第71回日本口承文芸学会研究例会③小学校国語教科書におけるヨーロッパ昔話



小学校国語教科書におけるヨーロッパ昔話について
久保華誉(外国民話研究会日本民話の会)
 
久保さんご都合で、立石展大さんが代わってご発表されました。えっ?

■顕著なヨーロッパ偏重 
光村図書版1年教科書「むかしばなしがいっぱい」の単元、外国編。
描かれている「昔話」は次のもの。



 
ドイツ…「ブレーメンの音楽隊」「ヘンゼルとグレーテル」「ハメルンの笛吹き」「オオカミと七匹のこやぎ」「白雪姫」「ラプンツェル」「金のガチョウ」
フランス…「長靴をはいた猫」「眠り姫」「シンデレラ」
ドイツかフランス…「赤ずきん」
イギリス…「ジャックの豆の木」「三匹の子豚」
ロシア…「三匹のくま」
ギリシャ(イソップ)…「ウサギとカメ」「北風と太陽」
アラビア地方…「アラジンと魔法のランプ」

創作…「青い鳥」(メーテルリンク)「裸の王様」「みにくいアヒルの子」「親指姫」「人魚姫」(アンデルセン)
 
見事にヨーロッパ産のものに偏っている。
中には複数の国に流布しているものもあるが、タイトルによって区別。同じ話でも「眠り姫」はフランス、「いばら姫」はドイツの呼び名である。
創作が5編も含まれており、概念の混乱がそのまま通ってしまう現実が見て取れる。

それにしても、このように地域に偏った「昔話」が教科書に選ばれているのはなぜだろうか。
理由は、明治期の教育にあったと思われる。

■教科書・読本による普及
明治期には、教科書・読本、修身教材、英語教材としてイソップ寓話、グリム童話、ぺローの「シンデレラ」などが盛んに使用されていた。
当時、教育界では、ドイツ、ヘルバルト教育主義が紹介され、それを応用した教育方法が、学校制度の黎明期、影響力を持つに至った。

ヘルバルトは段階的に教育を進めていく「四段階の理論
明瞭(個別の知覚)→連合(表象の連合)→系統(関係・秩序)→方法(応用)
を提唱した人で、教材として昔話が優れていると主張。
そのため、教科書、読本などで、ヨーロッパの昔話がさかんに使用され、やがて人口に膾炙したのである。
当時の文献で辿ってみよう。
 
明治33年 「修身童話八巻『こぶとり』」(開発社)にはグリムを原話とした「おてんばまめ」(原話「墨と豆と藁」)と、その「四段階の理論」に準じた指導法が掲載されている。同叢書は全九巻あり、他にも多くのグリム童話を援用した。
添付された「教授法」では、「応用段階」として、他人の憂を見て、楽しむ者はだれか。他人の憂を楽しむものは、如何なる目に逢うか。…等と解説されている。

明治30年 尋常小学校教科書「国語読本」(冨山房)坪内雄蔵(逍遥)著 イソップ「鳩と蟻」「ウサギと亀」「オオカミと少年」などを収載。



明治34年 「国語読本高等科女子用 巻1(冨山房)…坪内雄蔵「おしん物語(シンデレラのシンから)

当時は教科書以外のメディアからも子どもたちへグリム童話の普及が進んでいた。柳田國男が川越地方の昔話として収集したものが、実はグリムの話であったり、
巌谷小波が読み物として「少年世界」(博文館)に掲載した例も見られる。
※訂正
川越地方の昔話採集は、鈴木棠三(すずき・とうぞう)氏によるものとのことです。雨蛙さん、ご指摘ありがとうございました。

 ■今、語りの現場で
では、現在の状況はどうだろうか。
今全国では、語りのボランティアグループが数多く活動しているが、話の選択は伝統的な話にこだわらず、多様になっている。
東京都三鷹市で活動している「わたげの会」は、語った話や回数を細密にデータ化している貴重なグループである。
会の記録した2001年から2011年のデータを集約すると、昔話の話数も膨大で、採集された地域、国も多岐にわたる。
そのなかで、語られた回数の多い昔話を見ると、イラン、ミャンマー、ジャマイカ、スウェーデンなどのものが多い。

語った回数、ベストテンの昔話は以下のものであった。

腰折れすずめ…日本※
ひな鳥とねこ…ミャンマー
マメ子と魔もの…イラン
ふしぎなたいこ…日本★
アナンシと五…ジャマイカ
おいしいおかゆ…ドイツ
三枚のお札…日本
七羽のからす…ドイツ
ねこの家に行った女の子…イタリア☆
屋根がチーズでできた家…スウェーデン◎

出典
※おはなしのろうそく 東京子ども図書館
※こども世界の民話 実業之日本社
★ふくろにいれられたおとこのこ 岩波書店
☆子どもに語るイタリアの昔話 こぐま社
◎子どもに語る北欧の昔話 こぐま社



■ネコパパ感想
私たちの世代からみて「有名な昔話」というのは、明治期に広がったものが多かったのですね。
おそらくその普及には、「少年世界」など博文館の雑誌文化に乗って多数の「お伽噺」を普及させた巌谷小波の力も大きかったと思われます。
昔話もメーテルリンクやアンデルセンの作品も一緒くたになってしまったのも、このころからの「日本の伝統文化」だったのかもしれません。

しかし、教科書編纂者の「古い頭」とは対照的に、いわゆるストーリーテリングの現場では、「伝統文化」のような話ではなく、より子どもたちの感性に響く、「あたらしい選択」がなされているようです。
「わたげの会」ベスト10に選ばれている話のなかで、ストーリーがさっと思い浮かぶ話、いくつありますか?
ネコパパなんて、たったの三つでしたよ!
子どもの文化にかかわる人と、そうでない人とのギャップは、想像以上に大きくなっているのかもしれません。そして残念ながら、教科書編纂に携わる人々には、そのことがあまり周知されていないようです。




余談ながら…坪内逍遥が「シンデレラ」を「おしん物語」として紹介していたという話には、思わず笑ってしまいました。1983年に放送され大ヒットしたNHK連続テレビ小説「おしん」を思い出したからです。
極貧の少女を主人公にしたドラマのタイトルは、もしかしてここからの引用でしたか。
もっとも日本的とも言える素材と、フランスの昔話の結びつき。
これこそ「数奇な運命」です。
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コメント

コメント(4)
No title
立石さんのところで、脱亜入欧の文字を使いましたから、ここではそれは申しません。
さて、一つ上記の記事を訂正させてください。。川越地方の昔話採集は鈴木棠三(すずき・とうぞう)の仕事です。
シンデレラ譚の翻訳興味を持たれましたね。シンデレラは直訳すると「灰娘」。灰がシン、娘がデレラなわけです。ちなみに日本には、継子が男の子の昔話もあり、その子の名前はは一般に「灰坊」「灰坊太郎」などです。名づけ方が似ていますね。
新潟で小学校長をしていた水沢謙一さんはたくさんの昔話集を出していますが、その中に『越後のシンデレラ』という凄いのがあります。一冊丸ごと新潟県で自分が聴き集めたシンデレラ・ストーリーです(「糠福米福」などのことばで検索すると出てくるかも)。シンデレラの昔話の文献における古い例は9世紀中国の『酉陽雑俎』だということです。シンデレラ譚の分布は世界的です。シンデレラの世界的分布の研究(シンデレラ・サークルの研究)の歴史は古く19世紀英国のコックスさんという人の研究にまで遡れます。

シュレーゲル雨蛙

2016/12/21 URL 編集返信

No title
よく知られている(よく読み聞かせをする)外国の昔話って、ヨーロッパ産?が多いのだと、改めて感じました。
「おはなしのろうそく」は、お世話になっています。
それなりにイロイロ読みましたけれど、子供たちが好きなのは
①エパミナンダス
②スヌークスさん一家
③世界でいちばんやかましい音
というのが、ショボイ私の経験上の3作。
ストーリーの「力」を感じます。

ユキ

2016/12/21 URL 編集返信

No title
> シュレーゲル雨蛙さん
シンデレラが「灰かぶり」と訳されたりするのもそういう理由ですね。
ストーリーが共通する昔話が世界的に分布していることを知った時には、大変不思議に思ったものですが、国境などは人間が後から作ったもの、現実世界に接する「もうひとつの世界」は、どこにいようと一つなのですから、そこで起こることが共通なのは当然、という気もしてきます。
さて、英国人コックスさんはそれについてどうお考えなのでしょう。

yositaka

2016/12/21 URL 編集返信

No title
> ユキさん
私は絵本や紙芝居の読み聞かせはいくらかやりましたが、ストーリーテリングはからっきしでした。まったく空手で子どもたちに立ち向かう度胸がなかったのかもしれません。
「おはなしのろうそく」も数冊手元にありますが、「ネコに小判」です。その三作、遅ればせながら、読んでみようと思います。

yositaka

2016/12/21 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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