村上春樹、「シンデレラ」とケストナーを語る

村上さんのところ』書籍版から、もう少し紹介を続けてみたい。



質問178
のどうしても、わたしには、
まだにわからないことがひとつあって。それをむらかみさんにごそ
だんします。シンデレラのものがたりでガラスのくつだけが12じをすぎても、
っと、なぜかぼちゃにもねずみにもならずにガラスのままなのでしょうか?
こたえいたただければさいわいです。
あいうえおをあたまにして5ぎょうでよろしくおねがいします。(女性、64歳 無職)
 
▼…
れはもともとカラスの靴だったのです。カラスの羽を
っぱい集めてきて、素敵なフェラガモのパンプスに変えました。
まくいったと思ったら、もう十二時。カラスの靴に戻るべきところが
ーと、あれはカラスだったか、ガラスだったか、
もい出せずに、魔法使いは結局ガラスの靴にしちゃったんです。
っこ悪い間違いですが、そのおかげで王子様は
れいなシンデレラと一緒になることができました。
まもきつねも大喜びしました。
っこうなことですね。
んこん。…


 
★これも「引用」と「追加」が巧みな「新しい物語」の好例だ。
なぜ最後が「こんこん」なのかといえば、「カラス」からの連想で「くま」と「きつね」が登場してきたから。昔話ではおなじみの面々。それにしても村上氏、「桃太郎」のところでもでてきたように、カラスもお好きのようである。

 
質問330
▽編集者志望で、読書量が少ないのではと焦る高校生からの質問…
村上さんの作品のほかにはスタインベックやケストナー、坂口安吾の小説が好きです。…『カラマーゾフの兄弟』も『戦争と平和』も楽しく読めたけど、村上さんが僕くらいの年のころには世界文学全集なんかもうとっくに読み終えて洋書まで読んで痛んだと考えるとふあんになり、そんな気持ちでは楽しめないとわかっていつつも、焦って新しい本に手を出してしまいます…

▼…読書と言うのはたくさん読んだから偉いというものではありません。読んだ本がどれくらい自分の「血肉」になっているのかということがむしろ大事なんです。例えば本の中に出てきた風景がどれくらい自分の中に残っているか?(中略)読んだ本の数よりは、あるいは薀蓄みたいなものよりは、そういう心にかたちとしてしっかり残るものが、後になって本当に役に立ちます。
ケストナーといえば、この間ドレスデンでケストナー博物館に行ってきました。なかなか素敵なところだったですよ。ケストナーの家は割合貧乏だったんだけど、近所に居る叔父さんがお金持ちで、よくその家に遊びに行っていたそうです。その叔父さんの家が今では博物館になっています。ケストナーの本って、どれも出だしの文章がいいですよね。
 
★シュレーゲル雨蛙さんと話すと、自分はほんとに読書が足りないなあと思う。
まだ16歳の質問者の焦りも、わかります。村上氏の言う「心にかたちとしてしっかり残る」読書って、年をとるほどできなくなる気がする。若いうちの濫読って、やはり大事だ。
ところで…村上春樹もケストナーの読者だったんだ。
ドレスデンにあるこの博物館は、20137月に訪問したので、ネコパパもちょっと得意気に。
お金持ちの家という感じはそれほどしなかったけれど、そんなところがエーリヒ少年は好きだったのかもしれない。



 
質問284
▽私には五歳の息子がいますが、これが毎日毎日絵本を読んでくれとせがんできます。そこでフト思ったのですが、子どもだけでなく大人や老人も含め、人はなぜ物語を読みたがるのでしょうか。小説や絵本のみならず、テレビドラマ、映画、漫画、アニメ、演劇などなど、世の中は物語にあふれています。人はなぜこんなにも物語を欲するのか?疑似体験がしたいのか?共感したいのか?考えると不思議です…(男性 44歳、会社員)
 
▼僕らは何かに属していないと生きていくことができません。僕らはもちろん家庭に属し、社会に属し、今という時代に属しているわけなんですが、それだけでは足りません。その『属し方』が大事なのです。その属し方を納得するために、物語が必要になってきます。物語は僕らがどのようにしてそのようなものに属しているか、なぜ属さなくてはいけないのかと言うことを、意識下でありありと疑似体験させます。そして他者との共感という作用を通して、結合部分の軋轢を緩和します。そのようにして、僕らは自分の今あるポジジョンに納得していけるわけです(あるいは納得できない人は納得できるポジションに向けて進んでいきます)。それが物語の持つ大事な機能の一つであると、僕は基本的に考えています。もちろん物語にはそればかりでなく、他にもいくつかの大事な機能がありますが、とりあえず。
 
★五歳の子どもが読み聞かせをせがむ様子を見て、物語の意味に疑問をもつ。「村上主義者」らしい発想だと思う。「物語」のとらえ方も広い。
そして回答。村上氏は『新しい物語』は「引用」と「追加」で生まれると説いているが、これは古いも新しいもない、より本質に迫った考察だ。
人は「属している何か」との「結合部分の軋轢を緩和」するために物語を欲する。うまいこと言うなあ!
物語とは「結合部分」を「ありありと描く」もの。
よくできた物語は「ここがあなたの生きる場所。あなたは生きていて良いのである」と語りかけるもの。
「属する」ものがまだ不明瞭な子どもが、熱烈に物語を欲するのも、当然かもしれない。
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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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