森絵都を読む①永遠の出口

永遠の出口



森 絵都
集英社/2003.3.30
 
「私は、永遠という響きにめっぽう弱い子供だった。」誕生日会をめぐる小さな事件。黒魔女のように恐ろしい担任との闘い。ぐれかかった中学時代。バイト料で買った苺のケーキ。こてんぱんにくだけちった高校での初恋。どこにでもいる普通の少女、紀子。小学三年から高校三年までの九年間を、七十年代、八十年代のエッセンスをちりばめて描いたベストセラー。第一回本屋大賞第四位作品。
 
これは、主人公、岸山紀子の、小学校3年から高校3年までの10年間を10のエピソードで描いた連作短編集です。
物語は大人になった紀子の回想というかたちで語られていき、おおむね一章に一つづつ、学年を重ねていく仕組み。
文体は過去の自分を突き放すように、さっぱりとしてクール。
エピソードの中には、相当に「危ない」と感じられる場面もあるのですが、深刻にも、湿っぽくもならないのは、児童文学で鍛えたこの練達の文体のせいでしょう。

ただし、小中学校時代を描いた前半5編と、高校時代を描いた後半5編では、雰囲気が大きく変わります。
 
小学生時代の物語で描かれるのは、誕生会をめぐる同級生とのいざこざや、成績至上主義の担任に翻弄され、分断されようとした子どもたちが、結束して危機を乗り越えていく物語です。 
そのなかで、目立たないながら観察眼の鋭い、そこそこ正義感もある女の子として描かれていた紀子ですが、
中学生になると、劇的な変化が訪れます。
漫画「エースをねらえ!」に憧れて入部したテニス部が、自分に全く合わないことに気付き、幽霊部員と化すのですが、無理をしてラケットを買ってくれた親に、退部したい気持ちをどうしても言い出せない。
持て余した時間、町をふらついていた紀子は、ちょっと心惹かれていた「不良」男子の勇介と出会い、転げ落ちるように非行の道にはまってしまいます。

子どもの視点、大人である現在の紀子の視点に、
当時の大人社会が子どもを見る類型的な価値観も対比されます。
このあたり、読み応えのあるリアリズム児童文学を思わせる展開ですね。
 
それが後半に入ると様子が違ってくる。
描かれているのは、高校に進学し、少し大人に近くなった紀子が出会う、紀子たちには深刻な、でもちょっとちまちました日常です。
離婚の危機を迎えそうな両親を家族旅行で諌めようとする紀子と姉。

甘い夢を抱いて紀子がアルバイトを始めたレストラン<ラ・ルーシュ>で繰り広げられる大人たちとの打算と愛憎。
そして、名前の読み間違いから付き合いが始まった、紀子と保田くんとの不器用な恋愛の顛末。

このあたりは児童文学というよりも「青春小説」…かな。
語りの視点は高校生の紀子と一体化して、甘酸っぱい羞恥に満ちた感情があふれ出す。
 
それが終盤に入ると、処女作『宇宙のみなしご』のモティーフが再現するかのように、児童文学的な筆致が戻ってきます。
 
巻末の「著者略歴」にこんな記述があります。
『本書は、児童文学の枠を超えて綴られた初めての作品』
ネコパパは、ずっとそのことが気にかかっていました。なんとなくこれは、編集者の注釈というよりも、作者自身の作品に向かう姿勢と感じられたからです。
児童文学の「枠」とは。
「枠」を超えて綴られたとは、どういうことか。
「枠」というものがあるとしたら、いつ、誰がそれをつくったのか。
そんなことをちょっとだけ念頭に置いて読んでしまいました。

タイトル「永遠の出口」の意味は、本文4ページに書かれています。
 
いろいろなものをあきらめた末、ようやく辿りついた永遠の出口。
私は日々の小さな出来事に一喜一憂し、悩んだり、迷ったりをくりかえしながら世界の大きさを知って、もしかしたら大人への入り口に通じているかもしれないその出口へと一歩一歩近づいていった。
 
子どものころの紀子の泣き所は、もう「永遠に~できない」ということに人一倍の喪失感を感じることでした。
何かが起こるたびに紀子は焦燥し、歯を食いしばって泣く。
「取り返しのつかなさ」に過剰反応し、何度も何度も反芻する紀子は、
鋭い観察眼を持ちながら、自分を率直に表現することに不器用な少女です。

「無知で無力、そんで無邪気だったあの頃を再体験させてくれる感じが、心地よさと同時に、もうそこには戻れない一抹の寂しさを連れてくる」…サイトで見つけた、本書の感想の一説です。
ネコパパはもう初老といっていい男ですが、こんな読者にも訴えかける普遍性を『永遠の出口』は持っていると感じました。

できれば森絵都さん本人に、ご自身の考える「児童文学の枠」とはどんなものなのか、聞いてみたいものです。
 
追伸
プロフィールを拝見して、森さんがアニメ『エースをねらえ!』のシナリオに携わっておられたことを初めて知りました。
『永遠の出口』の素材として、それがちょっと皮肉な使われ方をしていることが面白いと感じました。

森絵都:プロフィール

もり えと。
1968年4月8日東京生まれ。東京在住。女性。

日本児童教育専門学校・児童文学科を卒業後、アニメーションのシナリオ(映画『ブラックジャック』『エースをねらえ!』など)を手がける。
「本名でなければなんでもよかった」ペンネームの名付け親は親戚のおばさん。
1991年第31回講談社児童文芸新人賞を受賞した『リズム』がデビュー作となる。同作品は第2回椋鳩十児童文学賞も受賞。
『宇宙のみなしご』は、第33回野間文芸新人賞、第42回産経児童文学出版文化賞、ニッポン放送賞を受賞。
『アーモンド入りチョコレートのワルツ』で第20回路傍の石文学賞、『つきのふね』は第36回野間児童文芸賞受賞。
『カラフル』で第46回産経児童出版文化賞を受賞。同作品は映画化もされ話題になる。⇒DVD版【カラフル】
『永遠の出口』で児童文学の枠を超えた作品に挑戦した(2004年度本屋大賞第4位に)。
『DIVE!!』では、第52回小学館児童出版文化賞を受賞。
『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞。
2007
年に『DIVE!!』が漫画化、2008年には映画も公開された。

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コメント

コメント(2)
No title
森絵都さんは、「風に舞いあがるビニールシート」から「カラフル」を読んだところで止まってしまいました。

「永遠の出口」という本も、ご紹介を拝見していますと、やはり「非行」というところがキーになって、その次は「親の離婚」というあたりは、ちょっといかにもという感じがしてなりません。
話の素材としては描きやすいのでしょうが、やや特殊な世界に寄りかかっている気もしないではありません。
私小説的な世界は、日本文学の得意とするところではありますが、もう少しありきたりの日常の中から描くことはできないのだろうかと、アウトロー的世界ばかりを描くことが多い最近の日本映画を見ていても感じるところです。

gustav_xxx_2003

2016/09/22 URL 編集返信

No title
グスタフさん、本作の場合「ちょっといかにも」の題材をあえて深刻でなく描くことで、当たり前の日常と、困った事象が隣り合わせに存在することを読者に実感させようとしています。一般には「アウトロー的世界」に見えるかもしれない事象も、現場教員の立場からみるとかなりの部分、日常に近くなっている実感はあります。いささか残念なことですが…

yositaka

2016/09/22 URL 編集返信

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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