雨の聴き会①ジャズ編

雨の日曜日、ネコパパ宅に馴染みのsige君、emo君に加えて、春日井市からsumi君が参集。
アヤママが旅行中を幸い、たっぷりと聴き会を…というわけだ。
3人はいずれも大学のジャズ研仲間である。
ネコパパはずっと聴く側だったので、彼らの話はプレイヤーとしての視点が入ってきてなかなか面白い。また、どちらかといえばジャズ一辺倒で来た彼らがうちでいろいろ聴くうちに「クラシックもいいな」という意識が生まれてくるのも面白い。

クラシック一辺倒だったネコパパがジャズも楽しむようになれたのも、そんな付き合いがあったからだ。こういう付き合いが仕事真っ盛りの時にはなかなかできず、30数年後に再開するのも人生のよき味わいではないだろうか。
 
例によって、聞いた音盤を順不同で紹介しよう。

Sumi君持参の盤はまずこれから。
ジョン・コルトレーンの『セルフレスネス』から「マイ・フェイヴァリット・シングズ」19632月、ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルでのライヴ録音。



コルトレーンの数多い同曲演奏でも特別な評価を得ている。パリッと乾いた空気の中を縦横無尽に駆け抜けるソプラノサックスのソロがすばらしい。ドラムスがレギュラーメンバーのエルヴィン・ジョーンズにかわってロイ・ヘインズが務めているのも新鮮さを加えている。


ハンク・ジョーンズ(p)ら、グレイト・ジャズ・トリオに、アルトサックスのジャッキー・マクリーンがゲスト参加した『ニューワイン・イン・オールドボトルズ



1978年に、日本のレーベル、イースト・ウィンドが録音した一枚。
このころ、街にはフュージョン旋風が吹き荒れて、いわゆるオーソドックスなジャズは不遇をかこっていた。
そこに目を付けた日本の会社が、洗練されたサウンドと優秀録音で、汗臭さのない室内楽的な洗練ジャズを制作、ジャズらしいジャズを求めていたファンの支持を得ていたのた。
このアルバムも飄々とリラックスした感じのマクリーンのサックスよりも、ピアノとドラムがガンと前に出る。かっこいい音楽だが、アンプで増幅したベース音がちょっとぶよぶよするのがちょっと惜しい。

80/81』は、そのフュージョンの大黒柱だったハット・メセニー(g)マイケル・ブレッカーやチャーリー・ヘイデンなど当時のジャズ界ホープと共演。



ドイツのレーベル、ECMらしい響きを取り入れたサウンドの中、延々と続くインプロヴィゼーション。「チャーリー・ヘイデンって、そんなにうまいの?」云々の茶飲み話も…
 
みんなのリクエストで、ネコパパ宅のジャズ盤も何枚か聴いた。
アナログ・ファンには申し訳ないが(何が?)だいたいは国内盤CDであります。
この日は不思議に、マイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスが掛からなかったな…

ハンプトン・ホーズ(P)トリオにバーニー・ケッセルが加わった1958年録音のコンテンポラリー盤『フォア!




いつになく晴れ渡ったホーズのピアノもいいけれど、バーニー・ケッセルに絡むレッド・ミッチェルのベースが聴きもの。この二人は息が合うようで、のちにデュオ・アルバムもつくっている。
ロイ・デュナンの手になる1958年の音はすばらしい。これとシューリヒトのベートーヴェン交響曲全集の録音が同じ年というのは、いろいろと考えさせられる。

レッド・ガーランド『グルーヴィー』プレスティジ 19561957年録音。




C・ジャム・ブルース」は、ほとんどリズムを刻むだけの音の少ない展開で、三人のプレイヤーたちも目立った名人芸を披露するわけでもない。それなのに、濃密なジャズの空気感が立ち込める。不思議な音楽だ。



ソニー・ロリンズ『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』ブルーノート 1957年録音




泣く子も黙る絶好調の演奏がずらりと並ぶ。
ロリンズが一音、音を出すだけで異世界に連れ込まれるような、強引な誘惑。彼の演奏について、村上春樹がうまいことを言っていた。
「一階からエレベーターに乗って、次にドアが開いたら唐突に36階だった、というようなユング的にやみくもな部分がある。そのへんの状況の置き換え方が純文学っぽい」…
今回の一曲はsige君リクエストで『ストライヴァーズ・ロウ』。


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コメント

コメント(5)
No title
ネコパパ氏が所要で階下に行っている間に、セルフレスネスB面一曲目i want to talk about you.を聞きました。ライブ録音にもかかわらずコルトレーンの鋭角的な音質を楽しむことが出来ました。終結部長尺のカデンツア、コードアルペジョを高速に奏しながら、小節数を長くしたり短くしたりと自由自在に歌いあげていく演奏は、「アフロブルー」の同曲カデンツアと比較して聞く楽しみもありました。ベース奏者、ヘイデン、チェンバース、ミッチェル、ウエアの四人について、ほめたりこき下ろしたりと、楽しい談義でしたね。では、後編を楽しみにします。

sige

2016/09/19 URL 編集返信

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やあsige君、中身の濃い聴き会になりました。1963年のコルトレーン。僕には彼の音楽が楽しく聴けるぎりぎりのところです。ところでジャズの場合、アドリブとカデンツァはどう違うんだろうか。無伴奏のアドリブ部分と考えればいいのかな。
それと…フュージョン時代もきちんとジャズアルバムを作り続けた日本やドイツ、北欧のレーベルの功績は大きかったな、ということも今回感じました。

yositaka

2016/09/19 URL 編集返信

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「アドリブとカデンツァはどう違うんだろうか。無伴奏のアドリブ部分と考えればいいのかな。」ざっくり言えばそれでいいと思います。形式的には、伴奏者がいない、テンポはテンポ・ルバート、和音は属七の和音(ドミナント7)から全曲の和音進行すべて、なかには2コーラス3コーラス、内容的には奏者の腕の見せ所、本論でいい足りなかった思い表現などなどを歌い上げ、最後は基音もしくは基音の和音(トニック)で終結し、「やったー」とか「満足ー」といった思いにさせる。ネコパパ氏の捉え方でよいのかと。しかし、トレーンの「I
want to talk about you.」、ヨーロッパでの楽旅ではどんどん長くなっていくとか。

toy**ero

2016/09/20 URL 編集返信

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ところで、フォービートフォーマットのジャズは本家アメリカでも録音はいくつかあったと思うのですが、大々的にはやはり御大ブレーキーの新ジャズメッセンジャーズ(マルサリス(ウィントンとブランフォード)とかブランチャードとか)、そしてブレッカーブラザーズ(ランディ、マイケル)が牽引したのでしょうか。そしてマルグリューミラーとかトニーウイリアムスの新グループとか、とにかく80年代90年代出てくるのですが、70年代中盤からこういった企画を見据えた例えば鯉沼氏などの慧眼は、たいしたものと思います。ハンクジョーンズ氏やトミーフラナガン氏に脚光がを当てられていったのは、日本人の功績も一役買っているもののと思われます。

toy**ero

2016/09/20 URL 編集返信

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sige君、日本では「スイングジャーナル」誌でマルサリス兄弟がフォービート復権の旗手として取り上げられましたが、ウィントンのファーストアルバムは1981年でした。一方、日本製作のグレート・ジャズ・トリオは三作目の「ヴィレッジ・ヴァンガード」が1977年に大ヒット。僕らの大学時代の始まりはフュージョン盛期でしたが、日本ではジャズリバイバルの機運が始まる時期だったのですね。

yositaka

2016/09/20 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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