カルロス・クライバーが息子のために演奏した「田園」

交響曲第6番ヘ長調 作品68 「田園」



1楽章 田舎に着いたときの爽快な気分(8:34)
2楽章 小川のほとり(12:19)
3楽章 田舎の人々の楽しい集い(2:49)
4楽章 嵐と雷(3:30)
5楽章 牧歌嵐のあとの喜びと感謝(8:27)

カルロス・クライバー指揮
バイエルン国立管弦楽団
1983117日、バイエルン国立歌劇場でのライブ録音
独オルフェオ(CD)
 
第1楽章
冒頭はそれほどのスピードは感じないが、すぐに加速、一気にアッチェレランドかかかる。まさに「馬車馬」のような速さだ。魅力がある。ヴァイオリンのフレーズなど、ただ早弾きするのではなく、フレーズの音圧の入れ具合、例えば途中から力を入れて、終わりの部分をぐっと伸ばすようにするなど、指揮者の呼吸感がストレートに伝わってくるところが面白い。
しかし、速さを維持したままのフォルティッシモには力みや荒れも聴き取れる。フレーズ間を詰めていることも、楽員の「必死」さを助長。曲調が穏やかになると十分抑えを利かすので、一本調子というわけでは決してないが…
バランスが弦楽中心で、音色が一色なのも、この曲では少し物足りないところだ。奏者たちの余裕のなさが固くきつめの音にあらわれている気もする。
 
第2楽章
ここも速め。弦の抑揚が豊かで、すうっと膨らみながら奏でられる第2テーマは触覚に訴える美しさだ。オーボエの音の硬さが初めのうちは気になるが、曲が進むにつれてテンポは落ち着き、フルートやオーボエの音を前に出すゆとりも出てくる。けれど終わりが近づくと、次第に速いテンポに戻り、遅れる木管もでてくるように。
音色は第1楽章と違って室内楽的な透明感を意識しているのか、内声部がスッキリ見渡せるのが良い。コーターの小鳥の歌が生々しすぎるのは録音のせいだろうか。

第3楽章
速い。フレーズを短く切り、鋭いリズムで駆け抜ける。トリオは低弦をゴリゴリ鳴らして踏み鳴らすように加速する。反復を省略して一気に嵐になだれ込む。

第4楽章
炸裂感のある演奏というに尽きる。ティンパニの強打もすごい。でも中間部は嵐というよりステップを踏んで踊るような表情で、クライバーが例の笑顔で楽しげに身振りする様が浮かんでくるようだ。

第5楽章
力尽きたような安堵感が楽員にも、指揮者にも。冒頭はホルンの入りがずれる。でもすぐ加速。どんどん、どんどん速くなる。間を詰めた進行に、弦楽器も疲れたのか、ときどきそれに追いつけない素振りも。けれども、音色や音圧の俊敏な変化はこの人だけの世界だろう。
コーダに至ってようやくテンポが少しだけ落ちる。
ホッとして、肩を落とすようにあっさりと終結…
 
しばらくの沈黙。
まばらな拍手が起こり、
それも止まる。
また、パラパラと。しかし今度は大きく高まり、歓声が上がり、叫びとなっていく。
そのうねりが会場を包み込む。

 
カルロス・クライバーが、「田園」を演奏会で取り上げたのは、これ一度だけだったという。
予定はあった。前年、198212月11日のウィーン・フィルの第5回定期演奏会(ベーム記念演奏会)で、ベートーヴェンの4番と「田園」を振る予定だった。
同じプログラムを4回演奏し、映像収録とレコード録音も計画。当時登り調子だった彼のキャリアを決定的にする機会になるはずだった。
しかし本番前日の10日、彼はリハーサルの途中突如、遁走。
「田園」のリハーサル中に「僕、この曲がわからなくなった」と呟いた…というエピソードも残る。
この事件は禍根を残した。
VPOは以後6年間、彼を出入り禁止にし、大手レコード会社は彼の録音から手を引く。
カルロスの「キャンセル魔」の病は一層ひどくなった。
そんな彼が事件の1年後に「田園」を取り上げた。息子のリクエストに応えたとの話もあるが、はっきりしない。
明らかなのは、死の床にあった彼自身が、発売を認めたことである。
 
CDの音源について。
オーケストラに保管されていた記録用音源は、部分的に劣化していたため、クライバーの息子に渡されていたカセット・コピーもマスターとして使用したとのこと。聞いてみると「カセットの音」がする。高音寄りでヒスがあり、ダイナミックレンジが狭い。
でも、多くの人に言われているほどひどい音ではないと思う。

最近オルフェオでLP化されたものがYOUTUBEで聴けるが、私の聴いたCDよりも細部の音の粒立ちが良いような気もする。
お試しください。


 
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コメント

コメント(8)
No title
才能はかなりあるものの、オケやコンサート、オペラを運営する側にとっては厄介な人物です。社会に適用できないところがこの人の不幸というべきでしょう。出禁が解除された後にVPOのニューイヤーに2回ほど登場していますが、常任指揮者がスタンバイしていたらしいですから、気骨の折れる人物でした。

SL-Mania

2016/11/26 URL 編集返信

No title
「キャンセル魔」ってたちが悪いです。(あぁ自分はライブ演奏は出来ない!)ということなら最初から公演の依頼を受けなければ良いんです。会場と楽団を確保しポスターを作って貼って告知して各種メディアを通じて宣伝しチケットを売って、となって以後に「やっぱり出来ん!」ではお粗末すぎます。
日本はカルロス・クライバーは最高の評価を得ていますが、私は(それほどでもないな、悪くは無いけれど)と思っています。
海外では日本ほど評価はされていないようです。

不二家 憩希

2016/11/26 URL 編集返信

No title
SL-Maniaさん、周囲はさぞかし迷惑だったことでしょう。一人で仕事ができないのが指揮者という仕事ですから、それで雲隠れをされたのでは…
しかしそれでも活動が続けられたのは、聞きたい人がいて、演奏させたい人もいたからですね。才能とはまったく恐ろしいものです。

yositaka

2016/11/26 URL 編集返信

No title
不二家さん、海外の演奏評はともかくとして、亡くなってすぐに2本のドキュメンタリー映像と大部の評伝が出版されたところをみると、話題の人物ではあったと思われます。
キャンセル魔は社会人としてダメですが、怪我の功名もあります。
1995年3月、BPOをドタキャンした彼に変わってギュンター・ヴァントが指揮。これが好評で繋がりが生まれ、シューベルトとブルックナー、7枚の優れた音盤が生まれたことです。
一方カルロスとBPOはこれで絶縁…4回依頼されて2回キャンセルしたのですから仕方がないですね。

yositaka

2016/11/26 URL 編集返信

No title
yositakaさん、こんばんは。このCD持っています・・・・
彼の「田園」にまつわる話・・・興味深く読ませていただきました。ドタキャンが多かった話は知っていましたが、息子のリクエストに応えたとの話は初めて聴きました。

クライバーの「田園」と言えば父のエーリッヒ・クライバーがコンセルトヘボウOを振ったデッカの録音もなかなかの演奏だと思うのですが・・・1

HIROちゃん

2016/11/26 URL 編集返信

No title
カルロス氏の音楽に対するこうした分裂気質は何となくわかるような気がします。
曲に対してこよなく完璧なおのれの表現を愛する気持ちとことごとく全否定したくなるような抑えきれない衝動が周期的に氏を襲っていたのではないでしょうか。
レコード会社はカラヤン的な仕事を期待したんでしょうが、まさにカラヤン的量産業務体制こそ氏が冷笑的にみていた憎むべく時代の批判対象だったんだと憶測します。

mae*a_h*210**922

2016/11/27 URL 編集返信

No title
HIROちゃんさん、息子のリクエストという話はどこかで読んだのは確かですが、出典が思い出せないのでとりあえずの記述です。ドタキャン1年後、自分へのけじめという気持ちがあったのかもしれません。
彼はファザコンとも言われ、演奏にあたって父の譜面を参考にしていた形跡があります。ベートーヴェン第7の第2楽章の終わりのピチカートや「ジプシー男爵」序曲冒頭のテンポ感など、間違いなく父の解釈の踏襲です。しかし「田園」は…
父クライバーの演奏を取り上げるときに考察してみたいと思います。

yositaka

2016/11/27 URL 編集返信

No title
老究さん、カルロスはインタビュー嫌いで自分の考えをあまり言葉にしなかったので、そのあたりは今後の課題だと思います。時が経てば事実は徐々に明らかになっていくでしょう。ただ個人的には彼は「カラヤン的量産業務体制」を冷笑していたというよりも、体質的に「スター」にはなりきれなかったのではないでしょうか。技量的にはほどほどでも、欲しいだけ練習時間を確保して、じっくりと演奏に取り組めるオーケストラ環境があれば、もっと多くの仕事を残せた気がします。

yositaka

2016/11/27 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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