老いても枯れぬ冒険心ー追悼 アーノンクールさん

アーノンクールさん死去 世界的指揮者 86歳
朝日新聞デジタル
2016362240
 


 世界的指揮者で、モーツァルトやバッハの作品への斬新な解釈で知られるニコラウス・アーノンクールさんが5日、死去した。86歳だった。AFP通信などが報じた。
 
 現代のクラシック音楽演奏に大きな影響を与えた、古楽演奏のパイオニアとして知られる。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団などを率いて日本にも幾度か訪れ、2005年には京都賞を受賞した。昨年12月、今後の演奏活動から退く意向を明らかにしていた。
 
 ベルリン生まれ。ウィーン国立音大でチェロを学び、チェリストとしてウィーン交響楽団に入団。作品が生まれた当時の楽器や奏法を用い、楽曲の響きを新鮮に立ち返らせる古楽運動を興した。53年、アリス夫人とともに古楽演奏集団「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」を創設。古楽の巨匠グスタフ・レオンハルトと、200曲にも及ぶバッハのカンタータ全曲を録音するなど、金字塔的な活動を繰り広げた。
 
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートでは2度指揮した。またベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団など世界各地の名門楽団に招かれ、幅広い音楽ファンに愛された。
 
 
201512月に突然の引退表明、
曲の収録が終わっていた、新しいベートーヴェン交響曲全集の収録の継続も行われないという知らせに、状況は深刻か、と感じていました。
彼としては、ぎりぎり可能な段階まで演奏活動を続けていた結果だったのでしょう。演奏家としての執念を感じます。

心からご冥福をお祈りします。
 
さて、ネコパパにとってアーノンクールは、斬新な問題提起を続けた指揮者として、高校時代から聴いてきた人です。
たた、どちらかというと共感よりも抵抗感や、時には反発を感じたことが多かったかもしれません。
それでもすごいのは、この人は86歳に至るまで、その旺盛な冒険心、闘争心を持ち続けたということです。
それゆえ、「成熟」とか「円熟」という言葉は、あまり似合わない人でした。
高齢化社会にあっては、彼のような「枯れなさ」も、ひとつの羨ましさを感じる生き方なのかもしれません。
 
印象に残っている音盤は、まずモーツァルト。
 
ヘルマン・バウマンのナチュラルホルンが芳香に満ちた音色で鳴り響く、
モーツァルトのホルン協奏曲全曲。やはりこれが筆頭です。現在も愛聴盤。




ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス 1973年 独TELEFUNKEN録音
 
続いては、モーツァルト レクイエム



ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス ウィーン国立歌劇場合唱団1981年 独TELEFUNKEN録音
 
バイヤー版での演奏。
ピリオド奏法によるもので、フレーズは弱く出て弱く終わる、緩やかなカーブを描きながら推移していきます。この独特の響きが、当時は新鮮に感じました。ノンヴィヴラートで弱い音を伸ばしていく方法は合唱部分でも徹底され、ベーム盤でこの曲に親しんだ私には、新たな演奏の時代の到来を実感させるものでした。合唱はそのベーム盤と同じ団体だったのです。
 
そんな彼が、どういうわけかモーツァルトの交響曲では、手兵の古楽器オーケストラを使わず、現代楽器のオーケストラを使い、かつピリオド奏法でアプローチ。現在では普通に行われている演奏スタイルですが、先鞭を切ったのはこのシリーズでした。
その中で、もっとも良いと思ったのは、交響曲第38番「プラハ」でした。
最初のLPはこの一曲だけの収録。繰り返しを全て行い、40分の大曲になっていたのです。
アーノンクールのモーツァルト交響曲は、今も昔も私には抵抗感が大きいのですが、なぜかこの『プラハ』だけは、新鮮な活力と立体感が曲に似合っていると感じました。
ヨーロッパ室内管弦楽団との再録音も、ほぼ同じ解釈です。サイモン・ラトルがこの曲を取り上げたとき、この盤の表現ととても似通っていると感じた記憶があります。



アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1982年 独TELEFUNKEN録音
 
1970年代までのアーノンクールのイメージは、「バッハのスペシャリスト」というものでした。
後年レパートリーを広げても、バッハ録音は続き、活動の主軸としていたのですが、私は、彼のバッハはちょっと苦手でした。
ただ、彼がチェロで演奏にも参加したブランデンブルク協奏曲第6は、遅いテンポで音楽の深遠を目指したユニークな解釈で、忘れられない印象を残しています。私が始めてアーノンクールの演奏姿を見たのはこの曲集の映像作品でした。
無表情で怖い指揮者だな、と思ったものです。



ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス1981年 独TELEFUNKEN録音
 
1980年代後半以降は、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナーなどロマン派にまでレパートリーを広げます。
その都度何らかの斬新さが喧伝されました。フリードリヒ・グルダ、チック・コリア、ギドン・クレーメルらのソリストとの「華麗な共演」も目立ってきました。
でも、どうやらネコパパが聴き親しんだのは、1980年代初頭までの録音に限られるようです。ただ、彼がウイーン・フィル・ニューイヤーコンサート2回登場したときには注目しました。
聴いてみて、彼の舞踏感覚に乏しい、弦楽器の痩せたウィンナ・ワルツにはいささか気落ちする思いでしたが、
それでもただ一曲、遅いテンポで交響曲的なスケール感を打ち出した『皇帝円舞曲』は、一聴の価値がある…と今も思います。



ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 2003年 独DG録音
 
アーノンクール最晩年の録音として印象的だったのは、
2013年録音のモーツァルトの後期三大交響曲を収めた盤でした。
彼は今回、3つの交響曲をセットとして、器楽による3幕のドラマを表現していると考え、「器楽によるオラトリオinstrumental oratoriumと名づけ、間をおかずに一気に演奏する大胆なことをしています。
39番では、順風満帆の人生が行き詰まり、第40番では、悲しみのどん底に堕ち、走り、逃げ、破壊に走り、第41番では、苦しみから復活し、生きる意味を見出す…というプログラムなのですが、全体に暗い嵐の吹き荒れる、異様な迫真を感じさせる演奏でした。
私の率直な感想は
「こんなのは真っ平ごめんだ!」
というものでしたが…
老いても枯れを知らない冒険心には、やはり感服のほかはありませんでした。



ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス2013年 独SONY CLASSICAL録音
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コメント

コメント(4)
No title
アーノンクールさんが亡くなったと、今朝の新聞で読みました。
彼の音源は、結構持っていますね。ここで紹介されている、モーツアルトのレクイエムや、交響曲はほとんど持っています。コンセルトヘボウのモーツアルトのテンポ設定などは、あまりにもユニークというか違和感を感じても、なぜか感動する不思議な演奏です。

最も驚いた演奏は、ヴィヴァルディの「四季」の演奏ですね。。。
こちらも、考えられない異常なテンポ設定でユニーク、かつ、驚きの表現の「四季」ですね。。。。。

HIROちゃん

2016/03/07 URL 編集返信

No title
「四季」も嵐の吹き荒れるような風情が個性的です。出た当時は、みんなが騒いだものでした。
私もこれを記事に取り上げようと思ったのですが、いかんせん、この曲は近年出される音盤のほとんどが問題作と言っていいくらいなので、さすがのアーノンクール盤の驚きも相対的なものになってしまった気がします。あと触れたかったのは、グルダと共演したモーツァルトのピアノ協奏曲2曲。
…モーツァルトばかりになるのが自分でも意外です。モーツァルトの音楽の中には、アーノンクール的なものが潜んでいるのかもしれません。

yositaka

2016/03/07 URL 編集返信

No title
私はモーツァルト以前の音楽をあまり多くは聞きませんので、アーノンクールは名のみは知っていても、積極的に聞く指揮者ではありませんでした。
演奏家であると同時に音楽学者としても大変な貢献をされているらしいことは本で読んだこともありますが、素人の私には理解を超えているところも多々ありまして…

いつまでも記憶に残る存在であり続けられるか、なかなか微妙なような気もします。

gustav_xxx_2003

2016/03/07 URL 編集返信

No title
グスタフさん、アーノンクールは80年代後半以降レパートリーを広げ、ロマン派の曲まで指揮しましたが、なぜか時代があとになるほど演奏はクールになる傾向があった気がしています。学者として著作も多かったようですが、あまり関心を持てませんでした。彼の業績についてはこれから検討され、評価されていくのではないかと思っています。演奏家としての評価はどうなるのか…少なくとも批評界での評判はともかく「アーノンクールのファン」というひとに、私は出会ったことがありませんねえ。

yositaka

2016/03/08 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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