海渡雄一氏の講演ー必要なのは知、情、意、そして確信だ

脱原発裁判に取り組む弁護士、海渡雄一氏の講演会を聞く。

裁判という、手間も時間もかかる活動を通して
「思いは通じる」
という確信を伝えようとするメッセージを感じ取ることができたと思う。
ただ、90分間のお話の中で、パワーポイントで提示されるデータが膨大。聴衆用のレジュメも用意されておらず、聞き取りには難航した。画像は、こちらが書き取る前にどんどんに先に進んでしまう。
ネコパパ必死のメモも、今回ばかりは追いつけなかった。
しかも、日頃あまり報道されず、知ることもない事実が多い。不十分でも記事にして、お伝えしなければ…と思い、ネットや切り抜き、各種資料を検索してなんとか形を整えた。
なんだこれは、と思わず、ご一読いただければ。


司法は生きていた  
1223()イーブル名古屋
 
海渡雄一(かいど・ゆういち)氏は1955年生まれ。弁護士。
人権や原子力発電所に関わる多くの訴訟を手がけている。脱原発弁護団共同代表として、現在は、今月予定されている「もんじゅ新訴訟」の原告訴訟代理人として奔走中。

 
■新もんじゅ訴訟

高速増殖炉もんじゅについて、原子力規制委員会から勧告が出された。
日本原子力研究開発機構に対し「半年を目途として、別の運営主体に切り替え、それが不可能ならば安全上のリスクを明確に減少させるよう抜本的に見直せ」という内容である。
委員会は原研機構には「技術的能力がない」と断言しているがもんじゅの存続そのものについては言及していない。
今回私たちの取り組む「新・もんじゅ訴訟」では、原子力規制委員会を相手取り、「設置許可」そのものを取り消すように求めていく。
ナトリウム漏れ事故以降、もんじゅの稼働が進む可能性はない。ナトリウム配管一つとっても、耐震のためには厚くせざるを得ないが、高温に耐えるためには極薄にしなければならないという両立不可能な課題を抱えている。致命的な爆発事故を引き起こす「ナトリウム・コンクリート反応」への対応も目処が立たない。

 
■福島第1原発の現況-東京電力元役員に対する強制起訴の議決 

甚大な被害が継続中の福島原発事故。
その大きな原因は、非常用発電機の水没だった。
 
福島原発告訴団の依頼を受け、私は東電役員と保安院幹部らの刑事責任の追及に取り組んできた。2015年7月17日、東京第5検察審査会は福島原発事故について東京電力の元役員に対して業務上過失致死傷容疑で強制起訴することを議決した。
 
今回の議決のポイントは、この事故が決して「想定外」ではなかったことを示唆したことだ。
 
議決の要旨。
推本〔地震調査研究推進本部〕の長期評価は科学的知見に基づいて、大規模な津波地震が発生する可能性があることを示していた。設置者がそれを考慮するのは当然である。
東電設計の算出した、津波の試算結果では、建屋が設置された10m盤を超えて浸水する巨大な津波発生の可能性を予見していた。また東京電力自体も過去に2回の浸水、水没事故を起こしている。当時の東京電力には、津波地震の発生や10m超の津波によって浸水、炉心損傷、放射性物質の大量排出を招く事故に対する具体的な予見可能性があった。 
原子力発電に関わる責任者は、万がーにも重大で過酷な原発事故を発生させてはならない。今回の件では、事故を発生させる可能性のある津波が「万が一」にも発生する場合があることまで考慮し、備えるという高度な注意義務を負っていた。
 
最大の争点は、福島県沖の大地震を想定し、津波対策を講ずるべきであったかどうかである。
議決は、推本の長期評価は科学的根拠に基づくものとし、2006年9月に策定された新耐震設計審査指針でも「まれではあるが発生の可能性が想定される津波によっても、安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと」が要求されていることも引用している。

 
■原子炉が浸水すれば致命的であることはわかっていた
 
東電では、19911030日、福島第一原発において海水の漏えい事故が発生。タービン建屋の地下1階にある非常用ディーゼル発電機等が水没する事故である。
また、2007年7月に発生した新潟県中越沖地震でも、柏崎刈羽原発1号機建屋内への浸水事故があった。同時期、海外でも、1999年のフランス、ルブレイエ原子力発電所の浸水事故や、2004年のスマトラ島沖地震の津波によるインドのマドラス原子力発電所のポンプ水没事故が発生し、IAEA総会で報告されている。
 
この事実から、東電役員には津波の危険について具体的な予見可能性があったのは明らかである。
 
東京電力では、200711月には推本の長期評価の検討が始まり、200712月には、耐震バックチェック(耐震性再評価作業)決定、2009年6月報告終了の予定だった。
しかし現実にはバックチェックは「延期」となったまま事故当日を迎えてしまった。
政府事故調中間報告では、当時の東京電力は地震動対策への意識は高かったが、津波を始めとする地震「随伴事象」に対する意識が低かったため、と判断していた。
しかし、津波についての予見はあったのである。

 
■予見可能性とバックチェック延期に関する新証拠
 
2014年7月の第1回の検察審査会の議決以降、津波対策に関する新たな証拠が次々に明らかになった。
1997年には福島沖の津波地震の想定が政府から指示されていたこと、2000年の電事連報告でも、全国の原発の中でも、福島第一が特に津波に脆弱であることが明示されていたこと。
 
東電の役員たちは、早期の対策が必要であることがわかっていた。
しかし、改良工事のために原発が長期停止になることをおそれ、時間稼ぎをした。
土木学会に検討を依頼して、調査の長期化をはかり、問題の先送りをしたのである。これを裏付ける証拠が2008年9月10日「耐震バックチェック説明会議事メモ」に残されている。これは、記者会見に対する答弁を予測記載した想定問答集である。
しかし、先送りの理由を質問する記者がいなかったため、報道には至らなかった。
地震は起きないと決めてかかっていたことに加えて、老朽化し、寿命の近い原子炉対策に多額の費用の掛かる工事を決断できなかったのが実情であろう。
2009年までのバックチェック完了を求める国の要請に逆らうような「延期」が外部に漏れることを警戒し、所内の会議でも書類回収(隠蔽)を行っていたことも判明した。
さらに2011.3.7、震災の四日前に、東電は15.7mの津波発生の際のシュミレーション結果を国に報告していた。
東電はその事実を3.11以降言及しないまま「想定外」との言明を繰り返していった。
 
残念なことに、強制訴訟における有罪判決の事例は、日本にはない。
しかし、これらの新証拠によれば、東京電力幹部に対しては有罪判決が下されるものと私たちは確信している。

 
■原発訴訟について
 
20117月に発足した脱原発弁護団連絡協議会のメンバーは当初300人、2015年現在は1000人を超え、全国ほぼ全ての原発で訴訟が行われている。
2011.3.11までにも多くの訴訟が行われたが、勝訴は二つだけ。しかし、判決までには裁判官が迷い、苦慮した形跡もあり、敗訴判決の文言にも生かせるものがある。
1992年の伊方原発訴訟の判決。安全審査の目的について「災害が万が一にも起こらないようにするため」に安全審査を行うのだと書かれている。この判例をもとに、安全審査の違法性を指摘できる。
今回の強制起訴の議決はこれを踏まえた結果である。
また、「現在の科学技術水準に照らして」安全審査の過程に見逃すことができない過誤や欠落があるかどうかを判断するべき、と書かれていることも重要である。
たとえば、浜岡の場合で言えば、マグニチュード9の地震も想定すべきだということになる。
一方、2007年10月の浜岡訴訟は、痛恨の敗訴だ。
静岡地裁の判決は「想定東海地震を超える地震動が発生するリスクは、依然として存在する。しかし、このような抽象的な可能性の域を出ない巨大地震を、国の施策上むやみに考慮することは避けなければならない
伊方判決の「万が一にも…」という見解とは対極の判断である。
石橋克彦さんは、判決が出たあと、記者に対して
この判決が間違っていることは、自然が証明するだろうが、そのとき私達は大変な目に遭っている恐れが強い
とコメント。4年後、その危惧が現実のものとなる。
川内原発訴訟の敗訴も残念だ。判決文の「事故は成り立ち得ないものではない、今後社会的合意が形成されれば対応するべき」というのは、判決になっていない。
 
直近にせまる高浜原発再稼働差し止め仮処分訴訟にも注目しているが、
林裁判長の追い詰められた表情と急いだ判決には、不安を感じる。
(福井地裁《林潤裁判長》は24日、異議を認め、仮処分決定を取り消した。決定の効力はなくなり、法的に再稼働が可能となった)

 
結果について「一喜一憂」はしないほうが良い。
全国の市民は、6070パーセントが「再稼働反対」だ。
実現しないほうがおかしいと思う。
市民の役割は、司法が勇気を持てるようにすること。
必要なのは「どうせ」を捨て、
学び、伝えるだけではなく、人々に強い同情心を持つこと、
知情意、そして確信だ。
金曜行動などの日々の市民の活動は、一気に変えるためではなく、他者に「確信」を伝える意味を持っている。
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コメント

コメント(4)
No title
原発の問題は、根本的なところでは私たちの生活様式を今後どのようにするのかという深刻で重要な問題を含んでいるように思います。
我が家を含め、この界隈では田んぼの畦道を舗装しただけの道路に住宅が密集しているため、ほとんどの家が電気による暖房で、石油はおろかガス暖房器具を使わない家がほとんどです。
ですから、東京電力の情報サービスを受けて毎月の電気代トレンドを見ると、夏場よりも冬場の電気代が倍くらいになっています。
恐らくは10Aで済んでいる家庭はほとんどないでしょう。

少電力機器の普及と人口減少で、日本の場合はひょっとすると火力・水力等でまかなえるかもしれませんが、その場合には深刻な環境問題が付随します。
太陽光・風力発電は不安定ですし、誰も表立って言いませんが、太陽光バネルの廃棄物処理、加えて蓄電池の処理等々、未解決問題が多々残っています。
生活レベルを下げるという選択は可能でしょうか、でたいと発展途上国の納得も得にくい気がしてなりません。

gustav_xxx_2003

2015/12/26 URL 編集返信

No title
グスタフさん、今回の講演会で学んだのは原発の是非というより、これを運営している組織の体質の問題です。
「想定外」と言いながら、実は多くの予測データを持ち、対策が必要なことも分かっていた。
ところが、組織が精力的に取り組んだのは、対策工事の時期を少しでも遅らせること、事前に予測データを持っていたことを隠し通すことでした。
事実は徐々に明らかになってきたのですが、事件から数年経ち、直接の責任者は食を退いていて追及される立場ではなくなっています。組織にとっては事前対策は失敗、隠蔽には成功、ということになるでしょう。
事故を起こせば半永久的な地球規模の被害を及ぼす機器を、私たちはこういう体質の組織に任せていたわけです。
この見通しのなさは、必ずしも電力会社だけのものではない。私たちに染み付いた体質でもあるのではないでしょうか。

yositaka

2015/12/26 URL 編集返信

No title
最初に原発の再稼動ありきと「イスカンダルまで行かないと」確実な核廃棄物処理の方法は無いことはさておいて。
個人が、立派で尊敬する人でも組織の一員となると組織を維持する事に必死になるのですね。
ある自動車メーカーや電機会社の体質とにています、ただ公共の会社だけにもんだいですね。

chi*****

2015/12/26 URL 編集返信

No title
チャランさんも技術者でしたから、自社の技術や機材に自信を持ちたい気持ちはリアルにお感じになられるのではないでしょうか。
特に最近の経済風潮では、弱みを見せると途端に投資家が資金を引き上げる可能性があります。某大手家電メーカーの粉飾決済問題も、そのあたりが動機かもしれません。
しかし一時しのぎのあと、最後に待つのは共倒れです。どこかで誰かがクールにならなければならない。組織にそのような人材がいて、それを生かす度量が必要なのでしょう。

yositaka

2015/12/26 URL 編集返信

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yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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