日本イギリス児童文学会第46回研究大会②マーニーとライラ



15:0016:00 研究発表C
「『想い出のマーニー』における孤独と承認」…東京女子大学博士前期過程終了 磯部理美


 
■アンナの孤独から承認への歩み
ジョーン・G・ロビンソン When marnie was there 思い出のマーニー(1967)ルーシー・ボストン、フィリパ・ピアスに連なるタイム・ファンタジーの系譜に位置する作品である。
幼いころ両親を亡くしたアンナは心に深い孤独を抱えていたが、親類の住む架空の村、リトル・オーバートンで出会った少女マーニーと交流することで自らのルーツを認め、自分自身を受け入れ、他者にも心を開いていく。
磯部さんは、テクストにあらわれるアンナの内面的な心情変化を、三つの観点を設定して分析。マーニーの住む湿っ地屋敷のもつ「場所の記憶」がアンナの孤独を解消していく過程を、原文を辿りながら緻密に考察された。

Ⅰアンナの孤独と境界barrier,inside,outside,monotonous―などの語にあらわれた「断絶」「切断」「阻害」「他者との境界」の表現例。
Ⅱ場所の記憶it is the essence of sense of place.―過去と現在を区別しない情景描写によって、過去と現在に連続する『湿っ地屋敷』の「時を超えた永続性」「安定感」や「アンナとの内面的・潜在的な繋がり」を表現。
Ⅲ過去の接続と承認it was something to do with how you were feeling inside yourself.―マーニーとの最後の会話の場面から自己回復に至る表現例。
 
■ネコパパ感想
タイム・ファンタジーの古典とばかり思っていた本作ですが、先行研究は少ないとのこと。まだまだこれから研究されるべき作品なのですね。
磯部さんの「テクストの解釈」による精緻な読みは大変興味深いものでした。英語音痴の私にも、言葉の魅力も伝わってきました。
ただ、言葉の抽出を判断する物差しが、読み手である研究者の「解釈」だけに置くのは、かなり冒険とも思います。

例えばinside,outsideに関係すると思われる言葉を精査して、章ごとの出現頻度を比較したり、タイムファンタジーの先行作品との非現実部分の描写を比較して本作の独自性を明らかにするなど、「複数の物差し」を活用することで、一層の実証性が生まれるのでは…と感じました。
私自身は、上野瞭の影響が強く、このタイプの作品では「入口」と「出口」のあり方、登場人物を「もうひとつの世界」に解き放ち、ふたたび「こちらの世界」に回帰させる「言葉の力」の発生源(エネルギー源)を見つけ出したいという「読み癖」があるのですが…磯部さんはどう思われるでしょう。


 
「『His ark Materialsライラの冒険シリーズ』における大人との分割線―Daemonをめぐって―」…白百合女子大学院 半田涼太




 ダイモンの肉体性
 Daemon「ダイモン」とは、His Dark Materialsの世界において人間が一人につき一つ持っている特殊な存在である。
それは人間以外の何かの生物の形をしており、その人(宿主?)の一部分というべき存在として描かれている。人の一部でありながら、異なる独立した意志を持ち、性別もほとんどの場合、本人とは逆で、「召使いのダイモンは犬」など、宿主の属性を表すこともある。
私たちの世界では、子どもと大人の区別は連続的だ。
けれどもダイモンのいる世界では、子ども時代には不定形だったダイモンが、大人になると特定の生き物の姿に固定する。ライラの世界では、ダイモンは子どもと大人を分割する指標なのである。主人公ライラの場合を見ると、性的な成長(異性愛を意識)がダイモン(バンタライモン)の固定のきっかけとして描かれている。
 
先行研究では、ダイモンは「魂(ソウル)」「超自我(スーパーエゴ)」といった人間の精神の比喩として論じられることが多かった。それには疑問を呈したい。
本文にはダイモンが「肉体的なもの」として描かれている部分も多い。人間とダイモンを切断して人間の純粋性を維持しようというコールター夫人らの実験場(ホルバンガー)の場面では、その切断が、肉体の一部を欠落させるものであるかのように説明されている。
また、本来宿主以外の人間が触れることは許されない(マナー違反、嫌悪感を伴う行為)ダイモンが、ときに他人に「触れられる」場面がある。
そうした個所では、極めて性的・肉体的な描写がなされていることに注目したい。ここではダイモンは明確に「肉体的なもの」として表象されている。これは、ダイモンが大人と子どもの分割線として描かれていることにも強く関連していると考えられる。

■ネコパパ感想
作品テクストから概念を抽出したり、描かれている事象の象徴的意味を考えたりするのは楽しいものです。
「ライラの冒険」に登場するダイモンは、本作でもとりわけ魅力的な存在。ポケットモンスターみたいな印象もあります。その人の魂や精神が動物の姿で描かれている、というのはわかりやすい説明ですが、私自身は、それよりもう少し自立性が強い子たちかな、と感じていました。
半田さんの言われる「肉体性でもある」という解釈は、一段と奥行きがあって、納得がいきます。

でも実際は、さらに多義的ではないでしょうか。
この三部作は、読み応え十分のハイファンタジー作品ですが、私見では「切る」ことの好きな作者だな、と思います。
人を本体とダイモンに切り分け、さらにボルバンガーで切断しようとしたり、この世の全てを切ることができる「神秘の短剣」が登場したりします。だから「痛い」描写も多い。その痛みに耐えながら世界の秘密を解き明かそうとするかのようです。ところがまずいことに、いくら切り分けてもその一つ一つが多義性を帯びてくる。その多層性が大きな魅力ですが、こんな「ウワバミ」みたいな作品の表現を分析研究するのはほんとうに大変ですね。
でもやり甲斐はありそうです。児童文学の古典となるにふさわしい作品ですし…半田さんの研究のご進展に期待します。
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コメント

コメント(2)
No title
フィリップ・プルマンという人は興味尽きない人です。
ライラ三部作には本当に圧倒されましたし、サリー・ロックハート四部作の印象も強烈、それ以外の小品もいちいち気になります。
イギリスの児童文学って、どうしてこう面白いのでしょう。
みっちは、ナルニア物語は嫌い(どう見ても、これは負のクリスチャニズムを感じます)ですし、トールキンにも今一つ乗りきれないものがあるのですが、プルマンは特別です。

みっち

2016/12/04 URL 編集返信

No title
みっちさん、私もブルマンは素晴らしい書き手だと思います。
ライラ三部作はイギリスでは児童書として出されたのに日本では一般書として発売されたため、スタンダード・ナンバーとしての在庫維持が困難になっています。続編が訳されないのもそこに理由がありそうです。
日本では児童書仕様の方が、一時の売れ行きは期待できなくても、長く版を重ねて読み継がれる可能性が高いのです。個人的には版権を児童書出版社に移動させるのが賢明と思っています。
「ナルニア」は大人の眼で読むと宗教色の強さが気になりますね。トールキンは「ホビットの冒険」のほうが好きで「指輪物語」はファンのための作品のように思います。

yositaka

2016/12/04 URL 編集返信

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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