「シン・ゴジラ」は問題作

8月某日。
アヤママと映画『シン・ゴジラ』を見てきました。
12年ぶりの日本制作による新作です。
予告編などでは、どんな内容か全くわからず、とにかくゴジラの造形はいいな…と思うばかりだったので、
この凄みのある出来栄えには、正直動揺しました。





ストーリー的な目新しさは、ありません。
東京湾の羽田沖でアクアトンネルが崩落し、突如出現した巨大生物(次第にゴジラに進化していく)が、東京に上陸。
首相補佐官の赤坂秀樹(竹野内豊)や内閣官房副長官の矢口蘭堂(長谷川博己)など、官邸スタッフらの対応が始まる。
膨大な数の官僚、政治家が登場して各自の思惑や保身を交えつつも、ともかくも被害拡大を食い止めようとする。
紆余曲折を経てようやく出された結論は「有害鳥獣駆除」のため自衛隊を繰り出しすというもの。
しかし自衛隊の装備ではまったく歯が立たず、同盟国アメリカが空爆によって加勢にくる。
その空爆は、実行されれはゴジラ以上の被害をもたらす有難迷惑なものでしたが、ゴジラの全身から放たれた放射能熱線によって、米軍ステルス機は壊滅。





これに激したアメリカは、さらに有難迷惑な核兵器攻撃を決定し、
日本政府チームは、ゴジラとアメリカ、双方向からの災禍を食い止めるために、アメリカの攻撃の前にゴジラを無力化する決死の「ヤシオリ作戦」を試みる…

どっかで聞いた話のパッチワークのような気がしますよね。
ところが、実際に映画を鑑賞してみると、まったく陳腐でないばかりか、気が付くと画面から一瞬も目が離せない事態に陥っているのでした。


庵野秀明監督は、この物語を政府、行政担当者の視点でとことんリアルに追求していきます。
想定外の事態にあわてふためき、希望的予測だけでマスコミ発表をしてしまったり
管轄部署の問題で擦り付け合いをしたり…喧々諤々の議論だけが続き、
急速に進行する事態に対応は後手後手で、時間だけがむなしく過ぎる。
その間、川を遡行し、水害をもたらしつつ進化していくゴジラは「大震災」の比喩ですし
米軍の攻撃に怒ったゴジラの放射能熱戦が、たちまち都内に放射能濃度の高いホットスポットを作り、風に乗って拡散する画像が地図上に展開する…これは、私たちの脳裏に焼き付いている「原発事故」のイメージそのものです。

映画は微に入り細にわたって、
事態に後れを取りながらもじりじりと対応策を練り、反撃に転じていく人間側の動きを追っていきます。
矢口蘭堂ら、中心人物は一応設定されているものの、
事態を動かす人々は集団として描かれる。群像劇と呼んでいいでしょう。

樋口真嗣特技監督による特撮シーンは、見応え十分なもので
CGによるゴジラの迫力や光学合成、自衛隊車両のリアルな動きなど、特撮ファンとしては鳥肌ものでしたが
今回ばかりは「本編」の密度の高さの、引き立て役になっていたとさえ感じます。

国家規模の事態に対して、日本はどのような危機管理が可能なのか、
日米同盟は本当に有効なのか…
庵野監督は、膨大な情報をついていけないほどの速度で「放出」することで観客を惹きつけていく、濃密なエンターテイメントの中に、多義的なメッセージをたたき込んでいこうとしているように感じました。
登場人物のひとりがつぶやく
「本当に恐ろしいのは人間」
という一言が腑に落ちる、そんな問題作です。


追伸

その1
ゴジラの鳴き声は、従来の東宝映画でなじみのもの。
伊福部昭作曲のテーマ曲群は、ロンドンのスタジオ・オーケストラによる演奏で、ふんだんに出てきます。
しかし今回のゴジラは、どうもこれまでの「ゴジラさん」とはまったく別種の存在で、いまひとつ音楽がぴったり来ない気がしていました。
この作品で、ゴジラ以上に猛威を振るっているのは、人間の方ですからね。

その2
昭和29年の初代「ゴジラ」は、東京大空襲や原爆投下のイメージが生々しく反映した作品でした。
逃げる母子の頭上にビルが崩れ落ちるシーンや、放射能汚染された子どもにガイガーカウンターが反応音を鳴らすシーンなど、被害の実態をリアルに見せる点でも際立っていましたが、「シン・ゴジラ」では、そのあたりはごく抑えられた、暗示的な表現にとどまっていました。
官邸のようすや自衛隊の行動など、為政者側の描写は、追いかけられないほど過剰なのに、一般市民や、災害被害者側の表現には、自主規制がかかっている感じです。
このことは、ゴジラの放出する放射能の半減期が、現実のそれよりずっと短く設定されている安易さとともに、ネコパパにはやや気になる点です。
スポンサーの意向に影響を受けないため、本作はあえて東宝一社が制作費を負担したそうですが、
それならもう少し遠慮会釈なくできたはずでは…という思いは残りました。

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コメント

コメント(10)
No title
これも寓意のある話のようですね。政府官僚の制度的盲点をあぶりだすのが目的みたいに見えます。旧作はまだ戦争の影響の濃いものでした。

SL-Mania

2016/08/12 URL 編集返信

No title
SL-Maniaさん、政府の機能不全に関してはうんざりするほど描写されていますが、
中盤では総理以下、政府首脳の乗るヘリコプターがゴジラにあっさり撃墜され、全員死亡する件があります。
ところが次期総理はすんなり決まり、行政機能は維持される。「こんな事態でも次のリーダーがすぐに決まるのが日本の強みだな」というセリフもある。
「メダカ国家」の弱みと強みをうまく描いていると思いました。今後、この映画をネタとした日本論、文化論が続々と出てくる気がします。

yositaka

2016/08/12 URL 編集返信

No title
庵野秀明氏の著作を15年ほど前に読んだことがあります。
博学にして大変な理論家で宮崎駿とはまた違った才能の持ち主だと思いました。
映画成功おめでとうございます、という言葉を贈りたいですね。

不二家 憩希

2016/08/12 URL 編集返信

No title
不二家さん、本作の庵野監督は、エヴァンゲリオン新劇場版とは対照的に、自信に満ちた作品作りを行っていると感じました。
彼の原点である「風の谷のナウシカ」巨神兵復活のシーンを思わせる場面も多くありました。
宮崎駿の批評も期待したいものです。

yositaka

2016/08/12 URL 編集返信

No title
もう一回見る時には、お茶らけなしで言いますと

冒頭に登場するグローリー丸
牧元教授の「私は好きにした 君らも好きにしろ」という手紙
折り鶴、眼鏡、靴、宮沢賢治の詩集「春と修羅」が
置き去りにされています。

「春と修羅」が「シン・ゴジラ」のストーリーの核心に迫ります。

暇があれば「春と修羅」を読まれて、
庵野さんが何を伝えたかったかということも、考えては?

ひこにゃん

2016/08/12 URL 編集返信

No title
ひこにゃんさん、冒頭部分のなぞかけめいた遺留品と「春と修羅」は、真っ先に目に入り、何らかの暗示がなされていると感じましたが、現段階では言うべきことは思いつきません。

yositaka

2016/08/12 URL 編集返信

No title
「ゴジラ」第1作は、母親のねんねこの中から見て、恐怖のあまり泣き出したことを鮮明に記憶しております。
爾来、ゴジラ・フリークとなりましたが、怪獣ブームで妙に優しくて怖くないゴジラに成り果てたあたりから見なくなってしまいました。

今回のゴジラは、既に3回見た方の記事も拝見しており、なかなか評判が良さそうなので、ようやく愚妻もその気になってくれたみたいでして、今月中には見に行こうと計画しています。

gustav_xxx_2003

2016/08/12 URL 編集返信

No title
みっちにとって、「ゴジラ」は何といっても1954年の第1作です。
小学生の時、場末の小汚い映画館で見て、とても怖かったです。(笑)
そういえば、この第1作の冒頭にブダペスト絃楽四重奏団の再来日(1954年の)パンフが出てくるのが、有名ですよね。東京の会場は日比谷公会堂でしょうか。時代を感じます。

みっち

2016/08/12 URL 編集返信

No title
グスタフさん、なかなかの評判で、ネットも賑わいを見せています。このような作品が話題になるのは悪くないなと思っています。
例によって謎をちりばめるのが好きな庵野監督の術中にはまり、各所で謎解き合戦が始まっていますが、まずは無心に楽しむのが一番です。

yositaka

2016/08/12 URL 編集返信

No title
みっちさん、そうです。主人公が、ヒロインを誘って行こうとしていたのがブダペスト絃楽四重奏団。サルベージ船の船員がデートに誘うにしては、ずいぶんと高尚で、チケットも安くはなかったはずです。恋人が博士の娘なので、無理をしたのかもしれません。後年「VSデストロイヤ」で彼女は再登場しますが、どうやら独身を通した様子。彼の努力は報われなかったようです

yositaka

2016/08/12 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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