を明示するとともに、「道徳の教科化」そのものに議論が存することも重要でしょう。

へうたむ

2017/03/29 URL 編集返信

No title
> へうたむさん
これだけでは情報が少なくて、自信をもって発言できないのですが
>「政治の流れに合わせた物語」の生成に腐心
するほど深く考えてのことではなく、いたって事務的にことを進めているだけのような気がします。
それがかえってハンナ・アーレントの「悪の凡庸」を思わせて怖いです。

著作権について。教科書の採択作品については、筆者の了解をとらなくても原則として掲載可能と思います。もっとも出版社は道義的責任できちんと了解をとっていると思いますが…「訂正」についても同じことがいえるのでは。
以上の事情から、児童文学の研究者の中には「教科書」を「本」とみなさない立場の人もいます。納得できる話です。

yositaka

2017/03/29 URL 編集返信

No title
検定はソンタクの世界です。出版社はソントクを優先します。ですから、実物を見なくとも充分に予想がつきます。残念ながら。(以上は、予言です。)
当たるも八卦当たらぬも八卦桜咲く 蛙

シュレーゲル雨蛙

2017/03/29 URL 編集返信

No title
> シュレーゲル雨蛙さん
出版社も商売ですから、それは当然でしょうね。でもなぜか出版の分野では売れ行きを度外視して「良心」によって動くセクションも多く、世間も単なる「商売」とは見ていない。これも確かです。
教科書はどうか。ここもまた、商売と出版の良心が鬩ぎあう場でありながら、最終的に行政の意向に屈服する運命にある点がほかの分野と違います。
こんなことの繰り返しが、教育に関する言論にストレスをかけてきた。「おかしい」と感じる感覚を、麻痺させてはまずいと思います。

yositaka

2017/03/29 URL 編集返信

No title
小学校「道徳科」教科書初検定の問題に一言。わたしは「議論する道徳」に相応しい検定と思いました。
子どもたちに、「パン屋がダメで、和菓子屋がいい」と一部の大人たちは思っていますが、あなたはどう考えますか?
自分で考える素晴らしい道徳授業が出来ますね。

・パンには、アンパン、メロンパン、ウグイス豆パン、明太子パン、カレーパンなど日本で誕生したパンがあります。パン屋さんは「郷土愛不足」かな。
・優しくて正義の味方アンパンマンは、和菓子マンより郷土愛が足りないかな。
・保存料や着色料を添加する和菓子屋の隣に、自家製天然酵母や国内産小麦などを使い、乳化剤はじめ添加物を入れないで頑張るパン屋ができました。あなたはパン屋が無くなってほしいですか。

・先生は和食はもちろん、イタリア料理や中華料理も大好きです。クラシックやジャズなどの音楽も大好きです。そんな先生は、「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ」人よりダメですかねぇ。

ひきこ杜

2017/03/31 URL 編集返信

No title
> ひきこ杜さん
コメントありがとうございます。いやー、まさに私のやりたいのはそんな道徳の授業です。今朝の朝日新聞でも「パン屋」と「和菓子屋」を並べて滑稽さを指摘する記事が掲載されていました。この記事も、教科書本文と合わせて提示すれば、問題提起を促すよい「補助資料」になるはずです。
広い視野と発想の軟さが現場の教師に求められる時代だと思います。
ネコパパもそんな若手を育てたいと思っています。

yositaka

2017/03/31 URL 編集返信

No title
教育基本法の改正にそって検定した結果だろうと思います。
一国の指導者の奥様が、園児が教育勅語を唱和する学園を良い学校と認識していますから。

チャラン

2017/03/31 URL 編集返信

No title
> チャランさん
一国の指導者の奥様は、ご主人がなんといおうとやっぱり公人のような気がします。彼女の個人的な思想が社会的に影響力を持ってしまうのは、内容のいかんにかかわらず好ましいことではないですね。
教育基本法と学習指導要領は性格が違いひとくくりにはできません。法律と違い、10年ごとに「改正」される指導要領の内容が教科書に直結するのです。

yositaka

2017/03/31 URL 編集返信

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Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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