円盤帳より①アシュケナージのモーツァルト

ネコパパは学生時代から音楽の感想めいたノートを書いていたのだが、机の引き出しからその一冊が出てきた。
「円盤帳」1983~とある。
30年くらいも前の覚書だが、中身はほんのちょっと。場所ふさぎだから捨てようと思ったが、当時の自分の好みのわかる内容でもあるので、いくつかブログでご紹介してから処分することにしよう。

アシュケナージのモーツァルト 1984.6.19

モーツァルト
ピアノ協奏曲第12番イ長調K414 第13番K415
ウラディーミル・アシュケナージ(P&Cnd)
フィルハーモニア管弦楽団
1983年録音 キングズウェイ・ホール
日ロンドンLP



最近アシュケナージのピアノで、モーツァルトのいいレコードが出ている。
いずれも自分でピアノを弾きながら、フィルハーモニア管弦楽団を指揮したもの。
買ったのは第12番と13番、第15番と16番がそれぞれ一枚になったものだ。これが素晴らしく美しい。何が美しさをもたらしているかというと、表情とタッチの豊かさだ。一つ一つのタッチが語りかけ、心に迫る。そんな音楽のありようが美しいのである。
以前彼には、ケルテスと組んだ第8番と第9番のレコードもあり、それも聞いたことはあるが、同じころに聞いたハイドシェックのレコードに比べると、ずいぶん醒めた音楽に聞こえた。良く言えば慎ましい。
名声を博しているピアニストがモーツァルトではこんなに大人しいのかと驚いた記憶がある。
人が、突然光り輝く。それは、長い期間積み上げられ、成熟を待っていた何かが一度に花開く瞬間で、それが周囲には驚くべきものと映るのだ。
しかし本当は突然ではない。私はそんな成熟を羨ましくも素晴らしくも思う。変わることで信頼を深める。人に対するそれと同じである。音楽もまた、そんな変化が素直に表れてしまうものの一つだ。

さて、このLPは今も手元にあるので、あらためて聴いてみた。
ネコパパがはじめて入手したピアノ協奏曲第12番の音盤だ。なんといっても曲がいい。
流麗さの中に、繊細かつ斬新なフレーズが見え隠れする曲想に、すっかり魅せられたことを思い出す。
しかし演奏は、ちょっと褒めすぎだったかな。

「表情とタッチの豊かさ」と大雑把にいっているが、全体を包むふっくらとした聴き心地のをうみだしているのは「残響豊かな響きの豊かさとゆとりのあるテンポ」かもしれない。
でもタッチは…残念ながら、響きが多すぎる録音のせいであまりしっかりととらえられていないので、聴き取るのが難しい。

その後、ピリスやペライアなど、細やかなタッチを聞かせる演奏を知った。
そんな耳で聞くと、アシュケナージの表現は微温的で、とりたてて個性的とは感じられない。
ただ、60年代初頭のケルテスとの共演盤にくらべれば、硬さが取れ、のびやかな強弱が加わっていることは間違いない。
このころの私はそこにピアニストの成熟を聴きとりたい「気分」だったということなのだろう。
1984年といえば、ネコパパが教員仕事を初めて数年目。
最後の一文には、その頃の自分の心境がにじみ出ているようでおかしい。

あと、聴きなおして気付いたのは、この録音、英デッカがキングズウェイ・ホールを使用したにしてはどうも響きを取り入れすぎて音が立たず、細部がよく聞き取りにくいことだ。1983年はデジタル録音への転換期、デッカの伝説的な録音技師たちも世代交代が進んでいたのである。



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コメント

コメント(6)
No title
アシュケナージのモーツァルトは私もいくつか持っていますが、挙げられていた15番は私の愛聴盤となっています。それと比べて、20番台(例えば23番など)は、当時は好きだったのですが、改めて聴くと、今一つ印象に残らない演奏のような気がしています。

ポンちゃん

2016/09/04 URL 編集返信

No title
ボンちゃんさん、アシュケナージが指揮活動を始めたのは弾き振りのためで、当時は指揮者になるつもりはないと言っていたそうです。それが今ではすっかり指揮者なんですが、個人的には1984年に感じた成熟に30年で磨きをかけたという印象はありません。将来はわかりませんが…自分を顧みても人はそう簡単に成熟しないものとわかります。
第15番もよかったですね。この全集は、どれをとっても凸凹がなく、むしろそこがすごい点です。

yositaka

2016/09/04 URL 編集返信

No title
アシュケナージはベートーヴェン以降、特にロシアものでは随分お世話になりましたが、モーツァルトは聞いたことがありません。

読む本と同様に、音楽も時代あるいはおのれの年齡とともに印象が大きく変わってくることがあります。
私のブログも、そのときの印象を書き留める手段として使っておりまして、どこかで2周目に入って、以前とどのくらい印象が変わってきたかを自分で比べてみたいという願望を持っています。

gustav_xxx_2003

2016/09/04 URL 編集返信

No title
いや~~、これは処分してはダメです
素敵な記録だと思います
ぼくは初めて好きになった曲がモーツァルトの第17番で、それはペライアでしたが、次に好きになったのがアシュケナージの第15番でした。1984年のことです。父の知人が各曲ごとにマイ・ベスト的に編集してダビングしてくれたというカセットテープでした。懐かしい演奏です

Loree

2016/09/04 URL 編集返信

No title
グスタフさん、昔の書きなぐりも他人事のように見られる年齢になったというわけでしょうか。恥ずかしげもなく掲載してしまいました。
アシュケナージは70年代から80年代にかけて人気かあり、新婚旅行でウィーンに出かけた時のライヴも懐かしい思い出になっています。この人は広いレパートリーを高水準にこなす人ですが、どうも、そのままの印象で今に至っている気がします。

yositaka

2016/09/04 URL 編集返信

No title
ロレーさんも、ボンちゃんさんも第15番をお薦めですか。10番台はほんとに名作ぞろいで、どれを聴いても「世の中にこれ以上の音楽があるだろうか」という思いに駆られる瞬間に満ちていますね。これらの作品に比べると20番以降のものは構築の意志が漲っているかわりに楽想の自然な発露は幾分セーブされていると感じます。これこそ本物の成熟の姿ではありますが…
処分の件は再考します

yositaka

2016/09/04 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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