首相官邸の前でー「報道されない」という暴力

12月13日、アヤママとこんな映画を観てきました。
名古屋女性会館、市民団体主宰の自主上映会です。



ネットから作品の概要を引用してみると―


2012年夏に首相官邸前で行われた原発政策への抗議デモの様子を記録したドキュメンタリー。11311日に発生した福島第一原発の事故前は全く別々の立場にいた、性別や世代も異なる人々が、12年夏、「脱原発」と「民主主義の危機」という共通の言葉をもって首相官邸前に集まり、事故後の原発政策に対する抗議の声をあげた。デモに参加した8人の体験談や無償提供された現場での撮影映像を交え、当時の様子を記録した。「社会を変えるには」「1968」といった著作も発表している社会学者で慶應義塾大学総合政策学部教授の小熊英二が映像作品で初監督を務めた。
 
作品は、東日本大震災の後、脱原発デモが広がり、野田佳彦首相(当時)との対面にまで至った201112年の原発再稼働反対を訴えた動きを追いかけた。2012年の夏には、20万人もの人々が首相官邸前を埋め尽くした。作品は、デモの様子をとらえたインターネット動画と、参加者ら8人へのインタビューで構成。撮影・編集担当の石崎俊一さん(31)と2人で作った。
脱原発デモは今も続き、秘密保護法や安保法制に反対するデモにつながった。小熊さんはハフポスト日本版とのインタビューで、「20世紀型の政治代表システムは機能しなくなってきている」と語り、これからも人々がデモを開き、政治に対して意思表明をしていくだろうと述べた。


菅直人元首相と抗議デモに加わった7人のインタビューを交えながら、
2011年から1年間の「官邸に群れ集う人々の群れ」を刻々と映し出していく作品でした。
映像はすべて撮影者から無償提供されたもの。
それには人々を威圧的に排除する警官隊の怒号が収録された衝撃的な映像や
官邸前の広い道路を埋め尽くす人々をとらえた空撮映像も含まれていていました。

しかし何よりも恐ろしかったのは、警察による威圧ではなく
どれほど活動が活発化し、人々の数が増えていっても、それを全く報道しようとしないマスメディアでした。
「しかし、報道は一切なかった」
というテロップが流れるたびに、この国には
「見て見ぬふり」という姿なき暴力が存在していることを痛感させられます。

1980年以降、日本にはこのような大規模なデモは起きなかった、と映画は伝えています。
そのため、報道側も、どうしたらよいかわからなかったのでは、と小熊英二監督も述べています。
しかしながら、
「政治の季節」1960年代後半にこの国を埋め尽くした「抗議の嵐」の当事者たちは、まだメディア界にも数多くいたはずです。
私は「報道しなかった」暴力の当事者の言葉が、聞きたい。





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コメント

コメント(2)
No title
小熊英二は「1968」をはじめ、やたら分厚い本を書く人ですね。
つい先日、自らの父親のオーラル・ヒストリーを綴った新書も異例の厚さでした。

その彼が、映画を制作したという噂は聞いておりましたが、私はまだ見ておりません。

「しかし、報道は一切なかった。」
いま、権力の側からの凄まじい圧力に、メディアは完全に屈しているかのようです。
ゆっくりと暗黒の時代に向かっているとき、過去の誤りを繰り返さないためにも、しっかりと声をあげていくべきでしょうね。

gustav_xxx_2003

2015/12/15 URL 編集返信

No title
小熊氏の著作にはなるべく目を通したいと思っていますが、なにしろ分量があります。本人も必死で書いているようで、「1968」執筆後は過労もあって倒れ、生死の境をさまようところまで行ったそうです。回復後も「せっかく拾った命だから」と、さらに精力的な活動ぶりですが、昨年お会いしたときには命を削っている様子が全身から感じられて凄みがありました。
気持ちはわかるのですが、今の世相を見ていると彼のような論客が「太く短く」の人生では、ちょっと困ります。

yositaka

2015/12/16 URL 編集返信

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プロフィール

yositaka

Author:yositaka
子どもの本と、古めの音盤(LP・CD)に埋もれた「ネコパパ庵」庵主。
娘・息子は独立して孫4人。連れ合いのアヤママと二人暮らし。

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