死と隣り合わせの楽興~エティエンヌのモーツァルト、クラリネット協奏曲

モーツァルトのクラリネット協奏曲は、この分野を代表する逸品だが、作曲者最後の年の作品ということで、聴くときはどうしてもちょっと構える。
それは、演奏者たちも同じなのかもしれない。
作曲年を意識しないで、「普通の協奏曲」として演奏するのが難しいのか、録音は数あれど、どれも「何も足さず何も引かず」粛々と演奏され、音盤による印象の違いはあまり大きくない。
ウラッハ、プリンツ、シュミードル、オッテンザマー…歴代のウィーンフィル首席奏者たちの録音は、どれも良い。普通に聴くなら彼らの誰の録音を選んでもハズレなし。
そのかわり「この人がずば抜けている」という感じもしない。その「安定解釈」は、音盤愛好家にはちょっと寂しいことでもある。
 
これをピアノ協奏曲を演奏するように、自由闊達な、湧き上がる泉の音楽として演奏している人がいる。
フランス往年のクラリネット奏者、フランソワ・エティエンヌである。
先日名古屋で行なわれていた恒例のレコード販売会で、音盤を入手した。仏パテの再発LP。
1970年代発売のReferenceシリーズは、ジャケットデザインに旨みはないが、盤質は良好なものが多く、注目している。



 
モーツァルト 
クラリネット協奏曲イ長調K622 クラリネット五重奏曲イ長調K581
フランソワ・エティエンヌ(cl
モーリス・エウィット指揮 エウィット室内管弦楽団 1953.1.1録音
ヴェーグ四重奏団*1952.6録音
録音アンドレ・シャルラン ディスコフイル・フランセ原盤
EMI(VSM)Reference C051-73051(LP)

 
1楽章
ゆったりと遅いテンポで開始されるオーケストラの序奏。ソロが入ると、テンポの動きが大きくなる。遅めを基準に、曲想に応じて緩急をつけていく。音色は硬く、明るく、強い音。ウィーンの奏者たちの低音重視の柔らかな音とは好対照だ。
合わせるエウィットの指揮も俊敏だ。
オーケストラは小編成と思われるのに、音域は広く雄弁で、決め所では遠慮のないフォルテを打ち鳴らす。
シルキートーンの晩年の曲というイメージを軽やかに打ち砕くソリストと伴奏の名調子は、リリー・クラウスボスコフスキーの演奏するピアノ協奏曲第9番の演奏を思い出させる。
 
2楽章
この楽章の渋い感傷の味わいは全曲の白眉かもしれない。
エティエンヌはここでは息を潜めるような弱音を駆使して、曲の流れに逆らわず、静かに吹き進めていく。
それでもこの音の軽さは曲に合わない、と言う人もいるかも。ネコパパはこれも「あり」だと思うけれど。
 
3楽章
待ってました、とばかりに冒頭から水を得た魚のような溌剌さでソロが飛び出す。そのテンションで最後まで吹き通す。クラリネットは後に行くほど激しさと勢いを増して、終わり近くに登場する駿足のフレーズの連発で頂点に達する。
胸がすくような演奏。
ハイドシェックの弾くモーツァルトのK488のような、ひどく過剰な感じも確かにあるけれど、一方でこれがモーツァルトの、死と隣り合わせにある一瞬だけの楽興、という印象も伝わってきて、儚さすら感じてしまう。
エウィットの指揮も、エティエンヌに負けない溌剌さだ。伝説のユニット、カペー四重奏団の一員だった彼は、指揮者としても辣腕のようである。
録音は195311日、パリのサル・アポロ(アポロ劇場?)で行なわれたそうだ。シャルランの録音の冴えはこの復刻盤からも良く聞き取れる。細部までくっきりとした「奏楽情報量」の豊かな録音だと思う。

それにしても、パリの連中が元旦から仕事をするなんてことがあるんだろうか。
 
裏面のクラリネット五重奏曲のエティエンヌは、協奏曲とは別人のように大人しい。
ここでは室内楽奏者のひとりという役割に徹している。シャーンドル・ヴェーグの第ヴァイオリンに寄り添って、音量も押さえた吹奏。
それでも時折、速いパッセージでソロを聞かせる箇所では瞬時、音量をぐっと上げてくるのが彼らしい。
最高の聴きものは第2楽章でのヴェーグとの長いデュオ。
二人がデリケートな弱音を駆使して静かに語らい続けるのを聴いていると、まわりの時間が、ゆっくりと溶け出していく。
 
 
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コメント

コメント(6)
No title
協奏曲の方は、今は亡き宇野功芳氏が絶賛していた演奏ですね。
東芝のGR盤LPで持っております。カップリングも同じです。
仰る通り、自由闊達なモーツァルトで、晩年の作だからと言って如何にもらしい演奏よりも、本質的なものを捉えていると感じます。

Kapell

2016/07/07 URL 編集返信

No title
カペルさん、コメントありがとうございます。宇野氏がこれの東芝国内盤を評価する言葉をどこかで読んで気になっていたんですが、ずっと廃盤で長い間聞くことができませんでした。やっとGR盤LPを入手したと思ったら傷物。今回ようやく真価に触れた気がしました。宇野氏はシフリン盤も絶賛していましたが、あれは私にはイマイチです。

yositaka

2016/07/07 URL 編集返信

No title
宇野さんがエティエンヌのK622を絶賛していたのは読んだ記憶がなく、初めて知りました。
エティエンヌは同じ指揮者&同じオケとK622を2回録音し、再録音はグリーンドアから、旧録音はグッディーズから復刻されています。
(旧録音 http://shinshuu.com/dsda/index.php?ci=10026&i=300395
3年前に再録音の同演異盤のLPを4枚、また旧録音(SP)のLP復刻も1枚、計5枚を比較試聴させていただいたことがあり、自分のブログに短い感想を書き残しています。新旧の録音はエウィットの指揮ぶりがまるで別人のようで、旧録音のほうが(試聴できる部分ではそうでもないのですが)最晩年とかそういう後付けのイメージに縛られないイキのよさがあるように感じました。そんなわけで、ぼくはついエウィットが気になってしまいます
K581も、ヴェーグをはじめとする弦楽メンバーが素晴らしくて…

Loree

2016/07/08 URL 編集返信

No title
ロレーさん、宇野氏の見解は、東芝GR盤LPのライナーノーツに大変詳しく書かれていて、私はこれで初めて彼のこの演奏への入れ込みぶりを知りました。それまではシフリンの演奏を絶賛していた記憶があるので、意外でもありましたが、聞いてみると確かに彼の好みに合う演奏だと感じました。この曲は粛々と演奏するものという固定観念でもあるのか、エティエンヌのような「コンチェルタント」な演奏は少ないのですね。もっといろいろあっていいと思います。
グッディーズの41年盤も架蔵してはいますが、そこまでの違いは認識できていませんでした。どうやら聴きが足りないようです。

yositaka

2016/07/08 URL 編集返信

No title
そもそもエティエンヌというクラリネット奏者の名前すら知りませんでした(汗)
モーツァルトのクラリネット協奏曲は、ウラッハ盤をはじめ、何種か聞いているのですが、どんなものであったか、定かな記憶はなくなっています。
クラリネット五重奏曲も、LP時代から、裏表になっているブラームスの方ばかり聞いていましたので、これまた曲をすぐには思い出せません。
苦手意識があると覚えられないんですかねぇ…

gustav_xxx_2003

2016/07/08 URL 編集返信

No title
グスタフさん、アナログファンには熱心な仏盤コレクターが多く、彼らの動きからフランスの奏者に注目が集まり、日本ではほとんど知られていなかったエティエンヌのような人に注目する人も増えてきました。入手困難で高価であることがコレクター魂をそそるのでしょう。
クラリネット五重奏曲はブラームスと裏表になっていることが多かったですね。私は逆に、ブラームスの方はめったに聞かないのです。

yositaka

2016/07/09 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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