羽毛が耳をなでるような、アーノンクールの「田園」

ベートーヴェン 交響曲第6番ヘ長調「田園」



ニコラウス・アーノンクール指揮
ヨーロッパ室内管弦楽団
 
録音:1990年7月5日、シュテファニエンザール、グラーツ(ライヴ録音)
TELDEC国内盤CD  WPCS-21003
 
201635日に没したアーノンクール最後の録音は、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスを指揮したベートーヴェンの第4、第5交響曲だった。
新たな交響曲全集を目指していたそうだが、残念ながらこの一枚に終わり、『田園』には届かなかった。
結果的に彼の録音した『田園』は、唯一の全集に含まれる、これだけだ。
 
では、早速聞いてみよう。

1楽章。
出だしはささやくような弱音だ。
テンポは心持ち遅め。ノンヴィヴラートの滑るような響きが部屋を満たしていく。
演奏の基調となるのは、現代楽器によるピリオド奏法。現在ではごく普通の演奏スタイルになってしまったが、本全集がその先駆となった。
この「田園」には、指揮者のむき出しの野心は感じられない。むしろ肩の力を抜いて癒しの音楽をつくっている印象だ。
フレーズは良く伸びて、レガートに繋がる部分が多いが、それを突然短く切ってみたり、展開部のはじめのように大きくリタルダントして間をあけたり、迫力や活気は少ないものの、ほかでは聞かれない表現の冒険がさりげなく含まれていて楽しめる。
 
第2楽章は、弱音主体の指揮者の表現が生きる楽章かと思われたが、あまりにも軽くさらりと流れ、「小川のほとり」の情感が、水のように手からすり抜けてしまうようだ。木管のソロもクールで、奏者たちの自発性はやや抑制され、アンサンブルに溶け込むと言うよりは「音を置いていく」感じ。コーダの小鳥の歌も、さえずりというよりは幾何学的な音の線を描く。
描写性抜きの音楽そのものを聞かせようとする志向に異論はないが、それでもこれは、ワクワク感が少ない気がする。
 
第3楽章スケルツォも、出だしはそっと弱音。
次第にリズミカルになって、トリオはワルターのように加速する。アーノンクールが珍しくドラマティックになっている場面だ。

その勢いでなだれこむ第4楽章
ノンヴィヴラート奏法の弦楽器は音圧も音量も上がらず、ティンパニの強打が嵐の迫力を支える。
トランペットやホルンは、弦とのバランスをあまり崩さないよう、抑えて吹奏させている。嵐がおさまり、オーボエとホルンが「安堵」のフレーズを奏してフィナーレへの架け橋となるが、そこも第2楽章の小鳥の歌と同じく、幾何学的で、少しの感情も込められない。

フィナーレは第1楽章とおおむね同じスタイルだが、曲自体に、終結に向かって盛り上がっていく構成や、立体的なオーケストレーションが施されているので、弱音主体で通そうとする方法論との齟齬は、だんだんと目立ってくる。
第1楽章のように音の戯れを楽しむだけでは、物足りなさが残ってしまう。
チェロやコントラバスが前面にせり出して、大地の息吹きを訴えるような箇所も、音が弱すぎる。トゥッティで盛り上がる長いフレーズでは、弦楽器に音圧がないために金管が裸の音で鳴り響く。

軽い響きの、爽やかな音によって曲の垢を洗い流す…
それがアーノンクールがこの演奏でねらった「斬新さ」だったかもしれない。
全曲で聴かれる、羽毛が耳をなでるような音の感触は、たしかに他の演奏では聴けない魅力であり、個性的演奏であることに間違いはない。
 
でも…残念ながら私にとっては、魅力的な演奏とは言いにくい。
爽やかさよりも、内側から湧き上がってくる感情を押さえられているような息苦しさや閉塞感が強く感じられるからだ。

これはライヴ録音である。
楽章間などでは聴衆のざわめき音も聞こえてくるが、隅々まで解釈が徹底された音楽に、ライヴの熱気や即興性はない。
「肩の力を抜いた演奏」と見せかけて、実は細部まで隙なく煮詰められ、追求された演奏。この頃のアーノンクールは、まさしく「クール」な指揮者だったのだ。

晩年の彼は、大胆さや自在感をさらに増していたと思う。総決算となるはずのベートーヴェン交響曲全集では、さらに斬新で自由な『田園』が生まれたかもしれない。それが幻となってしまったのは残念である。
 
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コメント

コメント(2)
No title
この録音は聞いたことがありませんが、印象を拝読していますと、この頃のアーノンクールは職業的指揮者というよりは、根っからの音楽学者であったのかなぁという気になってしまいます。

gustav_xxx_2003

2016/03/11 URL 編集返信

No title
グスタフさん、アーノンクールは音楽学の著作も多く、学者的な側面も強かったそうですが、なにしろ読んでいないので、論と音楽の関係は正直よくわかりません。「四季」や「プラハ」などの録音では、理論的裏づけもあるのでしょうが、それ以上に演奏者としてのエモーションが強く感じられました。しかしこの「田園」の場合は方法論が勝っているように感じられます。曲への共感が少なかったのかもしれません。

yositaka

2016/03/11 URL 編集返信

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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