第71回日本口承文芸学会研究例会⑤「伝統文化」と学校教育…村上鮭文化の調査から



「伝統文化」と学校教育の実践  ──新潟県村上市の場合──
矢野敬一(静岡大学)
 
新潟県村上市の郷土の伝統行事を題材とした教育(総合的な学習の時間)を取材した。
鮭漁で有名な土地で、現在地域と鮭のつながりに着目した郷土学習が行われている。
 
■郷土教育として定着した村上の鮭文化
村上市のゆるキャラ「サケリン




村上市の名産である「鮭」と「地酒」をモチーフに、キャラクターの身体(頭=鮭、胴体=酒)に重ね合わせ、様々な年齢にも親しみ易いキャラクターを表現しました。(村上市ホームページから)
 
当市は、江戸時代から続く居繰網漁が行われてきた、鮭料理が豊富な土地である。
 
三面川の鮭漁では、幅いっぱいに仕掛けられた柵(ウライ)の下流で、「居繰網漁」と呼ばれる伝統漁法が行われます。これは、三艘の川舟を川の流れに乗せてひし形に広げながら使い、一艘に漁師が二人ずつ乗り、先行する一艘は網に鮭を追い、後方二艘の前方(下流側)の一人は櫂で舟を操り、後方(上流側)の漁師は水中におろしたサイ縄を握り、川を上って来る鮭が網にかかると、舷を叩き呼吸を合わせて鮭を捕るという漁法です。(村上市ホームページから)




地元、村上小学校では、「村上大祭」など、街づくりイベントを積極的に授業で紹介し、子どもたち参加の体験学習が行われている。
4年生の塩引鮭作りの授業。
古くから伝わる伝統的な製法で、最盛期のオス鮭を厳選し、内臓を取り除いた後、塩漬け、塩抜きをして魚全体の塩加減を調整し、逆さづりにして厳冬の日本海の寒風下に7〜10日さらして乾燥。この学習は鮭加工会社の社員や保護者も多数参加して、みんなで料理やナワタ汁を賞味する。



 
■観光化と作られた「伝統」
しかし、この『伝統文化』は、地域全体の文化だったのか。
必ずしもそうではなかった。
村上は江戸時代から続く豊かな鮭文化を継承しているといわれるが、実際は、武士、士族と町人、漁民の利権は不均衡なものだった。
収穫された鮭は、たいへん高価で、なかなか庶民の手に入りにくい高級品だったが、権力者階級である士族は、特権として年60本もの鮭が無料で入手でき、それは彼らの生活を大いに潤わせた。
伝統文化と言っても、恩恵は士族だけのものだったのである。
戦後は、利権は崩壊し、漁協に入れば誰でも鮭が漁れることになった。しかしそれは乱獲を生み、鮭が大量に市場に出るにつれて価値、価格は大きく下がり、
1970年代には産業として枯渇の危機に瀕することになる。
保護・観光化が進められるようになったのは、近年のことである。
 
伝統文化として喧伝された結果、「村上の鮭料理は100種類ある」「鮭の留め腹は武士の切腹を避けるいわれがある」など、根拠が不明確で、最近になって広がってきたと思われる「言説」が「伝統」と見なされるようになった。



鮭の保護、人工孵化、古式の漁法などが先人の業績として喧伝される一方、歴史的な問題であった利権不均衡の問題は棚上げされ、今では地域発展の軸だったと語られる。当地で「世界で最初にサケの母川回帰性を発見した人物」として神格化されている青砥武平治の業績も、かならずしも明確なものではない。
 
■子どもたちの意識
総合学習として塩引鮭作りを体験した子どもたちの「伝統文化尊重」の意識は、高まったのだろうか。
学校から感想文を送っていただいた。おそらくは「できの良い子ども」のものを集めたであろう15人の文章の中に、「伝統」の語はほとんど見当たらなかった。
「伝統」とは何か。
内実は「イメージ」である。
高校生にとっては、15回続いた行事も{伝統}なのである。
そうだとすれば、ときどきの「大人の都合」に合わせて、適宜「上書き」されていくのも「伝統」なのだろうか。
教える側と教えられる側のギャップの大きさも問題である。
「伝統」とは、地域がアイデンティティを求める営みそのものなのかもしれない。
 
■ネコパパ感想
地域に伝わる文化、産業の「光の面」だけを残し、また装飾・美化して「誇るべき伝統文化」に仕立て上げていく。これが本当の伝統なのか…という矢野さんの指摘は鋭いものがあります。
全国各地で、このような「伝統文化」復興による村おこし、町おこしが行われているのかもしれない。
こんな状況で「棚上げ」された過去の歴史的事実を持ち出してこようものなら「場違い」「無粋」として難詰されかねません。そうしてみると観光資料に言う「伝統文化」と「歴史」はきっちり分けて考えなくてはならないのか…なんだかダブルスタンダードのようで、良い気持ちはしませんね。
 
ただ、子どもはやはりしたたかで、感想からもわかるように、装飾された「伝統文化」の概念に、安易に引っかかってくるようなことはなさそうです。
でも、彼らも成長し「地域を守る」担い手として意識を持ち始めたら、それは変わるかもしれない。
「歴史」は決してプラスの側面だけでできているのではなく「事実」でできている。そのことは子どもたちにしつかりと伝える責任が大人にはあると思います。
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コメント

コメント(4)
No title
私の故郷・北海道にも「鮭の山漬け」というものがあります。
物凄く塩辛い!北では「ショッパイ」と言います。
でも、味が凝縮されていて美味しい!
冬を越えるための保存食として、
昔の人は知恵を絞ったのですね。

飽食の時代を生きる私たちは、
後世に、どんな食の知恵を残せるのかしら。

今年も勉強させていただきありがとうございました。
よいお年をお迎えください。

ユキ

2016/12/28 URL 編集返信

No title
> ユキさん
今年は有益なコメントをいただき、ありがとうございました。
知恵を絞った保存性もお料理も貴重な地域の財産ですか、
きっちりと伝えていくには何かと問題もあるようです。
今回の学会では「目からウロコ」の内容がたくさんありました。来年も向学心で加齢を食い止めたいと思っています。
これからお立ち寄りください。

yositaka

2016/12/28 URL 編集返信

No title
矢野さんの伝承を見る目は、冷静でした。伝承に価値観をもぐらせるときに伝統や因襲という語が発動するのでしょうが、誰か(行政や制度を動かしているもろもろ、などか、あるいは空気か)が価値観をもぐらせようとしても、ネコパパさんがおっしゃるように、受け手は流してしまうことも多い。けれども、流されない場合は……。矢野さんは、きっとい受け手の動きの可能性をいろいろとシュミレーションしていると思います。これから先も長く注がれる村上への視線の、これは、いまここにおける途中報告なのだと、蛙は感じました。

シュレーゲル雨蛙

2017/01/12 URL 編集返信

No title
> シュレーゲル雨蛙さん
これが民俗学、口承文芸の研究領域だとすれば、町おこしをしようとしている地域も、地域振興策を進めようとしている行政からも「白い目」で見られかねません。このブログ記事一つにしても地元の人が読めばいい気がしないかもしれません。
しかし、長い目で見ればどうでしょうか。
歴史はいずれ、すべてを明らかにします。矢野さんがめざしているのは、未来の世代に恥じない事実を、曇りなく記録すること。それこそが研究者の仕事だと思います。

yositaka

2017/01/12 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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