はだかのカエルとはだしのライオン


はだかのカエルとはだしのライオン
■ささめやゆき
■2007.8.2
■講談社

淡い緑を基調とした色彩。チェックのタッチで描いたバックの絵柄。木綿の手触りを感じさせる絵本。

アフリカクロツメガエルは悩み多き楽天家。
アフリカライオンは快楽主義者のさみしがりや。

と、まずはだかの二人が紹介される。
つづいて、

ゲキョ
グルル

と会話が始まり、
シャツ・ネクタイ・靴下・ズボンに靴…
と、身につけるものの送りあいがつづいていく。
そのよそおいは、おしゃれだ。
アフリカライオンはブルーのスーツ姿に、
アフリカクロツメガエルは、表紙のような、アーティストのいでたちに変身する。

その変身の場面は、見開きで16画面。ひとつ身につけるたびに、背景に花が浮かぶ。一昔前の少女漫画みたいだ。

ゲキョゲキョ
グルルルル
ゲキョゲキョゲキョ
グググルルル


と、会話も、少しずつ、少しずつ、長くなる。
二人の体躯は、装いに合わせて、少しずつ、それに似合うように変わっていく。
この似合い方が、とてもすばらしい。
絵本の王道、
子どもが大いに喜んで続きを楽しんでいく「変化のある繰り返し」だ。

そしてさいごに、これまでの流れをいっきに突き崩すオチが用意されているのももちろんだ。
草原にたたずむ二人の後姿。
締めくくりの言葉。

はだかの楽天家は呼吸が軽やかになり
はだしの快楽主義者は
深い色のまなざしとなり


これが、先の記事http://blogs.yahoo.co.jp/izumibun/22757630.htmlで荒川洋治が取り上げていた絵本だ。



ー遊びそのものが終わったのか。ぼくもまた終わったのか。一つの季節を見送るような、楽しさと寂しさが漂う。いつかだれるが知る、気持ちかもしれない。(中略)密度が高く、それでいて親しみを感じさせる稀少な古今の名作に通じる空気がある。



と、荒川氏は言う。「一つの季節を見送るような、楽しさと寂しさ」は共感。
でも、「稀少な古今の名作に通じる」かな。
まず、このエンディング。私には、ちょっと意外性に乏しいと感じられる。もうひとひねりほしいんだ。ことばじゃなくて。
つぎに、二人の主人公。
ちゃんと正式の名称で紹介されている。性格も書いてある。けれど、特性や性格が物語に生かされていない。
二人のする行為は同じ。紹介文を入れ替えても、かわらない。
だったら、ただカエルでいい。ライオンでいい。姿かたちは、その特徴が「あとから調べれば判明するけど、書かない」くらいの奥行きがあるくらいがいいのではないか。
「さぐる」たのしみは、絵本を読む最高のたのしみなのだから。

もうひとつ、残念なのは、表カバー・裏カバーに、第十九画面の絵がそのまま使われていることだ。
これは、見せ場の絵。せっかくの趣向なのに、表紙でネタを割ってしまっていいのだろうか。
少なくとも、「同じ絵」はいけない。絵本は、表紙から始まっているのだ。
カバーを取ると、表紙は、カバーとは違う絵柄。色とりどりのチェックの「破片」があしらわれた、白い表紙。
見返しもよい紙を使っているが、真っ白。
絵本は、少ないページ数で作られる。それだけに、本全体、全ての部分が表現に参加するものだと思っている。そういう目で見ると、この本は、絵本の表現を十分に行っているだろうか。
本文頁に比べて、表紙が大きすぎ、角がつぶれやすい(つぶれてしまった)のも気になる。これも意図?

絵本の「古今の名作」の仲間入りは、うーん、かなり微妙だ。
でも、琴線に触れる何かはある。この表紙をみてピンと来たら…読んでみてくださいね。

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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