鹿の王―産業革命のない世界で展開される医療サスペンス

鹿の王 (上) ―生き残った者ー
鹿の王 (下) ー還って行く者ー



上橋菜穂子

角川書店 2014 09 25
定価:各 本体1600円+税
 
 
やっと、読みました。
このごろ、ほんとに読むスピードが遅くなった。
いやいや、まだ大丈夫、ネコパパ、ファンタジーについて行けますよ。 

 
<上巻>強大な帝国から故郷を守るため、死兵となった戦士団<独角>。その頭であったヴァンは、岩塩鉱に囚われていた。ある夜、犬たちが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生する。その隙に逃げ出したヴァンは幼い少女を拾うが!?
<下巻>何者かに攫われたユナを追うヴァン。同じ頃、医術師ホッサルは移住民に広がる謎の病の治療法を探していた。ヴァンとホッサル。ふたりの男たちが愛する人々、この地に生きる人々を守るため、選んだ道は――!?

-角川書店ホームページの紹介文より
 
またしても、上橋菜穂子得意の、別世界を舞台にしたハイファンタジーです。
今回の舞台は、大きく四つの民族の重なって存在する、辺境地帯です。
これだけですでに、陰謀術策のにおいが漂ってきますね。
 
強い勢力を持ち、勢力拡大に邁進する大帝国、東乎瑠(ツオル)
東乎瑠に恭順の意を示すことで戦を避け、実効支配権を譲渡されているアカファ王国
かつて繁栄を誇った母国を疫病で失い、なお圧倒的な学術の力で王国内に勢力を保ち神聖視されている「オタワルの貴人」一族。
そして、辺境にあって火馬、飛鹿などの動物と共生し、厳しい自然のなかを流浪する辺境の民たち。
 
主人公は二人の男。
一人は辺境民の戦士団「独角」の頭で、ただ一人の生き残り、そして物語の鍵を握る「人を超えた力」を持つことになる、欠け角のヴァン
もう一人は、オタワルの貴人であり、近代医学の探求に情熱を傾ける若き医師、ホッサル
 
物語は、旧アカファ領の岩塩鉱を、正体不明の伝染病が襲うところから始まります。
ここで奴隷として強制労働をさせられていたヴァンは、謎の猟犬の群れに襲われます。
噛まれたものは皆病に斃れる中、ヴァンは死者の中から見つけ出した幼子とともに、ただ二人、生き残り、辺境民の中に身を隠します。
一方ホッサルは、最新の医学を駆使して病に罹患した人々を治療し、感染を食い止めようと奮闘します。
そして、病の謎を解く手がかりが、罹患地帯で生き延びた男、ヴァンにあると推論し、彼との接触を試みるのですが…
 
読み進むうちに読者は、物語の多層性に圧倒されるのではないでしょうか。
国家間、民族間の対立、迫害された移民、そして感染が進む謎の伝染病…
複雑きわまる政治的陰謀に難民問題、生物兵器による無差別テロ、そして宗教的医学と近代医学の対立…
この世界には、私たちと隣り合わせの『問題含みの世界』そのものが凝縮して描かれている観があります。
これを作者は、「産業革命以前の世界」というハイファンタジーの「約束事」を破ることなく書き上げている。
なんという力技でしょう。
産業革命のない世界で展開される、医療サスペンスなんですよ!
 
書評を読むと、ただのファンタジーではないとか、児童文学ではないと評する人も少なくありません(やっぱり)。
ですが、本作は児童文学です(断言)。

なぜならこれは、人生の意義も生きる希望も見失い『屍』と化したひとりの男が、生まれ変わって新たな人生のかすかな筋道を見出すまでの物語であり、
彼に関わる主要な登場人物すべてが、同じように希望の兆しを見出していく物語でもあるからです。
児童文学とは『幸福な結末』に向う物語。
作者自身が児童文学であることを否定した『獣の奏者』は…たしかにそこが違っていました。
 
脇を固める人々も、主役二人に劣らず魅力的です。
ヴァンの命の灯火となった幼女ユナは、物語の終わりには一人前の役割を果たす「超常の娘」に成長していますし、身分の違いを超えてホッサルのパートナーを務める女性医学士のミラルも、健気な生き方に惹かれます。

しかし、読者の誰もが参ってしまうと思われるのが…
ホームズ顔負けの観察眼と推理力を発揮して、狙った獲物をどこまでも追い詰める、影の組織「モルファ」の腕利き女性エージェント、「後追い」のサエでしょう。
「守り人シリーズ」の用心棒バルサを思い出さずにはいられませんね。
次は、彼女を主人公とした物語を読みたいものです。
本作の続きではなく、彼女の人生を少女時代までさかのぼって知りたいものです。

上橋さーん。
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コメント

コメント(2)
No title
上橋菜穂子さんは、「守り人」シリーズを全巻あっという間に読破して、いっぺんにファンになりました。
残念ながら、この手の本を収納するスペースがどこにもないので、図書館から借りています。
「鹿の王」は大人気で、図書館に55冊も入っていても、早くに上巻は読み終えましたが、下巻の待ち順位はいま確認したら大分進んでも359番目です。
予約日は6月14日なんですがねぇ、上巻の話の筋を忘れてしまいそうです。

gustav_xxx_2003

2015/12/22 URL 編集返信

No title
グスタフさん、図書館でもそれだけの人気とは素晴らしいですね。ただ、図書館に55冊も同じ本を入れるのは、個人的には感心しませんねえ…私は音楽についてはタダの音源も、借り物でも、喜んで聴くのですが、活字については、昔から基本的に買ったものでないとダメなんです。
たまに借りて読むことがあっても、「いける」と感じたらすぐに返却して、買いに走ります。収納がピンチになり、顰蹙をかっても、これだけはどうにもなりません。
定年後、この習慣はどうなることやら、と思っているのですが…

yositaka

2015/12/23 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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