円盤帳より④アニー・フィッシャーのシューマン

アニー・フィッシャーのシューマン 1995.8.30
 



アニー・フィッシャーは1914年生まれのハンガリーのピアニスト。
レコード録音は少なく、名前だけは知っていたものの、印象は薄かった。この人が、NHKの番組「N響アワー」に登場したのは1985年。
曲はシューマンのピアノ協奏曲イ短調だった。その2年後にはベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番ハ短調が放送された。
シューマンのときは期待もなく3倍モードのVHSに録画していたが、ベートーヴェンの回は大きな期待感をもって、ビデオデッキを標準モードにセットして待ち構えた。
最初に聞いたシューマンの演奏が、予想を超えて素晴らしいものだったからである。
何気なく聞き流すつもりでいた私は、いつのまにかすっかり画面にくぎ付けになっていた。
その時まで、シューマンのピアノ協奏曲に対して持っていたイメージというのは、親しみやすいがとりとめがなく、第1楽章で既に完結していて、第2、3楽章は付け足しのように聞こえる、というものだった。
どこが「ピアノ協奏曲の女王なの?」
そんな印象をすっかり変えてしまったのが、フィッシャーのピアノだった。一音一音を、岩を穿つような情念を込めて弾いていく気迫の強さを聴いて、いままで、自分は何を聞いていたのかと思ったのだ。
フィナーレは付けたし?この曲の最大の聞き所はここじゃないか…
2年後のベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番も、同じようなスタイルの重く深いタッチで彩られた演奏で、「大ピアニスト」と呼ぶにふさわしい風格。
 
この人は、一体誰なんだ…と思ってディスコグラフィを調べてみた…
 
録音は主にEMIにある。サヴァリッシュ、ボールト、クルツの指揮でいれたモーツァルトのピアノ協奏曲が6曲に、クレンベラーの指揮で録音したシューマンとリストのピアノ協奏曲。オーケストラは全部フィルハーモニア管弦楽団。



DGにも曲だけある。
フリッチャイ指揮バイエルン国立管弦楽団との共演で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第番とモーツァルトの曲のロンド。
ウォルター・レッグとシュワルツコップの回想録『レコードうら・おもて』によると、シューマンとリストの協奏曲の録音セッションで指揮者クレンベラーと衝突し、レコーディング期間は年にわたったという。
1960年代初めには、レコーディングはほとんどしなくなった。けれど演奏活動は活発に続けていて近年は来日も多いらしい。

隠れた演奏家に詳しい竹内貴久雄は『コレクターの快楽』の中でフィッシャーのピアノを「隈取のくっきりした、硬質な音を持つピアニスト」と評している。
スヴャトスラフ・リヒテルも彼女を大変敬愛していて、こんなコメントを残しているそうだ。
アニー・フィッシャーは、実に率直な人物で、私の見るところ外交辞令など一切抜きである。だから言うことが信じられる。何でも包み隠さず、こちらの目を見ながら言ってくれる。私の弾いたバッハ『フランス組曲ハ短調』とモーツァルトの『ソナタへ長調』の演奏を的確に批判したことをよく覚えている…」



  
1995年は、ネコパパがT市に勤務した最後の年だった。
「円盤帳」はカール・ベームについての文章が続いた後、10年間をあけて、メモ書きのようなこの一文が書かれ、そこで終わっている。
どんなつもりだったのかはよく覚えていない。新任以来17年間続いたのT市勤務が終わるということで、「ちょっと一区切り」の気持ちがあったのかもしれない。

8.月30日は、あの地下鉄サリン事件の5か月後である。
この時期、ネコパパは就学旅行下見のために、同僚と東京の地下鉄に乗って回った。グループ行動で地下鉄を利用する計画だったのだ。どの駅も閑散として人の気配がなく、車両にも数人の客しか乗っていない、異様な光景が記憶に残っている。
 
アニー・フィッシャーは、1995年、この年の410日没している。この一文は、その4か月後に書いたことになるが、この時点で私は彼女の死を知らなかったようだ。
いまも保管しているエアチェックビデオはひどい画質だったが、視聴のたびにシューマンの演奏、とくにフイナーレに圧倒され、この曲はこれでなければ、という思いが募った。
CD発売はおろか、再放送もまずないと思っていたから、2014年3月、放送後30年もたってCD化されたときは、飛びつくように購入したのである。

NHK交響楽団 名演奏家 幻のライヴ /アニー・フィッシャー

シューマン : ピアノ協奏曲 イ短調 Op.54 
1985年10月18日  NHKホール (ライヴ)  クリストフ・ペリック (指揮)
ベートーヴェン : ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 Op.37
1987年10月16日 / NHKホール (ライヴ)  ミルディアス・カリーディス (指揮)
モーツァルト : ピアノ協奏曲 第22番 変ホ長調 K.482  
1983年6月22日 / NHKホール (ライヴ)  フェルディナント・ライトナー (指揮)
日KING INTERNATIONAL  CD   2014/03/20 

シューマンのピアノ協奏曲を聴き直してみよう。
 
1楽章冒頭から、強く荒々しいピアノの音圧に驚かされる。
弾くというよりも語る演奏だ。音は無骨で、知らずに聞いて女性と思う人はまずいないだろう。遅めだが、絶えず変化するテンポと表情。しかし打鍵の強さに比して指の動きはたどたどしく、速い部分では音が抜け、音符が弾き切れていない箇所もかなり多い。ぺリックの指揮は、そんなソロに必死でつけていき、ときには意志的なクレシェンドも聞かせるが、アンサンブルは乱れが目立つ。いろいろな意味でスリリングな演奏だ。

2楽章も、フィッシャーのソロは強いタッチで一小節ごとに伸縮する。出遅れ気味のオケも、後半は息が合ってくる。両者が一つになって息の長いカンタービレを歌い交わす部分は心に染みる美しさがある。

3楽章はこの演奏のクライマックス。
ピアノは細かくちりばめられた音の一つ一つを、明確なタッチで屹立させる。叩くのでも、奏でるのでもない、穿つピアノ、とでも言えばいいだろうか。11年前に使った言葉をここでも繰り返してしまう。
音離れがいい。強弱や強さや長さを絶えず変化させ、音に意味を込める。あざやかなテクニックで弾き飛ばす感じはなく、初めて曲に接するような鮮度だ。
オーケストラもソロに反応して、リズムの繰り返しも流さず、強弱の変化をつけていくなど、ピアニストの表現に対する共感度の高まりが伝わってくる。

録音はNHKホール。ベーム/VPO来日公演から10年、音の抜けも鮮明さも大きく向上している。その分、エアチェックではあまり気にならなかった演奏のアラもよく聴き取れるようになってしまった…
誰にでもお薦めできる音盤とは言えない。
しかし、ネコパパがシューマンのピアノ協奏曲を聴きたいとき、いまも真っ先に手が出るのは、これ。



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コメント

コメント(6)
No title
シューマンのピアノ協奏曲というと、最初にLPで聞いた若き日のルプー盤が強く印象に残っています。
女流ではクララ・ハスキル盤を聞いておりましたが、古いモノラルのライブ盤という影響もあったのでしょうか、思いのほか強い印象は残っていません。

アニー・フィッシャーという方は、名のみ存じ上げていますが、私は録音を多分聞いたことはないと思います。
来日していたこともまったく知りませんでした。

1995年は大阪勤務で、年明け早々に神戸の地震があり、ようやく落ち着いたかなと思っていたら、お昼の飯屋のテレビでサリン事件が中継され、急ぎ大蔵省の知人に電話したら、前日省内泊まり込みで助かったという声を聞き安堵したことを思い出しました。

gustav_xxx_2003

2016/09/15 URL 編集返信

No title
アニー・フィッシャーは良いですね。押しつけがましさがゼロで品がある。「私!私!」という感じが全然しない。
リヒテルは他の演奏家をあまり評さないし褒めもしない。フィッシャーは例外的な一人ですね。

不二家 憩希

2016/09/15 URL 編集返信

No title
グスタフさん、ルプーとプレヴィンの盤も好きで、これならどなたにでもお薦めできます。でもフィナーレだけはフィッシャーに比べると「普通に良い」演奏かな。そのほか、あまり話題にはなりませんが、仲道郁代/フロール盤が、タッチの強靭さでアニー・フィッシャーに近いものを感じさせます。
日本には1980年以降たびたび来られていたそうで、その気になればライヴを聞けたかもしれません。今思うと惜しいことでした。

サリン事件の影響で修学旅行の実施が危ぶまれましたが、翌年無事行われたようです。私は転勤していましたが…

yositaka

2016/09/15 URL 編集返信

No title
不二家さん、ネット検索したら、リヒテルがフィッシャーの手に口付けしている写真を見つけたので引用しました。
気難しく不機嫌にしゃべる人のイメージがあったので驚きました。リヒテルの敬愛は本物だったのでしょう。

yositaka

2016/09/15 URL 編集返信

No title
アニー・フィッシャー、とても懐かしいです。というのも、高校生の頃、初めて買ったモーツァルトの協奏曲(第21番)のLPが彼女の演奏だったからです。東芝のセラフィム盤で、リヒター=ハーザーの「戴冠式」とのカップリングでした。
最初は「戴冠式」目当てだったのですが、聴いてみると21番の方が面白く、何度も聴きました。私は彼女の演奏で、モーツァルトのピアノ協奏曲に目覚めました。

ポンちゃん

2016/09/18 URL 編集返信

No title
ボンちゃんさん、まさしくそれが彼女の名を知った一枚でした。セラフィム以前にもレギュラー盤で販売されていたもので、セラフィムは再発売でした。いわゆる名曲のカップリングを作りたかったわけですね。
当時はなんとなくうさん臭く感じていて「どちらも大したことはないだろう」と思っていたのですが、ボンちゃんさんは的確に評価されていたのですね。
なお、フィッシャーの21番は、大名曲22番との組み合わせがオリジナル、一方のリヒター=ハーザーも「戴冠式」を凌ぐ傑作17番との組み合わせでした。
どうせなら、セラフィムで出すときに本来の組み合わせにすれば音楽ファンの見方も違っていたかもしれません

yositaka

2016/09/19 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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