みつあみの神様―希望と再生の物語?

みつあみの神様 




今日 マチ子
集英社
2013716日 933円(本体)+税
 

叙情派・今日マチ子が物語るもうひとつの、311以降の世界──。
海辺にぽつんと佇む一軒家には「あの日」からひとりになったみつあみの女の子が住んでいる。
洗濯バサミや枕たちが一日中かしましくおしゃべりしていることを知らずに──。
時代の空気感をリアルに描き出す今日マチ子が未来への願いをこめて綴る希望と再生の物語


 
ページをめくっていくと、柔らかな色調の、軽やかな絵があらわれて、童話風のストーリーが展開していきます。
洗濯物を干している、みつあみの女の子。
その間に洗濯バサミたちがけんかを始めます。互いに取っ組み合う彼らを、女の子はちょっと工夫して仲直り…というか、住み分けをさせる。
 
次は孵化した子ガメを守るゴム手袋の話
他人のために泡になることが嫌で家出した石鹸の話…とつづいて、擬人化されたモノたちが言葉を交わしながら、いきいきと動くさまが描かれていきます。
 
みつあみの女の子は一言も話さない。
彼女の住む小さな家の周りには、ほかに人影がありません。

読者がそれに気付き、これは何となくおかしいと思う頃合いを見計らったように、
突如現れる白い防護服に身を包んだ人々。
だんだんと見えてくる、荒れ果てた世界。
 
巨大な災害が襲い、壊滅した町に取り残された女の子。
そこは、生き残った人間が、まき散らされた害毒に抵抗して、さらに生き延びるために、抵抗力のある臓器や身体を育成し、移植に供するためにつくられた「牧場」だったのです。
モノとして取り扱われる人間。
生きている人間は一切の言葉を発しないのに、
死んで移植のための部品になると、そこで初めて「言葉」を取り戻す。
本作の、この世界観に気付いた時のネコパパの震撼は、まったく只事ではありませんでした。

前半、命なきモノを生きるもの、感情あるものとして描いていたことに、そんな伏線があったとは…
 
東日本大震災地の直後から書き起こされたこの作品は、
カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』と共通のモチーフを持っているのですが、それが大震災や原発事故と合わせて描かれるのですから、その絶望感は「希望と再生の物語」と呼ぶにはあまりに深すぎる気がします。

隣り合わせの脅威とともに生きる、私たちの実像に対峙させる本作が、
テーマとは裏腹に、軽やかさ、かわいらしさをベースとした絵柄で表現されることの、なんという凄み。
マンガというジャンルは、ついにここまでの表現を獲得したのか…

絵柄とは裏腹に、読者を選ぶ作品ではないかいう気もするのですが、
それでも、機会があれば、一度は目を通してほしい…お薦めの一冊です。



 
今日マチ子は、2008年デビューのまだ若い作家です。
手塚治虫文化賞2014年度新生賞を受賞された時のコメントを見つけたので少し引用してみます。

「己の力量をわきまえず、大きなものに向かっていってしまう悪い癖があります。だいたいの作品は、何か結末をつけるというよりは、格闘して、叩きのめされて終わってしまいます。まだまだ漫画家として学ぶべきことだらけです。とくに、娯楽作品としての完成度を上げることは早急な課題であると重々承知しております。それでも、わからないことを、漫画のなかで考え続けたい。一番小さい者であること。わからないということを手放したくないな。手塚治虫という作家の、常に挑みつづけた後ろ姿をみながら、私も必死でついていかねばならない」
(2014年の贈賞式小冊子から)
 
若さに似合わず、腰の据わった方とお見受けしました。
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コメント

コメント(4)
No title
3.11以降、文学者、哲学者、科学者等々、色んな人が色んなことを書いたものを、ほんのいくつか見た(読んだとはいえません)だけですが、心から腑に落ちるものには未だに出会っていません。
あれだけのことを描けるのは、ひょっとすると漫画・アニメの人かなと、どこかで思っておりました。
今度本屋さんで、とりあえず立ち読みしてみます。

gustav_xxx_2003

2016/09/28 URL 編集返信

No title
グスタフさん、今日マチ子さんは以後も大きなテーマで作品を描き続けておられます。「アンネの日記」を題材にした「アノネ」も読みました。
日記の部分よりも強制収容所での生活、内面の描写に重きを置いた衝撃的な作品でした。

yositaka

2016/09/28 URL 編集返信

No title
一昨年夏いわき市に行ってタクシーに乗って運転手から話を聞きました。いわき七浜というが今はあまり浜に海水浴に行かない。原発が怖いんじゃない。流されていった人たちが怖いんだ。だからここらの人は常磐ハワイに海水浴に行く。(着いた日ぼくは浜辺を歩きましたがそのときぼくは景色から地元の人の気持ちは気づきませんでした。)今日さんはきっと見抜いちゃう人なんでしょうか。今度読んでみます。

シュレーゲル雨蛙

2016/09/29 URL 編集返信

No title
雨蛙さん、ようこそ。海岸の話、胸に迫るものがありますね。しりあがり寿さんもそうですが、象徴的な表現は事実そのものとは別の迫り方で、読者の胸に楔を打つところがあります。作者自身も述べているように、これは幅広い読者に迎えられるタイプの作品ではありませんが、そのかわり長く読み継がれる力を持っていると感じます。

yositaka

2016/09/30 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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